第9話 トラウマ
傷病手当金から失業保険へと移行し、転職作業を行っていた。
作業と言っても求人広告、雑誌を見たり職業安定所に通っている程度だ。なかなか鬱になった人を受け付けてくれるところは地元である田舎にはない。
もう少し時間をかけて内陸も検討してみよう。
東北の桜は満開が四月下旬になることがある。
「仕事してたら花見会シーズンだな」
そんなことをつぶやきながら車に乗り込む。
よそ見をするほどではないが、河川敷のあたりをドライブする。職探しもいいが、気分転換も必要だ。
「花見キャンプとかどうだろう?」
沢山の人が考えそうなことではあるのだが、帰りを気にしなくていい花見キャンプはよさそうだな。
岩手で花見と言えば北上の展勝地だが、キャンプをする場ではない。
以前鈴香さんに教えてもらったキャンパーのSNSを利用し、どこかいい場所がないか調べると、小岩井農場のあたりが出てきた。
ここだと恵が行きたいと言っていた景色のいいサイトにも当てはまる。
さて、ここで問題なのは誰を誘うかだ。
保土ヶ谷君たちいつものメンバーはテントなどの基本的なアイテムを持っていないし、基本的にコテージ泊希望だ。
となれば必然的に恵だけとなる。
ソロでもいいかもしれないが、恵の希望も叶えられるし場所的にソロは寂しい。
小岩井農場はファミリーやカップルが多いからなぁ。
日曜日に恵に連絡する。
「今度都合がよければ花見キャンプとかどう?」
「どこに行くのー?」
「小岩井農場経由で、その近くにある滝ノ沢キャンプ場だよ。温泉も近くにあるし、景色もいいからどうかなって」
桜は今週末までだろうけど、天気が良ければまぁ岩手山を眺めるだけでもいいだろう。
「行く行く! いつ?」
乗り気で答えてくれた。誘ったこっちもうれしい。
「そうだね。桜を見るなら今週末がいいけど、恵の都合は?」
「勿論大丈夫だよ!」
俺との都合合わせやすいんだなぁ。
「じゃあインター側のアオンモールの食料品売り場前で待ち合わせよう」
「うん、楽しみにしてるね」
楽しいキャンプになるといいな。
「お肉は小岩井農場で買おう」
買うとこあるんだっけ?
「え、食べるとこはあっても売ってはいなかったはずだよ」
そうか。じゃあここで買わないと。
俺と恵は並んで食糧品売り場を眺める。
「今日は何作るんだ?」
「そうだねぇ、成仁君は何が食べたいとかある?」
悩む。小岩井農場で牛とか考えてただけに牛の口になってた。
「牛で何か」
「え~そんなざっくり? 簡単なのだとすき焼きとかステーキだけど」
「ステーキがいい」
俺の即答に子どもみたい、恵の笑みがこぼれる。
「じゃあ牛肉見てみようか」
牛肉コーナーに行く。
と、そこには女性がいた。いてほしくない。もう会いたくないと思っていた人だ。
俺は呆然として、恵の裾にしがみついた。
「え、どうしたの?」
「ごめん、一回駐車場に」
駆け足で立ち去り、俺の車の中に入る。
「どうしたの?」
俺の怯えるかのような姿に恵もただ事ではないのはわかった。
だが、それだけでは何があったのかはわからない。
「言えたらでいいよ」
恵がやさしく語りかけてくれる。
「マキがいた。ゲームでの」
名前を言うのすら、苦しい。
それだけ言って、涙が出てきた。
昨年の初夏を思い出す。それ以前の避けられていたことも。
「それって鬱になった?」
恵の問いに頷いて答える。涙が大粒になって出てくる。
「う、ぅう……」
我慢できなかった。また辛くなってしまった。嫌な思い出ばかりがフラッシュバックしてくる。さらに恵の前で情けない姿をさらしてしまった。それら全てが、苦しくて嫌で嫌で泣いてしまう。
すっと、爽やかな香りに包まれる。
「恵……」
恵が、俺を抱きしめている。
「大丈夫だよ、私がここにいるから」
そう言って、恵も泣きだした。
「なんで恵まで」
泣く必要なんてないのに。
「その人が成仁君のこと、分かってくれていないこととか、また辛い思いをさせちゃったこととか」
「恵がさせたわけじゃない」
「でも、私がもっと成仁君の中にいたら、こんな思いしなかったよね?」
そうだ。でもそれは、俺が恵のことを……
恵の背中に手を回しそうになる。でもそれをしないのは、恵のことを好きだと勘違いしてしまうからだ。
今の俺は恵に慰めてもらって、それに甘えてるに過ぎない。
でも、
「ごめん、今だけ泣かせて」
「うん、いいよ」
恵のやさしさに甘えてばかりだな、俺。
一時間ほどしてから様子を見て買い物を済ませ、小岩井農場へ行く。
「成仁君、見て! シープドッグいるよ!」
「あぁ、かわいいな」
恵ではなく羊と犬のことだ。恵のことも可愛いとは思っているが、なかなか言う気分ではない。
園内マップを見ながら恵と歩く。
周りには予想通り家族連れやカップルでにぎわっている。
アオンモールを出た後、行くのをやめようかと話したが、恵はそうはさせなかった。
「広いところに出て、めいっぱい深呼吸して、空気も気持ちも入れ替えよう」
それに反対する理由はなかった。自分から言ったものの、そのまま帰ったら引きこもってしまいかねない。
恵には感謝以外に何ができるのだろう。感謝だけじゃ足りなくなってきている。
なかなか気分にはなれていないが、恵の言った通り小岩井農場でのんびりと眺めているのは少し落ち着く。
「恵、何かやりたいこととかはないのか?」
「餌やりしたいな」
ここではポニーや兎に餌を与えることができるので、移動する。
「成仁君も」
「俺も?」
「一緒にやろ、楽しいよ」
餌を分けてもらい、ウサギに餌を与える。モリモリ食べていくな。
そういや俺もすっかり恵に餌付けされてるんじゃなかろうか。美味いもんな。
くすっと笑うと、恵がこっちを見ていた。
なんだ恥ずかしいじゃないか。
「なんだよ」
「ううん、今の笑顔いいなって」
そんないい笑顔できるのか、俺?
ちょっと照れつつ残りの餌を与える。これ、そんなにうまいのか。
「今度はあっち行ってみよう」
恵が俺を引っ張り、いろんなところを見て回る。
室内入る。
「バター作れるんだって」
「やってみる?」
「うん。成仁君もね」
流れで俺もやることになった。
「チーズだったらワインにも合うのに」
「恵、ワインも飲むのか」
「うん、たしなむ程度だけどね」
恵はそれなりに飲めるから嗜むというのがどれほどかはわからないけど、今度一緒に飲んでみるのも悪くない。
講師の見本をまねてやってみると、案外早くできた。
「これ、今晩使えないかなぁ」
「持ち帰りできないって」
「あ、そうなんだ。残念」
恵が何か思いついてたようだ。
「途中でまたスーパーよっていい?」
「いいよ、恵に任せる」
今日は終始恵のペースな気がする。
お土産屋でまんじゅうとナチュラルチーズを購入し、近場のスーパーで食材を購入する。
「何を作るんだ?」
「できてからのお楽しみだよ」
えへへと笑い、男爵芋とワインをかごに入れる。予想はしたが言わないでおくのが吉というやつだな。
ワインを入れたということは飲むんだろうか。料理に使うにしても余るだろうしな。
キャンプサイトのある日帰り温泉によって行く。今回は花見をメインにしているため、ここにキャンプするわけではない。
ただ、次回キャンプする際の参考にはなるから施設を見ておくのもいい。
「とりあえず風呂入って、ちょっと中見て回ろうか」
「うん、上がったらここで待ち合わせね」
俺はまたサウナを利用する。
今回はマキに会ってしまったけど、恵がいてくれて本当に良かった。
通院は続けていたけれど、まだ治ったとは言えないのかな。
恵に何かお返しをしたいけれど、どんなものを喜んでくれるだろう。考えてもなかなか出てこないものだなぁ。今回も食事は恵任せだし、アクセサリーとか送ったら引かれるかなぁ。
冷水に入ってもうんうん悶々と悩み続ける。正直出てこない。
「降参だ、恵に直接聞こう」
お手上げのポーズをサウナ室で一人する。誰もいなくてよかった。
お風呂から出て、牛乳を飲む。今更身長は伸びないだろうけど、健康にはいいだろうし。
「あ、待ってた?」
湯上りの恵は、なんか色気があるな。前もキャンプやコテージで風呂上りは見たと思うのに、なんだか不思議だ。
「いや、さっき上がったばかりだよ」
牛乳飲む? と聞いたが、ミネラルウォーターにした。
百円入れてやるマッサージ器を堪能し、施設を見て回る。
「このフリーサイトは天文台もあるんだね」
「あー、ここ星空もなかなか見えるだろうから、天文台の後寝転がってみたら気持ちよさそうだな」
「きっとロマンチックだね」
外も散策する。
「コテージもあるよ」
なかなか充実してるなぁ。これならグルキャンしても色々楽しめそうだ。
「今年はここでグルキャンかな?」
「仙台メンバーはちょっと遠いけどね」
キャンパー目線が中心となるといろんなとこに行きたくなるけど、そうでもなくみんなで騒ぎたいってメンバーは遠いのは気が引けるかもしれない。
「小岩井農場でステーキを食べてからのプランにすればどうかな?」
「夕飯入る?」
細川あたりなら食べれそうだが、保土ヶ谷君とかは難しそうな気がする。
「そうだねぇ。でも、色んなとこでやりたいよね」
「だめだったら俺と恵で来よう」
「うん」
笑顔で答えてくれた。良かった。俺だけとの誘いで嫌がられたりしなくて。
キャンプ場に着いたのは三時過ぎ。早速テントから設営する。
前回は恵の新しいテントを手伝ったわけだが、今回は手伝うようなこともなくスムーズに設営できたみたいだ。
「さっそく焚火しようか」
折角温泉で温まったのに、春先の風で冷えてしまったら元も子もない。焚火台と薪を用意する。
「一応フェザースティック作るよ」
身に付けたものは使わないとまたできなくなってしまうから、今回もそこから始める。
「夕飯にはまだ早いし、お茶入れるね」
「ありがとう」
恵が気をきかせてくれる。そんな小さいことが、今は嬉しい。
チェックインした時間が時間だけに桜の真下には陣取れなかったが、それなりにいい景色が見れている。
「桜は散る様もきれいだよな」
「うん、でもやっぱり満開の桜が一番かな」
恵の入れてくれたお茶を飲みながら、桜を眺める。この時間も幸せだ。
「咲き始めの花って想いが実るみたいで好きなんだよね」
一瞬恵がどういうことを言おうとしているのかわからないかった。
「逆に散りゆく花は想いが実らなかったりするような感じがして、悲しくなっちゃう」
恵が俯く。
「今日の成仁君は、散りゆく花だったの。私はそういう成仁君の気持ち、わかるような気がして。わかるなんて偉そうだけど」
「いや、いいよ」
共感なんて、そんな簡単にできるものじゃない。けれど失恋とか、そういうことは全員じゃなくても経験することがある。理解することは、できるんだ。
「恵の話もっと聞きたいな」
「え?」
俺は少し気持ちが楽になったことで、聞きたかったことを口にする。
「この十年、会ってなかった間の恵はどんな感じだったのか」
恵は、ちょっと思案するような顔をした後、語りだしてくれた。
「専門学校卒業したらね、まずは地元に戻ったの。デビューもできなくて何しようか考えたんだけど、まずはお金を稼がなきゃって前にも言った通りコールセンターでバイトを始めて」
このあたりの流れは結構俺に似てるな。
「好きな人もいたんだよ」
「そうなの?」
知らなかった。でもそれって学校で? 職場で?
「うん、気づいてもらえなかったけどね。一度告白したんだけど曖昧な返事で」
なんだその曖昧な返事って。俺だったら、少なくとも今の俺だったら付き合ってたかもしれない。これだけ優しくされて、もし好かれていたら。
いやでも断るかもな。恵とは住んでる世界が違うんだよって。
「だから、今度ははっきりとした返事をもらえるようにってダイエットして、少しでも魅力のある女性になろうって。正社員になっても髪を染めなかったのは、たまたまなんだけどね」
確かに、今のスタイルは見た目にも魅力的だ。でも、
「恵の魅力って内面なんじゃないかな」
「そう?」
上目づかいで聞いてくる。可愛い。こういったところも魅力的じゃん。
「こうして俺みたいに情けない姿さらしても優しくしてくれてさ、受け入れてくれる。そんな恵のこと嫌いな人なんているわけないじゃん」
少なくとも友人として、俺は恵のことがすごく好きだ。
「恋愛感情でその人が私のこと、好きになってくれたら嬉しいな。そしたら泣いちゃうかも」
なんだよそれ、と思うが、そこは人それぞれ好みがあって、違うのかもしれない。
「頑張れって言っていいのかわからないけど、自然体がいいと思うよ」
「わかった、そうしてみる」
そろそろ晩御飯にしよう、と買ってきた食材を出し始める。
「そういや恵知ってる?」
「?」
「キャンパーにとっては北海道が聖地なんだって」
「知らなかったよ。あれ? 成仁君が行った聖地はあくまで漫画の中でだけってことか」
「そうそう」
恵がステーキ肉を出す。美味そうだ。
「この間鈴香さんが話しててさ、いつか行ってみたいなーって」
ピクッ。
恵がステーキ肉をもったまま離さない。
「誰? 鈴香さんって」
え?
「あぁ。前コテージ泊で温泉行ったじゃん。あの時」
「ライン交換した人ね」
「あ、はい」
なんか地雷ふんだみたいなんですけどなんですか⁉ さっきまでの優しさ溢れる恵さんはどこへ!
「もしかして一緒にキャンプ行ったりしてるの?」
「えーっと、静岡に」
あの、ステーキ肉に指がめり込んでますよ?
「私一緒に行きたかったのに!」
あぁ涙目になっちゃった。
「ごめん、いろいろ教えてもらってたらそういう流れになっちゃって」
「何もないよね?」
これは男女としてのことで間違いなよな?
「無かった、一切」
可愛いとは思ったけど。
「じゃあ今度北海道に行くときには私もつれてって」
「いつになるかわからないぞ?」
本当に。仕事が決まる前に行くのが日程立てやすいけど、仕事始める前の準備とかで忙しくなるかもしれない。
「いいよ。絶対に予定合わせるから!」
恵の強い決意を感じた。何だろうね、この対抗心みたいなの。そんなにキャンプ行きたかったんだ?
ステーキをスキレットで焼く。まぁ簡単な作業で初心者にもやさしいメニューだ。
これは俺が焼いているが、恵は男爵芋を四つに割って真ん中にバターを乗せる。それをアルミホイルに包む。
「成仁君、そっち終わったら声かけてね」
「わかった」
ステーキをカットし、断面にも焼き色を付ける。これくらいでいいだろう。
皿に盛り付けて、茹でた人参をカットして添える。
「恵、スキレット空いたよ」
恵がスキレットの上に男爵芋を包んだアルミホイルを乗せて焼く。
「もう一つはちょっとやってみたくて」
焚火台の上に網を乗せてその上に乗せる。そうか、そのやり方もあるな。
「変わんないかもしれないけど、食べ比べてみようよ」
スキレットで焼くのとは風味が違うかもしれない。何となくだけど。
早速ワインを開ける。こういう時は赤ワインが合うよな。
「それじゃ乾杯」
グラスを当てないのが本来のやり方らしいので、それに倣ってみる。
「いつもビール飲んでたからこののど越しがまた違うね」
ステーキを頬張る。
「ん~、美味い!」
にんにくスライスをのせて食べる、これも美味い。
「ワインが進むなぁ」
「酔いつぶれないでよ~?」
恵も美味しそうに飲んでいる。ワインってこれだけかな?
「あ、もう一本買ってあるから大丈夫だよ」
うん、アルコール度数的にいろいろ心配もあるんだけどね。
「人参も甘くておいしい」
「うちの親は人参の甘いのが苦手なんだって」
「そうなの? 美味しいのにねー」
何となく家族の話をする。
「成仁君の家族ってどんな人?」
「そうだなー。母親はちょっと過保護だと思うけど、親父はひねくれてる。兄貴はまともに仕事してるけど休みの日にはパチンコとか行ってるよ」
その割に彼女いるんだよな。パチンコ行くとか言って実は彼女とデート行ってる可能性が高いと思ってる。
「そうなんだ。こっちのお父さんは確かこの間会ったよね」
あのごつい感じの、柔道とかアメフトとかやってそうな、あのお父さんな。
「お父さんの方が過保護かなぁ。お母さんは結構おっとりしてて、でも放任主義なところがあるよ」
「悪い虫を近寄らせない感じがあるよね、恵のお父さん」
俺もその悪い虫の一匹に入ってるんじゃないだろうか。
「どこの馬の骨ともわからん奴に、なんてこと言ってたりするんじゃない?」
腕を組んでお父さんの真似をする。
「あるなぁ~」
笑って言われたけど、ってことはお父さんの認められないと彼氏になる人は大変そうだなぁ。
「そろそろいいかな」
恵がアルミホイルを開ける。
「男爵芋のバターホイル焼き」
とろ~りと溶けたバターが絡まってなんとも美味しそうだ。
「いただきます」
とっても熱いので小さく切って食べる。ほふほふとしながら、飲み込む。
「バターがすごくいい味出してるよ。恵も」
「うん」
熱そうな顔に可愛いと思ってしまう。だって可愛いんだからしょうがない。
「醤油かけてみようか」
「それもいいね」
味変も楽しみつつワインが無くなる。
「新しいの開けるよ?」
「はーい」
ご機嫌な恵のグラスは空っぽになっている。それっぽく瓶の底を持って注ぐ。
「成仁君かっこいー」
「はいはい」
酔っ払い相手だからな。お世辞として受け取らなくちゃ。
といってもこっちも酔っ払いなのだけど。
恵からもワインを注いでもらう。あんまり多く入れないでくれよ。
「そうだ、小岩井農場で買ったチーズもあったよねー」
今日はワイン日和なメニューだなぁ。そしてこのチーズ美味い。さすがは有名牧場なだけはある。
「たまにはこんなメニューのキャンプもいいよね」
といっても、キャンプ自体がたまにあるものなのだが。
「次はどんな料理作ろう、とかすごく楽しみになる」
次に何を作ってくれるのか、という期待がこもってしまうんだよな、食べる側としては。
「これからは夏だからね、暑くても食欲のわく料理にしないと」
「カレーとか?」
夏の定番、といったイメージがあるが。
「それもいいけど、麺類もいいんじゃない?」
食欲がなくても食べやすいかもな。
「細川とか流しそうめんしたいとか言い出しそう」
確かに、と言って二人して笑う。
「なんかさ、夜の花見酒って日本酒とかのイメージあったけど、ワインでも全然いけるね」
「あくまでイメージだからね」
風に吹かれて舞い散る桜を見ながらワインをいただく。贅沢なことしてるなぁ。
と、少し風が冷たくなってきた。
「そろそろ今日は締めようか」
「そうだね、片付けよう」
スキレットなどの調理器具を洗い、火の後始末をする。
「それじゃあおやすみ」
「また明日ね」
「成仁君、朝ご飯出来たよー」
恵に起こされ、目をこする。あぁ、良く寝た。
「おはよ。何作ったんだ?」
「鰤の照り焼き。昨日はお酒も結構飲んだし、シジミのお味噌汁も用意したよ」
そこまで考えていたんだ、ありがたい。
「一旦顔洗ってくるよ」
「はーい」
うん、なんだかこのやり取りも気持ちがいい。
「いただきます」
シジミの味噌汁を飲むと飲んだ翌日だなぁって実感する。二日酔いをしていなくても、何となくそう感じる。
「どれ」
鰤に箸を入れると柔らかくてすぐ切れる。
「お酒多かったかな?」
「大丈夫だよ、美味しい」
なんだろうこのリビングのような会話は。自然体で接することができて、俺もリラックスできる。
「ごちそうさま、食後のコーヒーは俺が入れるよ」
「ありがとう、じゃあ私はその間に片付けれるものやっておくね」
恵も段取りに慣れてきたのかな。テントの水気をとって畳んでいく。
「成仁君のもやっておくね」
「悪い、頼むよ」
一人だとできないことも二人ならできる。いいな。
畳み終わった恵にコーヒーを渡す。
「コーヒーミルも欲しくなるね」
「そだねー」
回数を重ねるともっと手間の欲が増えてくる。面倒なことなはずなのにそれを欲するなんてⅯなのかな。っていうかそれがキャンパーなのかもな。
飲み終えたマグカップも洗い、撤収する。
「今回は恵と来れてよかったよ、ありがとう」
「私も成仁君とキャンプできて楽しかったよ。また、今度はキャンプじゃなくてもどこか遊びに行こうね」
どこに行こう? なんて考えても仕方ない。それはまた今度考えればいい。
「わかった。そのときは連絡するよ」
「じゃあまたね」
こちらを見ながら手を振り続けていた恵は自分の車にぶつかる。ちゃんと前見て歩けよー。
俺も帰る。
気持ちは、すごく軽やかになって。
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