第7話 BAR
年が明け、元朝参りに行く。
近所の神社は小さく、参拝者もそんなに多くはない。
(まずは安定した仕事に就けますように)
俺の今年の目標はこれだろう。三十路を過ぎれば仕事はだんだん少なくなっていく。転職できるうちに就きたい。
とはいえ、焦りすぎてもよくないことはわかっていることだが。
とりあえずおみくじを引く。
「どうですか、先輩?」
隣の川下が聞いてくる。
「吉」
中身としては努力すれば報われる、といった内容だ。
努力しても報われないこともあるけど、努力をしないことには報われるものも報われないってことだよな。
ここでどうして川下が一緒にいるかを振り返りたい。
新年を迎えたタイミングで、いつものメンバーにはラインで年始の挨拶を送っていたのだが、意外なところで鈴香さん、川下からも挨拶が来ていた。鈴香さんは雪中キャンプの写真付きで、川下からは年末年始帰ってきていて暇です! といった内容だった。
川下とラインでやり取りをしていたら流れで一緒に行くことになった、というわけだ。この近辺の住人なら大抵ここの神社に行くので時間だけ合わせていくことになった。
「川下は?」
「小吉です」
お互い微妙なくじ運だ。
でもこれを良くするも悪くするも自分次第だからこれくらいがいいのかもしれない。大吉で胡坐をかくのは良くないだろうしな。
「あ、俺家族に頼まれたからお守り買わなくちゃ」
「私も自分の買います」
お守りを眺めると交通安全、恋愛成就、家内安全、無病息災とまぁ色々ある。自分のとして全部買うのも欲がありすぎるし、ここは無難に無病息災かな。自分の状況考えてもそうなるだろう。
「すいません、これでお願いします」
「はい」
家族の分もまとめて渡すと、そこには川下と同級生、俺の後輩にあたる女性が立っていた。
そういえばここの神社の娘さんだった。
「二人で来られたんですか?」
「あぁ、そうだよ」
「へぇ、じゃあ琴美と付き合ってるんですね」
そう捉えられてしまうのか。
「いや、特別そういうことじゃないんだけど」
なんかこんな質問増えたからか慣れてきたぞ。
「普通に否定しちゃうんですね」
川下はなんだか不満そうだが、実際付き合ってるわけでもないので気にすることもない。
「恋愛成就はいりませんか?」
商売上手か。
「俺はいいよ」
まずは仕事に就くことから目標にしていかないと。
「私は買いましたよ!」
ほらほらと見せつけるように川下がアピールしてくる。
「川下、誰か好きな人いるのか?」
「反応薄いなぁ、先輩は」
巫女服姿の後輩もあきれ顔だ。
「成仁先輩はそういうのに疎いですからね。でも、私は頑張ります!」
ふんすと勢いよく握りこぶしを作る。がんばれー応援してるー。
お守り売り場を離れ、二人で帰り路を歩くと、これからお参りする人とすれ違う。軽く会釈したり、挨拶をする。近所なのですぐに別れる。
「成仁先輩、今年もよろしくお願いします」
「おう、今年もよろしく」
「たまにはお店にも来てくださいね」
川下は名残惜しそうにこっちを見ながら手を振ってるが……道はずれんなよ、危ないから。
おせちを食べ、ほとんどない年賀状を眺めたら寝っ転がっている。同級生の結婚しました、子どもができました的な年賀状も珍しくない。
さて、正月も変わらず休日な俺は何をしよう。
寝転がりながら悩んでいるとラインが届いた。恵からだ。
『成仁君、三が日予定はある?』
「何もないよ。同級生とも約束してないし」
すぐに返信が来る。
『明日新年会しない?』
やることないし、いいのだけど……
「いきなりだな。メンバーそろう?」
細川のようなパチンコ店はやることのないお父さんたちが集まりそうだし、保土ヶ谷君、柏木みたいなコンビニは休み取れなさそう。浅野さんだってスーパーの休みは元旦だけの場合もある。廣井さんも忙しいだろう。
『揃わなくても、二人でもいいんじゃない?』
いいのか、俺と二人だけでも。
「とりあえず連絡はまわしてみるよ。で、ダメだったら二人でどこか行く?」
『うん』
となれば早速みんなにラインを回す。
仕事してる人もいるからか全員の返信は少々時間がかかった。
予想通り全員来れない、という返事。三が日過ぎならいいという返事もあったが、恵は明日がいいらしい。
「じゃあ二人で行くか」
『成仁君、北上来れる? 行ってみたいお店があるんだけど』
行ってみたいお店? 変わった居酒屋でもあるんだろうか?
「いいよ、時間と場所決めよう」
恵は暖かそうなセーターにジャケット、ロングスカートをはいている。恵がスカートとは珍しいな。
「スカートって寒くない?」
「おしゃれですから」
どう? と言いたげに見せてくる。
「うん、いいと思うよ」
満面の笑みを見せ、良かったと言ってくる。俺との飲みでおしゃれしてくれたのが俺としてもうれしいよ。
「どこのお店に行くの?」
「とりあえず一件目は普通の居酒屋さんだよ」
二件目があるのか。
「二件目からに期待?」
「うーん、期待とかするのかなぁ? とりあえず一人では行きづらいから一緒に行きたかったんだ」
ふぅん、と言って俺は恵と並んで居酒屋に入っていく。
「俺はとりあえず生、恵は?」
「私も最初は生で」
お通しとビールが届き、二人で乾杯する。
「あけましておめでとう」
「今年もよろしくね」
寒い冬でもビールがうまい。
「成仁君は今年は何をする、とかあるの?」
「さしあたっては仕事探しかな。でも他にもちょっとやってみたいことがあって」
「え、何?」
期待されるほどのことじゃないけど。
「聖地巡礼してみたいなぁって」
「どの作品の?」
俺は読んでたキャンプ漫画を挙げる。
「あれって確か静岡だよね?」
遠いよね? と恵は言うが
「長距離のドライブとか嫌いじゃないし、行ってみたくならない?」
「うーん、私そこまで休みが取れるかなぁ」
え?
「いや、恵を連れていくとは言ってないんだけど」
……
「あっ、でもほら、一人だと何かと大変じゃない?」
ちょっと慌てた様子で話してくるけど、
「これからのことぼんやりとでも考えたりするのに適してるかなーっても思うし、なんだかんだで完全に一人って感じのキャンプしてないからね」
「そうなんだぁ」
恵はちょっと残念そうな感じだな。
「恵ともまたキャンプやりたいと思ってるよ」
表情が一変する。ころころ変わって面白いな。
店員が運んできた刺身をつつきながら恵をいじるのも楽しい。
「成仁君、遊んでるでしょ」
「恵面白いから」
「そんなことないもん」
膨れっ面をしても可愛いだけだ。
「それよりほら、何か頼もう」
「私、馬刺し食べたい」
恵によると、ヘルシーで美味しいから機会があれば食べてるらしい。俺もご相伴にあずかる。うん、ワサビつけて食べると尚いい。
「今度キャンプ行くとしたらどんなところがいい?」
「どんな所かぁ、景色のいいところかな」
岩手山が見える八幡平とかどうだろう。今度調べてみるか。
「暖かくなってきたら日本海側にも行ってみたいね」
「秋田とか?」
廣井さんがいる温泉に行って、そのあとキャンプとかいいな。
「そうそう。きりたんぽとか食べたりして」
恵の作る料理には期待が高まってしまうな。
「料理食べながら料理の話すると満腹感出るね」
「確かに。そういえば成仁君料理しようとか言ってたよね」
「あぁ、でもまだ一人暮らししてた時のレシピしかやってないけどね」
「一度食べてみたいなぁ」
それくらいでいいならいつでも作るけど。
「やってみたいレシピは他にもあるんだけどね」
「例えば?」
と暫くキャンプ話に花を咲かせていたが、それなりに時間も経ったので一件目は退出することにした。
「ありがとうございましたー」
「ごちそうさまでしたー」
さて、この後はどこに連れて行ってくれるのか。
「二件目はね、この先の通りなんだけど、具体的にどこの店って決めてないんだよねー」
照れつつ言われるが、この先はバーやホテルが立ち並んでいる。
まさかホテルはないだろう。
「去年職場の忘年会で二件目にバーに行ったんだけど、男の人多くてちょっと、なんていうか」
声かけられたりしたわけか。
「お店が決まってないならちょっと覗いてみながら決める?」
「そうだね、あんまり人の多いところとかは苦手かも」
「わかった」
落ち着いて話せそうなところを探してみよう。
「成仁君はバーとか行ったことある?」
「会社の忘年会とかで二回くらいかな? でもそういうのって騒いでるから落ち着いたバーのイメージとは離れちゃってるんだよねー」
「わかるわかる。私が行ったところも最初そういう人たちがいて、あんまり落ち着かなかったんだ」
そっか、と言いながら扉を開けてバーの様子を見る。
あ、人多いなと思うとまた来ますーと言って閉めていく。コンセプトバーみたいなところも初心者にはハードルが高く感じて敷居を跨げない。うーん、意気地がないとはこのことか。
五件目くらいだろうか。扉を開けるとグラスを拭いている口髭の似合う壮年の男性がいた。お客さんは一人二人くらい。
「ここにしてみようか?」
「そだね」
失礼しまーすと言ってそろそろと入る。かっこ悪くない?
「いらっしゃい」
壮年の男性はにっこりといい笑顔で出迎えてくれる。カウンター席に案内してくれた。
おしぼりを受け取り、
「最初はビールを」
「私はカシスオレンジお願いします」
ビールサーバーがある。ここのビールは美味しそうだ。
カシスオレンジはシェイカーを使って混ぜている。本格的だなぁ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
二件目の乾杯をしていただく。
「カシオレはどう?」
「美味しいよ、飲んでみる?」
恵からグラスを渡される。
間接キスにならないようにいただく。なんだかじっと見られてる気がする。緊張するじゃないか。
「うん、美味しい」
なんだか残念そうに見えるが気のせいだろう。
カウンターの端にいる男性を見てみる。俺よりも少し上かな? ずっとスマホをいじっては飲んでいる。多分俺も一人できたらあんな感じだろうな。
ボックス席に一人でいる女性は何やらパソコンを使打っているが、仕事でもしてるのかな?
「お二人ともバーは初めてですか?」
「まぁ、そんなもんです」
「ここは見ての通り人も少ないので、自分なりにリラックスしている方が多いんですよ。お二人も肩ひじ張らずに過ごしてください」
「はい、ありがとうございます」
他のお客さんはあれがリラックスしている状態なわけか。
俺はビールを飲み干して次の注文をする。
「モヒートお願いします」
「かしこまりました」
マスターが準備をする。かっこいいなぁ。俺もあんな風にできたらいいんだけど。
「成仁君、接客とかうまそうだよね」
「えぇ?」
すごく渋い顔をしてしまった。
「え、だってみんなとうまくやれてたじゃん」
「それは必要があってやってただけだよ。佐藤君の意見もわかるけどここは、みたいな場面も結構あったし」
「そんなことあったんだ。全然気が付かなかったよ?」
それがうまくいってたってことか。でもなぁ。
「接客は大変ですよ。はいモヒートです」
マスターが入ってくる。
「どんなお客様でもニコニコして応対しないといけない場面もありますからね」
コミケでキレ気味になった場面を思い出すと、到底出来そうもない。
「でもマスターはこの仕事してるんですね」
「私はカクテルを作るのが趣味でしたので」
あぁ、上手だもんな。
「なにかしら、趣味や好きな部分と共通するお仕事に就けたらいいですね」
今の会話だけで無職ってバレたんだ。この人すげぇ。
「バーテンダーさんって悩みを聞かれるイメージあるんですけど、実際どうなんですか?」
「そうですね。みんながみんなそういうわけではないですが、悩みを聞くことはありますよ。恋愛相談だったり職場の悩みだったり」
「ある意味、さっきの会話だけでも仕事についての参考の一つにはなりましたね」
仕事柄ちょっとした会話でヒントになることを言えるのかもしれない。こういったことは才能かもしれないが、仕事を続けて身に着けた部分もあるんだろうな。
「ちょっとトイレ」
場所を教えてもらい用をたす。
すぐに戻ってきたのだが、恵は何か話していたようだ。
「何話してたの?」
「ううん、気にしないで」
え、なんか俺に聞かれたくないような悩みでもあったのか。
「お二人は付き合ってらっしゃらないんですか?」
「いえいえ、友人です」
「そうなんですか。彼女が欲しいとか作ろうとは思ってないんですか?」
マスター随分つっこんでくるな。
「自分には彼女とか縁遠い存在ですよ」
「こんなにきれいな女性連れてるのに」
確かに恵はきれいだし、時折可愛いところも見せる。だが俺には不釣り合いだからなぁ。
「勿体ないくらいの存在ですよ」
「据え膳食わぬは男の恥ですよ」
据え膳ではないと思うよ、マスター。
「次はピーチフィズお願いします」
「私はテキーラサンライズで」
テキーラ? 大丈夫かよ。ってか目が座ってる。
「恵、無理するなよ」
「してないもん」
今は大丈夫でも後が怖い。
「私そんなに手を出せないくらいの存在なのかなぁ」
飲みながら恵が上目遣いで聞く。うん、上目遣いとかかわいいぞ。
「俺には、ね」
「そんなことないと思うよ。逆に私のほうが成仁君に合うかなって思うもん」
「いやいや俺無職だし」
「仕事は関係ないよ」
「付き合っていくにはそれなりの収入も必要でしょ」
「成仁君は将来のこと考えてるの立派だけど、付き合ってみないとわからないこともあるんじゃないかな?」
なんだろう、相性とかかなぁ。
「うーん。恵とは少なくとも友人としての相性はいいと思ってるけど、彼女として考えたことなかったからなぁ」
「成仁君」
「はい」
「今日はたくさん飲むよ」
なんかスイッチ押しちゃった?
恵のペースが速くなってしまった。
「えへへ~」
一時間で恵は大分酔ってしまった。すぐ飲み干してしまうんだもんな。味分ってたのかな?
「今何時?」
「十時半回ったとこだよ」
「うん、成仁君」
「何?」
絡み酒っぽい状態の恵も珍しい。
「私、終電無くなっちゃった」
「恵実家じゃん」
「言ってみたかったのー!」
寄りかかってくる。いい香りもするのだが、なかなかバランスが取れない。
「これからどうしようってなってみたいと思わない?」
「そういわれましても」
「つまんないー」
どうすりゃいいんだよ。
「どうぞ」
マスターからお水をいただく。ありがたい。
「ほら、恵」
「う~ん」
恵の体を起こして飲ませる。
「時間とか大丈夫なのか?」
「大丈夫~。泊ってくるかもって言っておいたから」
何それお持ち帰られえるってこと⁉
「待て待て。俺はシングルの部屋とってるんだけど」
「なんで~」
「いや恵帰るでしょ」
「一緒に帰ろ~」
どこへ⁉
「両親に会ってってょ~」
いやいやご両親に会ったらなんて言われるか!
『うちの娘はやらんぞ!』
とかそんな感じ?
『傷ものにしおって!』
とか何もしてなくても今の状態ならなりそうだ。
「もうちょっと休んだら帰ろう?」
「じゃあ次は~」
「アルコールはだめだよ!」
恵のお世話してたら酔いがさめてしまいそうだ。
「マスター、お会計とタクシーお願いします」
「かしこまりました」
一旦送ってからホテルに行こう。
幸いタクシーはすぐにつかまって、恵を乗せる。
「恵、家を教えて」
「ロンリーマート元町店の隣だよ~」
タクシーの中で、恵はうとうととしていたから、運転手さんが大体の場所がわかってくれて助かった。
「一旦友人を家に連れて行ってからまた乗りますんで」
と、タクシーに待っていてもらう。
「ほら恵、家だぞ」
チャイムを鳴らすと、中から無精ひげを生やした体格のいいおじさんが出てきた。おそらくお父さんだろう。
「ただいま~」
恵はグダグダになりながら家に入っていく。
「君は?」
じろりと睨まれた。
「あ、はい。恵さんの友人で澤海と言います。あの、恵さんにはいつもお世話になっております」
恐る恐るといった感じで挨拶をする。もう帰りたい。
「君が澤海君か」
え、恵俺のこと言ってたの? 何て?
「はい」
「……」
何か言って! 生殺しだよ!
「あ、すみませんタクシーを待たせているので」
「そうか、気をつけて帰り給え」
「はい、失礼します」
ぺこぺこをお辞儀をして逃げるように走ってく。かっこわりぃ。
でもよかった、すぐに解放されて。
話をしようなんて言われたらどうしようかと思った。
「すみません、お待たせしてしまって」
タクシーの運転手にホテル名を伝えて出してもらう。
それにしても、今日の恵は随分積極的だったな。
いや、だからと言って勘違いしてはいけない。好意があるように見えたからいけると思って玉砕したときの切なさは恐ろしい。そう、俺がそういった意味で好かれることはない。何度だって言おう。
シャワーを浴びてベットに潜る。
「恵、いい匂いだったなぁ」
はっ、変態か俺は。
くんかくんかしてはいなかったけども爽やかな香りのする香水をつけていたな。強調しすぎない、ある意味恵らしい……
恵らしい?
ふと思った。以前の恵と今の恵では明らかに行動力の差がある。
なんでだろうと思うがわからない。この十年で、恵に何があったんだろう。
知りたいけど、知ってはいけないことだったりするんじゃないだろうか。恵と連絡を取っていなかった十年。
俺は知りたい。恵のことをもっと。
恋愛感情だったら今が引き際なんじゃないだろうか。
悶々としながらごろごろする。あぁ、眠れない。
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