第4話 美少女との再会

 こういう時、キャンプの上級者が友達にいたら助かるのになぁと思う。

「キャンプ コテージ」で検索をかけるといくつもヒットはするのだが、十二月にやっているところは少ない。

 あったとしても写真がないと設備の程度が分からないから、十分な対策を練ることができないのだ。

「桜沢さんと友達になっておけば」

 とは言ったものの一回話しただけの人とそんな、友人なんて、ねぇ。相手はめちゃかわいい子だぞ? ラインの交換とか言える気がしねーよ。

 とにかく探さなきゃ。仕事もしていないのは俺一人で時間はあるんだし。

 ……こうやって何かに夢中になったりしているのって久しぶりかもしれない。

 俺は何か企画したり、誰かの補助をしたりするのが得意というか好きだ。それを今度の仕事に活かせないだろうか。

「とはいえまずは好きなことをして心の充電していかないとな」

 秋田の廣井さんや今回は参加するという山形の柏木が来やすいように、宮城の内陸部を探すのはなかなか困難だった。

 多少値は張るものの、割り勘にすればそこまでではない場所を見つけたので、みんなにホームページのアドレスと割り勘での金額、必要なものを伝える。

 返信はみんな早くに帰ってきて、OKがでた。まぁ俺も含めてコテージ初心者ばかりだけどな。

 集合場所をキャンプ地の最寄りのスーパーにしてマップを送る。日時は十二月十日土曜日。人によってはボーナスが出ていて助かる、ということもあってこの日に設定した。当然俺にはないんだけどね。


 雪のために新幹線で来るという廣井さんを古川駅で拾う。

「ごめんね」

「大丈夫。そっちは雪酷いみたいだね」

「うん。例年なら年明け以降のほうが酷いんだけど」

 日本海側の冬将軍は厳しいらしい。

「恵ちゃんは?」

「車で来るって。北上はまだそこまで酷くないみたいだな」

「ふーん」

 廣井さんが何か考えているようだった。

「帰りもお願いできる?」

「いいよー」

 俺は軽く返事をし、そのあとは廣井さんの仕事の話を聞いていた。接客業はこういうのが大変なのか、と次の転職先のための勉強をさせてもらった。

 ナビで集合場所を確認する。

「あ、あそこのアオンが集合場所だ」

 俺もこの場所は初めてだったが全国展開しているスーパーなだけにわかりやすい。

時間通りに来たのだが、駐車場には既に柏木以外のメンバーがそろっていた。

「みんな早いね」

「楽しみだったから」

 と恵。

「着いてからそわそわしてたもんね」

 そうだったのか。楽しみにしてくれてたのならこちらとしてもうれしい。

 保土ヶ谷君は免許を持ってなかったので、浅野さんに乗せてもらったらしい。

「細川君の車に乗ったことあるんだけど怖くて」

「結局二人乗せてきたの」

 不安はわかるぞ、うん。

「宮川さんはここ近いんだっけ?」

「うん。市は隣だけどここにも結構来るよ」

 近場とはいえ興味がなければキャンプ場には行かないからな。ここから先の道案内は出来なさそうだ。

 集合時間から十五分。

「とりあえずあとは柏木待ちなわけなんだけど、連絡何か来た?」

 みんな首を横に振る。

「すでに店の中とかじゃないよな」

 と言ってると、近くで車が止まり

「すみませんでしたぁ!」

 スライディング土下座をかます勢いで謝ってきた。

「かしわぎぃぃぃ」

浅野さんお怒りのようです。

「昔っからこうルーズなところあるよね?」

「何してたの?」

「いや、ちょっと道が……」

「寝坊? それとも寄り道?」

「……寄り道です」

 はぁ、とあきれた声を出してもういいよと言われた。

 よかったな飯抜きにならなくて。

「もうそれより食材買いに行こう」

「今日はバーベキューだもんな!」

細川が柏木と元気に店に入っていった。立ち直り早いな、あいつ。

「各自飲みたいもの食べるもの手に取っていこう。ただし自分が食べきれるくらいにすること」

 浅野さんが仕切ってくれると助かる。

「冬場だからバーベキューコーナーなとこも種類少ないね」

 陳列棚を見ながらカルビ、ロースをとる。

「焼き鳥あったよー」

 みんなで手分けしてバーベキューの食材を探す中、恵は別のコーナーに行く。

「何見に行くの?」

「あ、うん。肉ばかりじゃどうかなって思ってサンマとか見てた」

 ちょっと時期として外れたかもしれないが、海の幸もあっていいな。

「そういうのもありだな。あ、俺は野菜見に行くよ」

「余ったら鍋に出来るから、適当な量でいいよ」

「鍋、用意してたのか」

「焼いて食べるだけだと飽きるかもしれないし、お味噌とかして乾燥具でも入れればお味噌汁にもできるでしょ?」

 一緒にキャンプした時も思ったが、料理スキル高いな。

「女子力高いな、恵は」

「食べてもらえる人がいると頑張って覚えようって思えるからね」

 確かに、一人暮らししていてのご飯より実家で腕を振るうほうがやりがいがあるもんな。

「恵は実家だったし、家でやってるんだな」

「それだけじゃないんだけどなぁ」

 職場の人とのキャンプもあったか。その成果を俺にも発揮してもらえて感謝だな。

 俺は野菜コーナーに行き、バーベキューでもみそ汁に入れてもよさそうなネギ、玉ねぎ、キャベツやピーマンを選んで入れていく。ピーマンはバーベキューで使い切らないとだな。

「恵きれいになったよねー」

「そうだね、んん?」

 ジャガイモをアルミで蒸すというのをやろうか悩んでいたら後ろから浅野さんに声をかけられた。

「うん、どういう流れかわかんないんだけど?」

「恵、同窓会では何人か声かけられてたんだよ」

 知らなかった。とは言えたしかにその通りだから声をかけられていてもおかしくはない。

「まぁ、可愛いときれいを合わせた感じになったな」

浅野さんが頷く。

「で、成仁君的にはどうなのかなぁと思って」

 はぁ、そういった目で見てるかどうかってことなのかな?

「うーん、同窓会前にキャンプしてるしなぁ。久しぶりの友達って感覚が強いかな」

 ちょっと浅野さんはつまらなさそうにして

「じゃあ廣井は?」

「髪型とかは変わったけど、あんまり変わってない印象。でも前より話するような気がするね」

 ほうほうと浅野さんはメモを取るような仕草をする。が、実際には買い物かご以外何も持ってない。振りをするだけだ。

「そんじゃあさ、恵と廣井だったら成仁君はどっち選ぶ?」

 少しドキリとする。

 恵に好かれたいなぁ、好かれたらなぁ、とは何度か思った。しかし恵から好かれるわけはないのだ。かといって廣井さんがそういう風に思ってくれているわけでもないし。

 結局どちらから好かれるわけでもないのだ。

「どちらとも言えないね」

「なんだ詰まんない答えだなぁ」

 何を求めてるんだか。

「とりあえず後は飲み物買ってレジに行こう」

 誰からも好かれたりしない。これは鬱になった時からずっと自分に言い続けていること。これからも、きっとそうなんだから。


「コテージの割り振りは男女で分けていい?」

 聞くまでもないことだと思ってたから聞いてなかったが、コテージの人数は四人ずつ分ける形だ。

「異議なーし」

 特別異論もなかったので、申込用紙を記入する際に男女で分けて記入する。

「一旦荷物を置いて、チェアとか焚火台とか出そうか」

 コテージ内に入ると、みんな設備がどんな感じなのか見に回る。

「ベッドじゃないのかー」

 柏木は残念そうだが、風呂は足を伸ばせるし、食器類もそろってる。何なら炊飯器とオーブンレンジもついている。

「成仁君、朝ご飯どうするの?」

「あぁ、女性陣に任せてるから、ご飯の時にはみんなで集まる感じだよ」

 荷物を置き、一通り見て回ったら外に出て女性陣と合流する、

 みんなでシェアした大き目の焚火台を囲むようにチェアを並べていく。

「恵ちゃんとはどんな会話してたの?」

 食材を出しながら保土ヶ谷君が聞いてくる。

「他愛もない話だよ。仕事のこととか、誰かと連絡とってた? みたいな」

「ねぇ、管理棟に温泉あるんだけど順番とかどうする?」

 みんな一気にいなくなるのは困るな。

「四人ずつにしよう。あんまりバラバラでもまとまりすぎても困るし」

「じゃあ裏表で決めよう」

 八人もいるとなかなか決まらない。

体感で五分も経っただろうか、もったいぶる細川もいたせいか長く感じたが、ようやく決まった。

「せっかくの温泉なんだからゆっくり浸かってきていいよー」

 俺は後で入ることになったので焚火の準備に取り掛かる。四回目とは言え大してうまくはなっていないので、今回もウッドチップを持ってきている。が、今回はチャレンジしてみたいことがある。

「シャキーーン!」

 ナイフを取り出すときは人に向けないように注意しましょう。

「成仁君、料理?」

 浅野さんが聞いてくる。いやいやと手を振って否定する俺。かっこつけてる。

「漫画で読んだみたいにフェザースティック作ってみたくて」

 こうやってーっと薪にナイフを立ててスライスしていく。

「きれいにできてるねー、お花みたい」

 恵が拍手してくれる。ちょっと照れるな。

「こんな感じかな?」

「できたの見ると、なんか彼岸花みたいだね」

「うーん、彼岸花っていうとあの地獄に送る漫画が思い浮かんでしまうよぉ」

「俺アニメでしか見てないけど趣あって好きだなぁ」

「成仁君ってあんまり人の見ていない面を見るところあるよね?」

 浅野さんからの指摘にはて? と首をかしげてしまう。俺自身そんなつもりはなかったんだけどな。

 まぁ、鬱アニメといわれるものも、このキャラはこう考えて動いているんだって理解しようとしてたりもしたから、そういう目線とか、癖がついたのかな? 好みの問題もあるとは思うけど。

「これに火をつけると」

 マッチで点火し、彼岸花のようなフェザースティックに火をともす。

 薪自体そこまで太くなかったため徐々に燃え広がっていく。

「成仁君上手だね」

「料理はやってもらうわけだし、火おこしとか何かしらは出来ないとね」

「成仁君がお風呂に行った後鎮火してなきゃいいけど」

 そう言って笑う。

 やっぱり気心の知れた友人と話すのはいいな。

「冷蔵庫から飲み物出す?」

「まだいいんじゃない?」

 各々で準備をしていると先陣を切っていたメンバーが帰ってくる。

「いいお湯だったよ」

「そこそこ広かったし、新しめだった。あぁシャンプーとかボディソープもついてたよ」

「そっか、じゃあ着替えとタオルだけ持っていけばいいかな」

 荷物を持って残りのメンバーが温泉に行く。

「上がったら待っててね」

「はいよー」

 温泉は聞いていた通り広くて十人くらいなら十分には入れそうだった。

 男は烏の行水と言われてしまうこともあるので、ここは併設されているサウナでもやるか。

 うん、誰もいない。誰もいない中でこの空気を感じて考え事したりするのがいいんだよな、って。やっぱり俺ソロキャン向きなんじゃなかろうか? うーん、でも恵とのキャンプもよかったしなぁ。

 結局どちらにもいいところはある、ということだろう。サウナから出て冷水を浴びる。うひーーーー、冷たい!

 からの温浴。これをもう二回くらいして整わせるんだよな。

 今回のグルキャンでもソロキャン、二人キャンプとはまた違った感想を持ったり楽しみを見つけたりできるのかな、と思うと心が躍る。


 温泉を堪能して外に出ると、見知った顔にあった。

「桜沢さんですか?」

「あ! ……澤海さんですよね?」

「今一瞬誰だっけってなりましたよね?」

「ちょ、ちょっとだけ」

 桜沢さんは温泉から出たところのようで、いい香りがする。同じシャンプー使ってんの? 自前じゃない?

「ってか名前で呼んでませんでしたっけ?」

「あ、なんか私だけ名前で呼ぶの失礼かなって後で思ったんで」

気にしてないと思ったんだけど、後から気になったのか?

「できれば私のことも名前で呼んでもらえませんか? 成仁さんのほうが大人のようですし、ため口でいいですよ」

「そう?」

 他人には敬語を使うことが多いのだけど、こういわれたのなら極力そうしよう。

「鈴香さん、でよかったです……だよね?」

「はい」

鈴香さんは満面の笑顔を見せてくれた。かわいいな。

「鈴香さんもここにキャンプしに?」

「はい、家族で来てますが、「も」ってことは成仁さんもですか?」

 楽しそうに話してくれるとこっちも楽しくなるじゃん。

「こっちは昔の友人とコテージなんだけどね」

「いいじゃないですか、コテージも経験の一つですよ」

 ポジティブだなぁ。

「あ、そうそう成仁さん雰囲気ちょっと変わりました?」

「え?」

「最初の頃より明るくなってきてる感じがしますよ」

 そうだろうか? だとしたらみんなと話したりすることや、鈴香さんと話すことができてうれしいんだろう。多分コミュ障オーラが少なくなってると思う。

「自分では気づかなかったけど、そうだったらいいな」

「そうだと思いますよ」

 そういえば、コテージを探すときに思ったことを口にする。

「鈴香さんってキャンプ場とか詳しい?」

「どうでしょう? 行ったことのあるところくらいなら写真も撮ってますし、感想とかも言えますよ」

「じゃあさ、今度キャンプするときには教えてもらえるかな?」

「いいですよー。じゃあライン交換しますか」

 ここにきて気づいてしまった、俺、鈴香さんにライン交換してもらう流れを自然に作ってた! しかもそれに自然に受け入れてくれてた! うぉすげぇ!

「? どうしたんですか?」

「あ、いやなんでもないなんでもない」

 焦ってスマホを落としそうになったりもしたが無事に登録できた。

「それじゃあまたラインしましょうね。私こっちですから!」

「ありがとう。俺はすぐ近くのコテージ。何かあったら助けてもらうね」

「はーい」

 手を振る鈴香さんが足を止めて一言。

「後ろの方々はご友人ですか? 楽しんでいってくださいねー」

 そう言って去っていった。

 振り返ると呆然とした廣井さんと三白眼の恵がいた。

「随分可愛い娘と仲良さげでしたね」

「え、そうかな?」

「自然にライン交換してたじゃない!」

 恵さん激おこなんですが、誰か止めてくださいませんか?

「でもほら恵のほうが先だし、仲いいのも恵のほうが長い付き合いだしさ」

「成仁君、年下が好みだったの?」

 廣井さんが追い打ちをかけてくる。

「いやだから好みは特にないって」

 誰か助けは、と思っていると浅野さんが現れた! やった、天の助け!

「三人とも話が脱衣所にまで聞こえてるよ。解放感で騒ぎたくなる気持ちもわかるけどほどほどにね」

『はい、ごめんなさい』

 みんなでそろって謝った。止めてはもらえたけど釈然としない!

 そして心配していた焚火は危うく消えそうだったのを薪を割って、追加してしのぐことができた。裏表じゃなくて経験者は残すやり方にしておけばよかった。

「じゃあ早速網を敷いて肉食べようぜ!」

何も知らない細川が元気に箸を動かす。準備しろよ。

 俺は冷蔵庫から食材をまとめて持ってくる。別にこき使われてるってわけじゃなくてそうしておかないとあとから面倒だなぁというだけ。

「とりあえず乾杯しない?」

そういえばそうだな。宮川さん地味だけど何かやってくれるんだよなぁ。

「やっぱ成仁だろ?」

「俺はこの間同窓会でやったからパス」

「えーーー」

 なんで合唱すんのさ。

「たまには俺が指名してもいいだろー」

 とか言いつつ誰も決めれていないのだが。

 はてさてどうしよう?

 とりあえず男どもはやめとこう。

「こういう時は浅野さんかな、やっぱり」

「なんかそういう気がしてた」

 さすがそこは付き合いでわかるものか。

「じゃあ今日はいっぱい食べて一杯飲んでいいっぱい話そうか。かんぱーい」

『かんぱーい』

乾いた音を立ててみんながのどを潤す。

細川と柏木は早速並べたのを食べようとしてるが浅野さんがそれを制止してる。子どもか。

しょうがないので焼く係も都度変わってやるということで、最初は俺が焼く係だ。

「野菜も食えよー」

ピーマンや玉ねぎを投入する。

「ピーマン苦手なんだよねぇ」

 柏木はそう言って選んで食べる。

「玉ねぎも焼くと甘くて美味しいんだから」

 恵がみんなに取り分けてくれる。

「肉肉」

 保土ヶ谷君と宮川さんはなんていうか、細いから食べたほうがいいよな。

 ってか食べても太らないならうらやましい。

「成仁君手がふさがってるなら口開けて」

 え?

 恵が肉を差し出してきた。

 これはいわゆるあーん、ってやつですか?

 いや、深い意味はないはずだ。恵のような美人に好意でしてもらえるなんてない。単に手がふさがってるからに違いない! だから気にしなくていいはずなんだけど、だけど! これは恥ずかしいよ?

「早くしないと落ちちゃうよ」

「あ、あーん」

 パクリ。美味い。

 なんて言うか普通の肉なんだけど美味い。美人にこうしてもらえるなんてもう寿命が近いんじゃなかろうか?

「そういえば手がふさがってるねー」

 廣井さんが今度は野菜を向けてきた。は?

「あったかいうちに食べたほうがいいよ?」

「あ、うん」

 何故だ。これは焼く係の役得なのだろうか。でも俺箸に口付けたんだけど? 気にしないの? ねぇ?

恵もさっきの箸で野菜をそのまま食べている。

お、大人になると間接キスというものは気にしないんですね? 俺も頑張ろう。

「そろそろ変わろっか」

焼く係を保土ヶ谷君と交代する。

 とりあえず空いた手でビールを飲む。

「あー、美味い!」

「成仁君おじさんみたいだよー」

 なんか色々疲れることもあってさー。鈴香さんと会った直後とか、あーんの緊張感とか。

「こうして俺もおじさんになっていくんだなぁ」

 しみじみ。

「まだ二十代の若者なんだから頑張れ!」

 宮川さんと浅野さんの年上コンビから𠮟咤激励され、肉を皿に乗せてもらう。

「ありがたくいただきまーす」

 右手でビール、左手に皿を持っていると、先ほどまでのあーんはない。なぜだろう。よくわからない。まぁ変な緊張感はないに越したことはない。

「俺焼きそば焼いてもいい?」

「あ、俺焼き鳥焼きたい」

 それぞれがグリルプレートや食材を出して調理していく。

 俺は今度はカクテルづくりをしている。

「へぇ、成仁君ってカクテルづくりできるんだ?」

「自分の好みのやつだけね。甘いのだけど飲む?」

「どんなの?」

「ピーチフィズとかスクリュードライバーとか」

「ファジーネーブルできる?」

「了解」

 大して上手でもないが、家飲みで軽く覚えたことが役に立つときもあるんだな。グラスは普通のものだが、氷を入れて何となくの分量で入れ、かき混ぜる。

「はい、どうぞ」

「私、ピーチフィズで」

 なんか注文が来始めちゃった。

 とりあえず好評でよかったが、飲むペースが乱れる。

細川が焼いた焼きそばや柏木の焼き鳥をいただく。

「恵も何か作るんだっけ?」

「いやーなんか、お酒回ってきちゃって明日の朝ごはんにしようかな」

「手元危ないし、その方がいいよ」

「心配してくれるの?」

 恵がくっついてくる。おぅ、嬉しいハプニングだ。

健全な男にはなかなか刺激的だぞ。なんだか色気も感じる。

だが、

だが俺に気があるわけじゃないんだよな!

心配してくれるのがただ嬉しいってだけ。ここ重要テストに出ますってくらい大事なとこだよ!

「そりゃまぁ、友達にケガされたくないもんな」

「友達ですかそうですか」

 恵が離れてカクテルをあおる。なんか前にもなかった?

「次はスクリュードライバーお願い! 濃くていいよー」

 ほどほどにさせよう。こっそり少なめに。


「恵は寝た?」

「うん。吐き気とかもないみたいだから大丈夫だと思う」

 あのあとも飲み続けた恵はフラフラになり、コテージで寝かせた。

 残り物を平らげて、片づけをしている。

 今は俺と宮川さんの二人で洗い物をしている。

「成仁君は少し他の人の気持ちを気にした方がいいよ?」

 俺、恵に何かやらかしたのか?

「うん、分かった」

「それだけじゃなくて、何かあったらきちんと正面から向き合うこと、いい?」

「はい」

 何かって何だろう? 聞いても教えてくれないだろうし、こういうことは何かあった時に面と向かって対応していこう。

「宮川さんは何で今回のキャンプ参加してくれたの?」

洗った食器をふきながら宮川さんが答える。

「まぁ、いろいろ気になることがあって。やっぱりって感じだったけどね」

 はて? キャンプの仕方とかではなさそうだけど。

「さっき言うべきことは言ったから、それだけは気に留めておいてね」

「うん」

 食器をまとめ、コテージに戻る。

 その後はみんな会話もほどほどにして就寝した。


「私、変なこと言わなかった?」

 記憶をなくしたわけではなくとも気になるのが酔っ払い。

 翌朝の恵は挨拶もそこそこにご飯をよそいながらみんなに聞いた。

「大丈夫だよー」

「すぐに寝たから」

 みんな口々に大丈夫と言ってくれたおかげか、安心したようだった。そんな記憶をなくす状態って今までにあったんだろうか。あったとしても話してはくれなさそうだなぁ。

 朝は恵の作ってくれたポトフをいただく。煮込み料理だと思うんだが、早起きしたのかな?

「うん、やっぱり美味しいよ」

 そう言うと、満面の笑みで大盛りのお代わりをしてくれた。そこまで求めてなかったけど、美味しいし、いいか。

「今回はテントがない分片づけが少ないし、ゆっくりチェックアウトできるね」

「テントがあると乾かしたり畳んだりあるからね」

 俺と恵でキャンプトークをするとみんなは聞いてるだけになってしまう。みんなと話さないとな、せっかくだし。

「みんなどうだった?」

「初めてだったけど楽しかったよ」

「またみんなで集まりたいね。あ、キャンプじゃなくてもいいけどさ」

 おおむね好評だったみたいで一安心だ。

 またみんなで遊べたらいいが、社会人になるとそうもいかないしなぁ。

「また遊ぶにしても休み合わせるの大変だもんね」

「全員集まらなくてもいいから年末年始集まろうよ」

 そうか、そのあたりなら集まれるかもしれないな。

「じゃあ年末年始の休みが決まったら連絡とりあおう」

 俺は年末年始過ぎたらどうなるんだろう。本格的に仕事探し始めているだろうか。

 そんなことを思いながら帰り支度を始めていた。


「じゃあみんな、会えたら年末年始にね」

「うん、廣井さんよろしくね」

「はいよー」

 俺は廣井さんを車に乗せ、駅へと走らせる。

「楽しかったねー」

「うん」

 古川駅までは三十分強。その間あまり話をしていなかったが、

「成仁君」

「うん?」

 廣井さんが声のトーンを落として話しかけてきた。何か大事な話だろうか。

「昔、専門学校の卒業式の後、メールもらったよね?」

「!」

 心臓が跳ね上がるかと思った。運転には現れなかったが、今の俺はものすごくドキドキしている。

「あの時私メール送ってたの。成仁君の答えは覚えてるけど、今の気持ち、聞かせてほしい」

「……」

 なんて言ったらいいんだ? ってかあの時メールは複数もらっていて、そのうちの一通。勿論、曖昧な返事でもう一回出した可能性もあるから二通かもしれないが。

 でもそれ以上に。

 今の気持ちだ。

 宮川さんから言われていたのはこのことかもしれない。

 ただ、その前に言わせてほしい。前にも何度も言った気がするが大事なことなのでもう一度。

 俺が人からそういった意味で好かれるなんてないんだ。

 きっと廣井さんのも幻想だよ。

 百歩譲ってそうじゃないとしても、それは当時の自分を見てなんだ。

 そして今の気持ち。友人としてこれからも付き合ってほしい。

 だから答える。

「ごめん、友達としてしか見れない」

「……そっか。ありがとう」

 ありがとう? 罵詈雑言を言われても仕方ないのに。

「恵ちゃんいい子だもんね」

「恵? え?」

「え、好きとかじゃないの?」

「いやいや俺には無理でしょ」

 廣井さんがポカーンと口を開ける。

 そして額に手を当てる。

「んと、気にしてたりは?」

 微妙だ。気になると言えば気になる。しかし

「ハードルが高すぎる」

 大きくため息をつかれた。ねぇ、これデジャヴ?

「あーあ、面倒な人好きになっちゃった」

 明るく言ったところで古川駅に着く。

「これからも友達としてよろしくね」

 よかった。縁切られてもおかしくないとすら思ったから。

「うん、こちらこそ。またよろしくね」

 廣井さんは振り向かずに駅に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る