第5話  デート体験会

「あーーーーーーーー」

 俺は布団の上で悶えている。

 コテージ泊での廣井さんへの返事があれで本当に良かったのか。

 あれで付き合ったらこの先ハッピーだったんじゃないかって今になって思う。

 けど、それは嘘なんだよな。

 廣井さんへの気持ちはあれが本当だ。

 だから、あれでよかったはず。

 嘘で付き合うなんて失礼だ。

「よし!」

 買い物でもして気分転換しよう。


で、何を買うか悩んで二時間。

女性ならウインドウショッピングという選択肢になるところだが、そうもいかない。

俺はまだ部屋の中にいた。

~♪

「細川か」

 電話のコールにすぐに出る。また同窓会とか言い出すなよ。

「はい」

「もしもし成仁? 今年コミケいかね?」

「行かない」

 何を突然。こちとら参加しなくなって久しいんだ。何をどうしろと。買い子としてじゃないだろうな。

「前みたいにコスプレしないの?」

 確かにやってた。けどもう生地がボロボロになってやってない。

「やるのねーよ」

 やるキャラも考えずに言う。読んでる漫画やラノベ探せばあるのかもしれないけど。

「保土ヶ谷と浅野さんが最近リメイクしたアニメでやるっていうからさー、成仁もどうよ?」

 どうよってなぁ。

 そもそも俺は傷病手当金で生きてる状態なんだぞ?

「今回は神崎とか柏木も来るし、どうよ?」

 うーん、メンバー大体そろうのかぁ。

「コスプレはともかく、考えてみるよ」

「オッケー、よろしくな」

 あいつ絶対参加すると思って切ったな。

 参加だけならまぁいい。久しぶりに好きなイラストレーターさんのサークルに並ぶのもいい。参加しなくなってからも委託で本購入してたからな。

 押し入れからそのイラストレーターさんの同人誌を取り出して読む。

 そういやこの作品の元ネタになってるシリーズは人気で、まだ続いてるんだよな。

 特に、このイラストレーターさんが描くキャラが読んでて一番好きになったんだっけ。

 ん?

「このキャラならいけんじゃね?」

 ウィッグと色の大分褪せた感じのデニムは購入すればいい。チョーカーはMP3プレーヤーをいじればできそうだ。上半身のシャツをどうしたもんかな。

 ~♪

「今度は、恵?」

「もしもし、成仁君もコミケ行くの?」

 みんなに伝えたのかよ。

「行くって言ってなかったけど。まぁ、今行くとしたらってコスプレとか考えてたところ」

「え、何やるの?」

 ラノベのタイトルとキャラを言う。

「わ、すごく見たい! 衣装とかどうするの?」

「大抵のものは買って、ちょっと加工するんだけど、シャツがどうしたらいいかなぁって今悩んでたとこ」

「あぁ、ちょっと模様がね」

 うーん、と思案している声が聞こえる。

「私つくろうか?」

「はい? いやいや悪いよ」

「えー、だってシャツ作れば成仁君のコスプレ見れるんでしょ?」

 まぁそうなるな。

「だったらやらせてほしいかなって」

 ちょっと甘えるように言われると悩んじゃうじゃないか。

「でもどうする? シャツ買ってそっちに送る?」

「そんなことしなくてもデニム買うんでしょ? 近くのショッピングセンターに集合すれば、試着するときに採寸できるから」

 ふむ、確かに。でも試着室で買わないのに採寸とかしていいの?

「勝手に採寸とかしていいの?」

「デニムは買うんだし、バレなきゃ大丈夫」

 買い物はするもんな。

「わかった。じゃあ一ノ関のバイパスにあるアオンにするか」

「うん」

 こうして恵と待ち合わせすることになった。恵と会うこと増えたな。


「おまたせ」

「大丈夫だよー」

 恵は早いな。職場が時間に厳しいのかな?

「じゃあ早速だけど行こうか」

 機嫌のよさそうな恵と店内に入っていく。

「いらっしゃいませー」

 機械的な男性店員さんの挨拶に軽く会釈して入っていく。

 ダメージ系のはあってもそうそう白っぽい、とまでいえるのはなかなか無い。あっても穴の開いてるものが多い。

「違うんだよなぁ」

 と、そこで恵が手招きしている。

「成仁君、これ」

「お、これこれ」

 恵が見つけたのはちょうどよくダメージ感がある黒からの白っぽいデニム。

「じゃあ試着してみるから、終わったら呼ぶよ」

「私、近くで待ってるね」

 サイズを確認してから履いたが、うんちょうどいい。

「恵、OKだよ」

「じゃあ、失礼しまーす」

 試着室に入ってきた。

「まず上半身裸になって」

 ここでか! いやここしかないか。

 ぶつからないように脱ぐと、恵の指示で両手を広げたり後ろ向きになったりする。

「これでいいのか?」

「う、うん。動かないでね」

 恵の指、手のひらが体を這っていってなんというか、ドキドキする。

「はい、これでおしまい」

 よかったぁ。俺のドキドキ聞こえてたかな。

「あのー、お客様?」

「はいっ!」

「あっ!」

 カーテン越しにかけられた店員さんの声にびっくりして変な声が出てしまった。しかも恵がびっくりして俺にくっついてる。

 怪しんだ店員さんは、失礼します、とカーテンを開けた。

「こんなところで何してるんですか、お客さ……」

 現れた女性店員さんの声に俺と恵が固まっている。それは上半身の男に抱き着いているように見える。

 女性店員さんは一瞬怒るように言ったが、俺の顔を見て硬直した。

「成仁先輩? 澤海成仁先輩ですよね?」

 え、誰だっけ?

「近所に住んでた川下琴美です」

 あぁ、小さいころ近所の公園で遊んでいた記憶があるなぁ。でも小中一緒とは言えよく俺のこと覚えてたなぁ。俺なんて同級生の兄弟でもなければすぐにはわからないのに。

 女性店員、川下はボーイッシュな短く切った明るい茶髪に、ショートパンツにレギンスといったスポーツでもしてそうな動きやすいコーディネートをしている。

「で、成仁先輩はこんなとこで何してるとこなんですか?」

 眉間にしわを寄せ、ずいっと顔を近づけてくる。

「えと、試着を」

「どこに試着するものもないのに上半身裸になる人がいますか?」

 見るからに試着するシャツとかがない。ごまかしようのないウソに川下の目が怖くなっていくんですけど。

「こ、これは深い事情がありまして」

 二人で事情を説明する。

「事情はわかりました。でもお店で関係のない採寸とかはやめてください。ましてこんな密室に二人きりなんて……」

「はい、ごめんなさい」

 素直に謝るしかない。

「あと、そちらは彼女さんですか?」

「あ、いや友達だよ」

 恵の首ががくりと下がった気がするがここは気にしない。

「彼女さんじゃないならそんなにくっついたり成仁先輩の体にそんなに触らないでください」

ピクリ、と恵が動く。

「じゃあ聞きますけど、川下さんは成仁君とどういう関係なんですか?」

 川下さんがたじろぐ。

「そ、それは高校までの先輩後輩でして」

「高校同じだっけ?」

「学科が違うんですよぉ」

 川下が涙目で訴えてくる。え、何かまずい感じだった?

「ご、ごめん」

「成仁先輩冷たくないですか!」

 そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ。女心ってわかんないものだ。

「そもそも成仁先輩は」

「川下―、裾上げまだかー?」

「はい! すみません!」

 川下さんは裾上げの担当だったらしく、呼ばれてしまった。

「成仁先輩、これ」

 紙切れに何か書いて渡された。

「私のラインⅠDです。必ず登録してくださいね!」

 そういって川下は持ち場に戻っていった。

「川下さんとどういう関係なの?」

「小中高の後輩だけど?」

「なにか、あったんじゃないの?」

 その後、ジト目をされながらIDを登録して、俺のおごりで昼食を食べることになった。まぁシャツ作ってもらうんだしおごりは当然かな。

「それじゃあ成仁君、完成したら連絡するね」

「うん、楽しみに待ってるから」

 帰るころには程よく機嫌も収まって帰った。


 恵からシャツの完成の連絡を受けた俺は、郵送で送ってもらい試着する。

 どこかのお店、とかは先日の事案があったばかりなので自重し、どちらかの家に行く、というのもどうかと思い送ってもらった。

「成仁君の家、行ってみたかったなぁ」

 恵には悪いが、部屋が狭いから落ち着かないと思うんだよなぁ。漫画とゲームにあふれてて、掃除しようとしたら大掃除間違いなし。ってか本当に狭いんだよ俺の部屋。

 さて、届いたシャツを着てみると、さすがに作ると言ってくれただけあっていい出来だ。ジーンズやチョーカーも実際にやって鏡で見る。

「眉はマスカラとかで何とかするか」

 恵に着てみた感想とお礼とラインしておく。

 あとはウィッグとカラコンを買えば準備完了だ。

 一応コスプレをする保土ヶ谷君にもラインを送り、当日のことを連絡した。

 いつものメンバーとは写真を取り合おうなどの会話をしていた。

「あ、川下にライン送ってなかった」

 登録はしたものの、何を送っていいかわからずとりあえず登録したことと、よろしくとだけ送った。

 その日の夜、川下さんからラインの返信が来る。

『成仁先輩、今はどこに住んでるんですか?』

「実家だよ。川下さんは、一ノ関?」

『はい。あ、さんとかつけなくていいですよ、呼び捨てで!』

 あんまり親しい仲でもないんだけど、まぁ本人が言うなら。

「じゃあ呼び捨てで。それにしてもよく俺のことわかったね?」

『ご近所さんでしたし、成仁先輩にはいろいろと助けてもらいましたから』

 なにか助けたことあっただろうか? まぁ、そういうのは人それぞれ抱えていたことがあったりするものだしな。

『ところで、先日のお友達の方、随分親しそうな感じでしたけど本当にただの友人なんですか?』

 なんで疑われるんだろう?

「そうだよ。恵とは専門学校で一緒で、キャンプとか一緒にする感じ」

 それまで返信がすぐだったのだが、少し時間がかかる。

『それって二人っきりでですか?』

「うん。グルキャンもしたけどね」

 時間がかかるなぁ、どうしたんだ?

『それってデートじゃないんですね?』

 デート? まさかぁ。

「恵みたいな相手とデートできれば嬉しいけど、そんなんじゃないよ」

『成仁先輩、今度デートしましょう』

 は?

 ラインは一瞬で消されて新しく送信される。

『間違えました。私の言うデートと成仁先輩のデートの意識のすり合わせをしましょう』

 なんだ?

「何すんの?」

『実際成仁先輩がどんな感じだったらデートなのか、私で実演してみてください』

 うーん、彼女でもない相手とデートっぽくかぁ。できるかなぁ。

「できるかわからないよ」

『百聞は一見に如かずです! やってみましょう』

 そう言うと川下の次の休みの日に早速デート体験会をすることになった。


「時間より早く来てくれて嬉しいです」

 そういう川下は俺よりさらに早く待ち合わせ場所に来ていた。

 恵もそうだったな。女性ってみんなそうなの?

「待った?」

「いいえ。こうやって待ってる時間も楽しいんですよ、デートは」

 そんなもんなのか。

「ちなみに成仁先輩は今回のはデートにカウントされますか?」

「付き合ってないからカウントしないもんかと」

 渋い顔をされた。何故だ。

「片方が好きってなればその人にとってはデートって思われる場合もあるんですよ。例えばこうやってプライベートな時間を好きな人のために使うときとか」

「川下は俺のこと好きなの?」

「あ、いやっそのっ、先輩としてですね」

 顔を赤くしながらあたふたと否定する。可愛いのだが先輩としてか。ま、当然だよな。

「成仁先輩、先日お会いしたその、恵さんでしたっけ? あの方とキャンプしたときとか買い物に来たときは恵さんのお休みに合わせたんですか?」

「そうだね」

 俺無職だし。

「じゃあ恵さんはデートだと考えている可能性あるんじゃないですか?」

 無いない。引く手数多だと思う恵がそう考えるなんて、ねぇ。

「無いと思うけどなぁ」

「成仁先輩がそう考えているだけって場合もありますから。今日はそのへん含めて私が彼女の場合、あくまで私の場合ですけど、デートコース回りますよ」

 なるほど。デート体験会というだけあってデートでどんなところに行くのか教えてくれるわけか。女性がどんな場所を好むのか、全く気にならないわけじゃないからな。

「それじゃあよろしく」

 こうして始まったデートコースで、始めに行ったのは総合アミューズメント施設だ。

「私、体を動かすのが好きなんで、こういうとこ好きなんです。一階にはカラオケとかファーストフードもありますよ」

 俺も昔は運動部だったから多少のことはやれる。

「俺、テニスやりたいけど、川下は?」

 ちっちっと指を振って川下が否定する。

「こういう時は女性の希望を先に聞くもんです」

「そうなのか、川下は何かやりたいものあるか?」

「私も中学高校はソフトテニス部だったんで、テニスを最初はやりたいですね」

 結局おんなじじゃん。でも女性優先ね、メモメモ。

 テニスの施設は壁打ちしてポイントをとっていくゲームと二人で普通にラリーやゲームをするものがあったが、どちらも硬式テニスだった。

「硬式だけどやっぱりここはゲーム形式でやりたいな」

「そうですね。でもどうせなら賭けません? 負けた方がジュースおごりで」

「いいだろう、その挑戦受けた!」

 少し硬式のボールに慣れるためにラリーをした後、ゲームを開始する。

 最初はダブルフォルトも多かったが、慣れればどちらも入ってくる。

 そして、

「よっ」

「はいっ」

 部活の感覚が戻ってくるのか自然に声が出てくる。

 いい感じのロブが上がってきた。

 ダンッ!

 勢いのいいダンクスマッシュを決めてガッツポーズをする。ふと、我に返った俺は周りを見てギャラリーがいることに気づいてしまう。調子に乗りすぎたか。

「ちょっと、この辺でやめない?」

「そ、そうですねー。勝負は引き分けということで」

 そそくさと失敬する。あぁ、まだ見られてるよー。

 自販機まで行き、ジュースを買う。

「成仁先輩容赦なさすぎですよ最後の」

「いや、あぁいうのって決めたくなるじゃん?」

「分かりますけどー」

 少し不貞腐れてるところが可愛い。

 そういやデートなんだ。言ってみたほうがいいかもしれない

「可愛いな」

「えぇっ⁉」

 ビクッと引かれてしまった。キモかった?

 俺がよほどショックを受けたように見えたのか、慰めてくれる。

「あ、いや変に思ったわけじゃなくて、先輩にそんなこと言ってもらえると思ってなかったので」

 顔を赤くして髪を撫でてる。可愛いな。

「そうだ、お昼にしません?」

 そうだな。体も動かしたし、お腹も減った。

二人でファーストフードに行き、またテニスの話をしながらご飯を食べた。

「そういえばこの系列店、結構恵とか友達と行くんだよ」

「成仁先輩減点ですそれ」

 むすっとした表情で減点されてしまった。

「彼女(仮)の前でほかの女性の話しないでください。やきもち焼きますから」

「あー、そうなんだ。やきもち焼かれるのもイメージとしては好きだけど、やっぱダメ?」

「『やきもち焼いてくれるんだぁ、嬉しい』とか思うんでしょうけど彼女としては嫌ですよ」

「そうだったのか、すまん」

「気を付けてくださいね」

 食べ終えた俺たちは、今度はボウリングに行く。

 今度はお互い初心者みたいなものだったのでギャラリーなんかは出来なくて楽しめた。

「くっそぉ、あそこでスペア取れてれば」

 三戦して一勝二敗。俺の負けだ。

 今度はきちんと勝敗が付いたので俺のおごりでジュースを買う。

「ごちそうさまです」

 川下は上機嫌でジュースをあおる。

「もうそこそこの時間だな。今日は帰るか?」

 川下は少し考えて、今日のところはおしまいということになった。

「最初は緊張しますし、短めの時間がいいですけど、もう少し長くいたいと思うものなんですよ」

 あー、それはわかる気がするなぁ。俺もそう思うことあったし。

「とりあえず今日は駅までエスコートしてもらってもいいですか?」

「あぁ」

 すると、川下は俺の手を握ってきた。え?

「本当は彼氏からしてほしいことなんですけどね。今回は体験会なので私から」

いわゆる恋人繋ぎではないが手をつないでいる。好きな相手、というわけではないが今日一日で少なくとも川下が可愛いというのは十分理解できた。

川下は顔を赤らめながら俯いている。俺はちょっとだけ力を込めて握り、駅へとエスコートしたのだった。

「今日は本当にありがとうございました」

「いや、俺のほうこそいろいろ勉強になったよ、ありがとう」

「今度また遊びましょうね」

「あぁ」

 俺は川下が駅の奥に入っていくまで手を振っていた。

 ちょっと心にぽっかりと穴が開いたような気がしたのは楽しかったからだろうか。

 今度恵を誘ってみようかと思ったが、そこまで好きなのか、という疑問を抱いてやめた。

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