第2話 美少女との遭遇

 あれから何日たっただろう。

 恵とキャンプに行ってから数日が経過していた。

 俺はといえば変わったことはなく漫画読んで、飯を食べて、寝て。その繰り返しだ。

 そのうち働くという意思はあるのだが、そのうちはそのうちで、今働こう、というところまではいかない。昨日なんか前職の夢を見ただけですごい疲労感を感じてしまった。仕事のことを夢にまで見る状態は良くない、なんて昔誰かが言ってたっけ。今になってみるのはどうなんだろう。

 病気による退職だからすぐにでも職業安定所に行って手続きをするわけでもない。のんびりでいいのだが、動き出さないとなと思う気持ちも一応ある。退職してから四か月。たった四か月とも、もう四か月ともいえる。最初は何もしなかったからなぁ。

 最近になって、ようやく休んでいるという感じになってきたのか時間の使い方という贅沢な悩みを持つようになった。

「暇だなぁ」

 寝返りを打ちながらつぶやく。

 漫画を読み終えた俺は、もっと読み終えるのに時間のかかるライトノベルに手を伸ばす……のをやめ、起き上がってキャンプ雑誌に手を伸ばす。

 前回のキャンプの後。漫画を買おうにも何もなかったので、ライトノベルと一緒にキャンプ雑誌も買ってきた。最近流行っているせいか、いろんな雑誌があって目移りしたがソロキャンプ初心者向けの雑誌を購入した。安く済ませるコツ、なんてものもあったがそれはある程度経験してからじゃないと失敗しそうな予感がする。

 何かキャンプアイテムを買おうというわけではないが、知識を深めるのにはいいと思って買ってみた。別に恵にいいところを見せようとか言うわけではない。自分自身の成長、なんていえば聞こえがよくなることだが、キャンプをもっと楽しめるようになろう、という一つの段階を踏むためだ。

ある意味無防備の中野営をして寝る。襲われたらどうする、盗まれないようにするためには、なんてことが身についていればソロキャンプする際にも安心して眠れるんじゃないかな。

ま、天候とか自然の理由によってできなくなることは仕方ないのだが。

ページをめくるとキャンプ用品やおすすめキャンプ場、簡単なキャンプ飯などいろいろ載っている。

「キャンプ飯かぁ」

 以前読んだ漫画にもいろいろ載っていたし、恵も作っていた。

 俺も少しくらい作れれば楽しくなるだろうか。

 自分にもできそうなページに折り目をつける。前回のキャンプでの調理器具は主に恵のものだ。俺の持っていた道具は土鍋とかスキレット、あの小さな焚火台でも簡単にできるものと言ったら、やっぱり鍋物かな。

「そうなると昔作ってた鶏肉入れた鍋でもいいよな」

 基本一泊だし、もうそんなに暑くない。飲み物だけじゃなくて野菜とかクーラーボックスに入れていけば長持ちするし、あらかじめ家で切ってジップロックに入れれば、あとは鍋にぶち込んで調味料入れて煮込むだけ。超簡単じゃん?

 一人暮らししていたころは必ずじゃないけど自炊していた。簡単なものが多いけど、動画配信サイトに載っているものを作ったりして、たまに友人と飲んだりしていた。ブックマークしていた動画サイトの鍋にしよう。折り目をつけていた料理はまた今度だ。

 まずはできるレベルのものからな。

 こういった趣味ができるようになっていくことは、多分おそらくきっと鬱にもいいんだろうな。キャンプが実際今後も続けていける趣味になるかはまだはっきりとしていないけど、今はこれくらいしかしていないわけだし。


「いいじゃない。出掛けるのは気分転換にもなるし、生活リズムを作るのに役立つから」

定期通院していた俺は木原先生にキャンプしてみたことを伝えた。一人になることは危険だと言われると思っていたが、案外好意的に受け止めてもらえた。

「以前は仕事をしていたから朝は普通に起きれるのが、昼間には何をやったらいいかわからなくなるっていうのは、生活リズムが混乱していたんだね。そうやって出かけることを自分で見つけれることも含めて少しずつ回復に向かってることだから。キャンプでも買い物でも、散歩でも、気持ちがそんな風に外に向いてくるのはいい兆候かな」

 自分のあの暇になってくる感覚にも意味があったのか。

 先生の後押しもあり、じゃあやってみようという気になれた。


 十月に入ると、キャンプ場の冬季休業で休みに入り始めるところが出てくる。特に山間部などは雪が降ることが多く、積雪時の換気の問題で死亡リスクが増加してしまう。また、特に寒い地域では凍死の可能性もある。北部のキャンプ場ではそういった事故を防ぐために冬季休業するところが多い。

 この間まで使用していたシュラフは主に夏用だったので、新しい寝袋がないか通販サイトを検索してみる。

『冬用 シュラフ』

 これで検索すると出るには出るのだが、大体は手を引っ込めてしまうような価格だ。オールシーズンなんてのもあるが、耐寒温度や口コミを見たりするとあまり期待できなかったりする。

 そのため俺は冬用でもまぁ手が出せる程度の寝袋を購入し、ダブルで使う作戦に出た。作戦ってほどかっこよくもないけど。

 これに食材を追加したのが今回新しく必要になったものだ。とりあえず一式揃えればそれ以上お金がかかるのはキャンプ場とか交通費、薪やガスボンベなどの消耗品くらいなもんだ。

 荷物を載せ、車に乗り込む。

 先生からOKをもらっていたとはいえ、相変わらず母は心配していた。けど兄は特に心配もしていなかった。

 今回利用するキャンプ場も最初に利用した場所。

 このキャンプ場は山の上にあるので、十月の連休明けには閉鎖されてしまう。なので、その前にもう一度キャンプをしに来た。格安だし、利用して経験積むのにもってこいだ。

 今回は平日、一人だ。恵は仕事だし、休みだったとしてもなんていうか誘うのも悪いだろうし。あいつもだれか付き合いあるんじゃないかな。社会人になると余計な付き合いが増える。って思ってるのは俺だけじゃないよな? ま、あとは本来俺程度が相手していいくらいの女性じゃないと思うんだ。

あと、平日にしたのには週末だと多少騒がしい人もいる、ということもある。

 十月でも運が悪ければ雪の降る地域だが、いい感じに晴れている。相変わらずの細道を抜けると青空が広がっていた。

管理棟の前に、サイトの様子を見ても空きは十分にあったが、団体が来ることもあるらしいから確認はする。ちなみに基本予約制ではないので常に現地確認が必要となる。

コテージも管理棟そばにあるが、今のところ利用する気はない。なんかキャンプのほうが逞しい気がする。

管理棟に入るとストーブが効いていて暖かい。ほぅ、と息を吐いてから受付に向かう。

「すみません、今日フリーサイト空いてますか?」

「はい、大丈夫ですよー」

 先日の美少女だ。ちょっと得した気になる。

 受付の美少女は地図を出して説明をする。

「奥の方は少しぬかるんでいる場所があるので、タイヤとられないように気を付けてくださいね」

そういや昨日は雨が降ったんだっけ。ペグ打ちも結構やりやすい土だから雨の翌日はぬかるんでしまうんだな。

「わかりました」

 この子の笑顔は勘違いさせるには十分だな。なんて考えながら管理カードを受け取る。


全体の説明をもう一度確認して受付を済ませると、焚き付け用の薪を購入し、フリーサイトへと移動する。

こなれた手つき(のつもり)でテントを設営し、さっそく焚火のセッティングをしておく。バーナーも出してコーヒーの準備をする。ドリップ式のインスタントだが、やる気が出たらミルを買うのも悪くないだろう。今回はのんびりと本を読みながらコーヒーをすする。

読んでいるのはライトノベルなのだが、家で寝ながら読んでるよりは有意義な時間の使い方ができてると思う。

 数は少ないが、サイト利用者がちらほらと増えてくる。平日とはいえやっぱり安いうえに冬季閉鎖前となると利用する人が多少増えるのだろう。俺もここが閉鎖されればどこかほかの場所を探さないとな。

 早めの風呂を一人で堪能しテントに戻ると、近くでテントを立てている人がいる。一人で設営しているところを見ると、おそらくは俺と同じソロキャンパーなのだろう。

(軍幕テントかぁ、かっこいいしタープあっていいよなぁ)

 テントの色はグレーということで男性かなと思ったが、帽子から長い髪の束が出ている。女性かな? 男性でも長髪の人はいるので一概には言えない。仮に女性としてならテントは意外と暗い配色だなぁ、と思った。

俺とは違い、本当に手慣れた手つきでテント設営をしていた様子に見入っていたせいか、視線を感じた人がこちらを向いた。

「こんにちは、お出かけでしたか?」

「あ、はい。薬の湯に行ってました」

 ソロキャンパーさんは女性だった。振り向いたその顔には覚えがある。薄い茶色のポニーテールにナチュラルメイク。受付の美少女だった。そういえば受付でお風呂の代金は支払ったが、あの時は年配の人に替わっていたな。とはいえさっき会ったばかりでまた会えるとは。目の保養にさせていただきます。

 しかし、どうしてテントを設営しているのだろう?

「あの、お仕事ですか?」

 確かここの管理人は常駐ではなかったと思ったけど、こういう風にして夜間の見回りをしていたりするのだろうか?

「いえ、私の仕事は終わったので、プライベートです」

 笑顔で答えてくれる。うん、やっぱりかわいい。あ、いやそうじゃなくて。もし未成年だったとしたら大丈夫かな? そもそもソロキャンパーなのかどうか。テントはソロっぽいけど。

「えっと、失礼ですけど家族の方とかは?」

「あ、ここ家族で経営してるんですよ。なので近くにいますし、家も近いんですよ。あ、年若く見たんですよね? こう見えても私成人ですからね~。それに何かあればすぐ通報できますから!」

 さっきと同じ笑顔で通報とか言える。結構その辺の危険には自信あるのかな。例えば警報機とか護身術とか、何かあっても万全なんだろうな。それにしても家族経営だったのか。そうなると人件費も抑えられるし安く済ませることができるんだろうな。で、あの年配の方は祖父母というわけか、納得だ。

「それにしても軍幕ですか。なんかかっこいいですよね」

「あぁ、これお父さんのおさがりなんです。使えるものはもらっちゃってて」

 なるほど。このキャンプに両親とかは一緒じゃないのかな? それに友達とキャンプしたりはしないのだろうか?

「友達とか家族と一緒にキャンプは?」

「いやぁここ山ですからねぇ。友人とはここから行くのも、ここまで来るのも結構大変ですから。それにキャンプって手間がかかるって苦手な子も多いんです。あ、でも友達と遊ぶことがないわけじゃないですよ。平日とかはなかなか予定合う子も少なくって」

 そっか。今日平日だもんな。これからキャンプやろうってなってここまで来るのにも時間かかったりするもんな。

「家族とはたまにしますね。冬季休業中に南の方とか行って薪ストーブ使ったりして」

 薪ストーブとか結構高いじゃん。ここ儲かってんのかな。ま、人気のキャンプ地ではあるみたいだけど。

 それにしても成人してるにしても結構若いよなぁ。いやらしい目で見るわけじゃないけど若々しさを感じる。俺、年とった?

「あーっ、今私の年齢想像してましたよね?」

「えっ?」

 なぜわかったんだろう? むしろいやらしい目で見てる方で誤解されそうなものなのに。そう思われてないのは今までの人生でもそうだったから、俺にそんな雰囲気みたいなものがないんだろうな。ま、だからと言って好かれてたりするわけでもないんだろうけど。

「たまに間違えられるんですよ。若く見られることは悪くないんですけど、たまにナンパされたときナチュラルメイクだからって高校生はないでしょう?」

 ちょっと膨れっ面になりながら聞かれると返答に困ってしまう。でもやっぱりナンパとかさせるくらいの美少女なんだな。って、高校生と思いながらナンパってどんだけだよ。それってなんか犯罪行為みたいでいやだなぁ。

「ってかナンパしに来た人何しにキャンプ場まで来たんでしょうね」

「本当ですよ。キャンプの楽しさ全然わかってないです。しつこかったんで追い出してやりたいくらいでしたよ」

 これだけ可愛ければ付き合いたい気持ちがわくのはわかるが、時と場合と目的を考えないとな。

「ちなみにナチュラルメイクなのは?」

 言ってはっとした。これセクハラにならないかな? そうじゃなくても気にしてたら滅茶苦茶失礼じゃね?

 だが、女性は気にすることもなく笑顔で答えてくれた。

「キャンプするのに必要ないからですね。火で汚くなったり、落としたり、結構面倒なんですよ。まぁ、焚火で乾燥するので乳液くらいはつけてますけどね」

 そういや恵もそんな感じだった。香水くらいかな、してたの。俺としてはそれくらいのほうが身構えなくて済むからいいんだけど。いやでも女性免疫の少ない俺には香水だけでも十分だけどな。

話してるだけだと寒くなるので焚火をする。風呂上がりには十月の風は辛いものがある。今回もウッドチップに頑張ってもらう。女性はシュラフをセットしたりしている。

「ええっと、お客さんって言ったらいいですか? 受付では気にしてませんでしたけど、お名前うかがってもいいですか?」

「澤海成仁です。好きなように呼んでいいですよ」

「じゃあ成仁さんで。私は桜沢鈴香といいます」

自己紹介をしてお互いに軽い会釈する。

薪に注意しながらのため相手の顔はあまり見ない。そのほうが気楽だが、失礼にならないようにちょこちょこと相手の顔を見て話す。

「成仁さんはキャンプされてどれくらいですか?」

「まだ三回目の初心者ですよ」

「そうなんですか? じゃあキャンプしてて戸惑ったりすることもあるんじゃないですか?」

 決してマウントをとるようなしゃべり方ではない。気にかけてくれている、そんな感じだ。

 そうやって話しているうちに桜沢さんのほうもキャンプ準備が整ったようだ。ローチェアを出してこちらにやってくる。

「チェア持って行ってもいいですかぁ?」

 どうやらこっちで話の続きをするらしい。美少女? 美女? と話せるなんて随分ラッキーだな。当然これ以上のラッキーはないだろうけど。

「これでも一応キャンプはそこそこやっているので、何かあればアドバイスできるかもしれませんが、何か聞きたいこととかありますか?」

 正直ありがたい。漫画を読んだり雑誌を読んだりしているだけではざっくりとした情報しか入らなかったりする。もう完成している写真とかだったりするからな。

「そうですね、まずご飯の時に使う油のことなんですけど、余分な油をどうしたらいいか悩んで、結局作ろうと思うのをやめちゃったりするんですよね」

「あー、確かに油の処理は困りますよね。アヒージョとかならパンにつけて食べるとかもできますが。空のペットボトルに冷めた油を入れて帰ってから処理するとか、固めるやつ使うって手もありますよ。それなりの量じゃないと微妙でもったいないんですよね」

 桜沢さんはうんうんと頷きながら話してくれる。

「動画サイトにあまり沢山油を使わない調理法とか紹介しているキャンパーさんとかいるんですよ。この人なんですけど」

 そう言ってスマホを見せてきた。近い。嬉しいが緊張してしまうな。でもそんな気さらさらないんだし、気にしないようにしてここは素直に教わろう。

 単純なことからちょっと面倒くさいことまで勉強させてもらった。これはラッキーだな。次のキャンプの参考にしよう。


「良かったらご飯一緒にいかがですか?」

 桜沢さんからご飯を誘われてしまった。今回は自分で用意した鍋にしようと思っていたのだが。

「あ、えぇと、ごめんなさい。もしかして何か決めてたりしますか?」

 先ほどの料理の話もあったからだろう。桜沢さんはきっと俺がまともなを料理しない可能性を考えたんだろうけど、失礼になると思って謝ったんじゃないかな。

「あーっと。実は簡単な鍋を作ろうと思って」

 どう返事したらいいかわからず、とりあえず以前作ったことのある鍋にしようと思っていたことを伝えた。

「あ、奇遇ですね! 私も鍋なんですよ。良かったらシェアしませんか?」

 いいの? こんなかわいい子とこんなに仲良くキャンプしちゃっててさぁ。

「いいですけど、俺のそんなにすごくないですよ?」

 白菜と鶏肉ときのこ入れて酒、ポン酢で味付けした簡単なものだ。

「いいんですよー。お互いのレパートリーやバリエーションの参考に出来ればどうでしょうか?」

 確かに。調理方法とか、こういう場所でどのようにするのか見せてもらったりして勉強するのもいいし、そうでなくても下処理の仕方とかテクニックがあるかもしれない。

「じゃあすみません。俺のは切ってきてあるんですぐできちゃうんですけど、桜沢さんの調理してるの見せてもらってもいいですか?」

「家で下処理してきてれば確かに楽ですし、ゴミも出にくいですもんね」

 桜沢さんは快く見せてくれた。

 ダッチオーブンを出して、エビやトマトの缶詰を出してきた。鍋というよりスープかな?

「改めて人に見られると思うとちょっと緊張しますね」

 エビの殻をむきながら桜沢さんが言う。その手さばきは緊張しているという割には慣れていて、家でもキャンプでもやっているんだろうなと思わされる。

「私、口に入れてから骨とるの恥ずかしいので、ほぐしますね」

 そう言ってタラの皮をきれいにはがし、骨をとりながらスプーンの裏でほぐしていく。

 エビの殻をネットに入れ、ダッチオーブンの沸騰したお湯の中に入れる。殻も上手に使っていて、無駄がない。

「すごいですね」

 素直な感想が口から出る。

「そんなことないですよ。何度か経験していればちょっとした工夫って次第にできるようになります」

 少し照れながら桜沢さんが食材を入れていく。

「後は少し煮込めば完成です」


 桜沢さんの作ったブイヤベースと俺の作ったポン酢鍋をシェアして食べる。

「ポン酢がいい感じに効いていておいしいですよ」

 笑顔でお世辞であろう賞賛をくれているが、桜沢さんのブイヤベースは絶品だった。経験の差もあるだろうが、キャンプでこのくらいの味が出せるのはすごいと思う。

「澤海さんは基本ソロキャンなんですか?」

 だれか一緒に行く友人とかといえば恵しかいない。

「行くような友人、もいなくもないですけど休みの日とか、付き合いとかいろいろあると思うんで」

「私は冬季休業中は仕事も休みなので、ファミリーキャンプしてますよ。中には冬場にもできるところもありますし」

 そういやこの軍幕テントはお父さんからのおさがりと言っていたっけ。

「あのおじいさんたちも?」

「そうです。歳はとってもまだまだ現役なんですよ」

 ちょっと興奮気味に話している。桜沢さんのキャンプ好きはおじいさんたちの影響も強いのかな。

「料理は誰かに教わって?」

「そうですね。おばあちゃん、お母さんの手伝いから始めていろいろ実践してみたり。やっていくと楽しくなっちゃいました。私はキャンプしてる中でお料理が一番楽しいかもしれないですね」

 俺はどうだろう? キャンプで何を一番楽しんでるのかな。まだ三回目ということはあるけど。一回目では焼き肉を楽しんで、二回目では恵との会話を楽しんだ。

 俺がそのことを考えていると、桜沢さんはそこに気づいたように話す。

「楽しみ方は人それぞれですよ。こうやって初めての人と挨拶して会話をすることが楽しみの人もいますし、一人でぼーっと考え事をするのもいいという人もいますし」

 俺も最初はぼーっとして考え事してたりしたっけ。

「もうちょっと経験積まないとわかりませんね」

「それでいいんですよ。キャンプは年齢の上限とかもないわけですし、ゆっくり考える時間は沢山あります。あ、今回は私が色々話しちゃいましたけど」

 そう言って桜沢はペロッと舌を出す。かわいらしい仕草に少しドキリとする。やはり可愛い人だ。

「いえ、今日は本当に勉強になりました。ありがとうございます」

 料理を食べ終えた俺たちは調理器具を持って炊事棟でも話しながら片づけを行った。

「それにしても、よく俺と話そうと思いましたね」

 こんな、コミュ障オーラ全開の俺に、ここまで話すなんてこの人はコミュ力魔人だな、と俺は思う。

「? そうですか? 成仁さんも普通に話してたじゃないですか」

 言われてみればその通りだ。この人は俺みたいに関わらないで、話さないでオーラを出したりしないし、話しかけやすい雰囲気を持っている。

まぁ、俺が今後社会復帰していくためにはこういったコミュニケーション能力は必須になっていくだろうしありがたい。

「そうですね。なんていうか、桜沢さんはもしかしたらお仕事で慣れているからかもしれないですけど、結構コミュ障なんですよ、俺」

「え、そうなんですか。でもそんな感じ全然しませんでしたよー」

 接客業をしていると自然に身に着くものだろうか? でも、この人の自然体なスタンスは心地よい。

「なんとなくですけど、桜沢さんにはキャンプ以外の意味でも勉強させていただいた気がします。ありがとうございます」

「え、いえ私何もしてないんですけど」

「俺、ここ最近友人と話すまでコミュニケーションあまりしてなかったので、ほぼ初対面の人とこうやって話せたことがすごい新鮮なんです」

 話しててちょっと興奮してきた。

「本当にありがとうございます」

 そう言って礼をすると、桜沢さんはぶんぶんと手を振って恐縮する。

「とんでもないです! あの、成仁さんのお役に立てたのでしたらよかったです」

 なんか恥ずかしいな。目をそらして残りの食器を洗う。

 桜沢さんも残りの食器を洗って二人でテントに戻る。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 隣がこんなにいい人ならゆっくり休めそうだ。


 小鳥のさえずりで目が覚める、なんてことはなかったが、明るくなってきたころに目が覚めるあたりよく眠れたといえるだろう。スマホの時計を見ると七時を回っていたし。

「あ、おはようございます」

 テントを開けるとそこには桜沢さんがいて、すでに朝ごはんの用意をしていた。

「おはようございます。ゆっくり休めましたか?」

「はい、おかげさまで」

 桜沢さんはクッカーで何か作っている。

 俺はカップ麺を取り出し、お湯を沸かす。

「あ、カップ麺いいですよね。手軽に済ませれますし、キャンプで食べると美味しさもひとしおですし」

 桜沢さんはクッカーのバーナーを停めかき混ぜている。

「何を作ったんですか?」

「スープパスタです。材料はちょっと多いかもしれませんが、結構簡単で美味しいですよ」

少し見せてもらったがチーズがとろけていてとても美味しそうだ。この間見た雑誌にも載っていたが実物はもっとおいしそうだった。

「美味しそうですね。今度作る候補に入れたいと思います」

 お湯を沸かしてカップ麺に注ぐ。三分ただ待っていると寒いのでテントのフライシートだけでも外してついている水を払う。

 桜沢さんは熱そうにスープパスタを食べていて、ちらりと見るとこちらもおなかがすいてきた。

「それじゃあ俺も、いただきます」

 カップ麺は熱々でふーふーと覚ましながら食べるが、その雰囲気を客観的にイメージしても自分がやっていることはとても美味しい姿だな、と思った。

「ごちそうさまでした」

お互いに食べ終わるとあとは片付け。特に手間取ることもなく終えると車に積み込む。桜沢さんは、車がない。

「桜沢さんはどうやって帰るんですか?」

「私はここから徒歩で管理棟まで行って荷物を置いて、後から車で家に運んでますよ」

 家が絡んでいるからできることだが、

「管理棟まで運びましょうか?」

「いえいえ、そんなお世話になるわけには」

「いろいろ勉強させていただいたお礼です」

 自分でも大分積極的に言ったかな、と思ったがお礼ができるのは今しかない。

「じゃあ、すみません。よろしくお願いします」

桜沢さんは若干申し訳なさそうだったが、嬉しそうだったので言ってよかった。


「本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそいろいろお世話になりました」

お互いに礼を言い合ってお別れをする。

「また来シーズンいらしてください」

「そうですね。またご一緒出来たらうれしいです」

 こんな軽いこと言っちゃって大丈夫だろうか、ナンパなことしちゃってるかなぁと思ったが、桜沢さんはそんなことなさそうな笑顔で返してくれた。

「はい、こちらこそ!」

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