フラれて鬱になった俺が人に好かれるなんてありえない

草薙優

第1話 偶然の再会

『マキさん、彼氏いるんですよ?』

 まるで知らなかったの? とでも言いたげな印象を受けた。いや、印象というもの以上にその後の言葉が突き刺さる。

『だからやんわりとでも離れてたじゃないですかー』

全く気付かなかった。話はできてた、はず。

RPG系のゲームで、パーティを組むことの多かったメンバーでサークルを作った。初めてのオフ会で出会い、二年間想いを伝えることができずに溜め込んでいた気持ちを伝えたくて、デートに誘おうと思った。仕事も、デートやその後の付き合いのためにもっときつく、給料のいい現場へと転属を希望した。寝る間も惜しんだ。

『また次の恋に向けて頑張ってくださいねー』

そう言ってサークルの別メンバーがチャットを切る。

 こんな形で潰れるなんて。想いを告げることも、伝えたい、という気持ちも避けられていた。迷惑だったんだ。

自分がオフ会に参加するときにはあまり参加してなくて、いないときの出席率が高かったのも、きっと自分が嫌だったんだ。

 自分は、澤海成仁は年齢=彼女いない歴ではない。けど自分から好きになって付き合ったということは一切なかった。今まで付き合った人も長く続いたわけではない。中には遊ばれていた、なんてこともあった。

 だから今度こそは、そう思っていた二十代最後の夏。

 フラれた、だけでは済まなかった。自分がいることが迷惑、世の中にいてほしくないんだ。人から好かれることなんて一切無いんだ、そう思った。


 だから、いなくなろう。


 そばにあったケーブルを使い、首を絞める。自分の力じゃ緩めてしまうから家具に引っ掛ける。きつく首が絞まっていく。

 そう、これでいいんだ……


 気が付いて目を開ける。

 見えるのは真っ白な部屋。見覚えはなくても似たベッドの配置はよくある。

 ここは病院だ。

「なんで」

 涙が出てくる。とめどなく。

 少ししてノックがした。涙を止めたくてもなかなか止まらない。看護師が入ってきた。

「気がつかれたんですね」

 看護師が先生を呼ぶ。

 来た先生は精神科医の木原先生というらしい。髪の長い、妙齢の女性だ。

 そしてここにいるまでの経緯を教えてくれた。

俺は首を絞めてからまずは気を失ったのだが、始業時間になっても連絡なし、出勤もしてこなかった自分に対して不審に思った上司が、アパートを訪ねてきて俺を発見したらしい。俺はうっかり鍵をかけ忘れていたようだ。

 思い出したらまた涙が出てくる。

「もう少し休んでいていいよ。また今度話を聞かせてね」

 そう言って木原先生は看護師を連れて部屋から出て行った。

 体は動くが、動かしたくない。首だけ動かすとどうやらベッドは四つほどあるようだ。ほかにも患者はいるが、本を読んでいる。

 死にたい。そうは思うものの今の自分には何もできない。鍵をかけ忘れたこと、上司に発見されたこと、そして生きながらえてしまったこと。それらに対してがっかりしている。かといって声に出すようなことはしない。声として出てくるのは泣くときの喘ぎ声だけ。同室の患者は何か理解しているのかうるさいとも言わない。でも、心の中では思っているのだろう、そう思えてしまう。そうなるとまたいなくなってしまいたい欲望にかられる。感情があふれ出せばまた、涙が出てくる。泣きつかれれば数時間眠る。


 そんな日が二日ほど続いた日。診察室に通された。

「気分はどう? まだ死にたいとか思ってる?」

「はい……」

俺は俯きながら答える。この答えが医者にとってあまりほしくない答えなのはわかっている。でも、これが正直な気持ちなのだ。

「ここにはあなたのことを知ってる人はいないし、できればで構わないのだけど、どうしてこういうことをすることになったか、教えてもらえる?」

 俺は、ここが自分にとっていい意味で隔離された環境のような言葉に誘われ、これまでのことを説明した。

 とあるサークルから仲良くなったと思っていた相手、マキを二年間想い続けて、オフ会で会うたびに話しかけていた。マキが誰かと話そうとしているときにはそれを優先させよう、縛らないようにしようと思っていた。

マキには彼氏がいて自分から避けるようにしていたこと。それをほかのオフ会メンバーから言われたこと。自分に向けられた笑顔はきっと愛想笑いでしかなったんだ。

 せめて想いを伝えてフラれるならまだしも、他人からそんな風にしてフラれるのは辛くてたまらなかった。

食事に誘い、想いを伝えて、付き合えるようになった時のことを考えて今までも残業続きの仕事だったけど、さらに交代制できつい仕事に転属した。給料もその時に困らないように、そう考えて転属した直後のタイミングだったこと。

自分の存在が迷惑だったんだ。自分に会うのが嫌だったんだ。いなくなればいいと思われていたんだ。その思いを伝える。そこまで聞いていた先生は

「その相手は近くの人なの?」

「いえ、隣の県です」

「なら、滅多なことがなければ会うことはないから、オフ会に行ったり、会いに行かなければお互いの存在を迷惑にはしないよね?」

 確かにその通りだった。木原先生の言葉がすっと心に入った。自分の心境から、どんな言葉も大して響くことはないだろうと思っていた。

「とりあえず、今の状態ではしばらく仕事もできないと思うから休みましょう。心にも休息は必要だからね」

 そう言って木原先生は診断書を出してくれた。


 二か月の休職になった俺は、一度実家へ帰ることにした。した、というよりもしたほうがいいという木原先生からの提案だった。全てに対してやる気が起きず、食事もまともにしない。そんな状態ではよくなるものもよくならない。

 必要なものだけ持って実家に帰り、理由までは話さず、鬱になったということでしばらく休むことを伝えると、母は心配してくれていたが父は

「なんだ仕事やめたのか~?」

 と、ふざけられているかのような、からかっているかのような態度をとられた。昔から父は嫌みのようなことをよく口にしていた。昔は苛ついていたが、今の俺の状態では何も言う気もしなかった。無言で自室へと入って布団の中にもぐりこんだ。

 それから一週間、木原先生の言葉で和らいではいても食欲も睡眠欲もなく、ただただぼーっと天井を眺めていた。時折感情の波が来て泣いて、寝て。たまにトイレに起きるくらいだった。生活リズムもおかしくなって、夜中にシャワーを浴びたりもした。

 チャットをしていたグループからは自殺未遂する直前の死にたい、という言葉を残して放置していた。思い出してアカウントを消した。

 だが、ラインをしていたごく一部の友人からは心配する声が届いていた。俺は、そのメッセージに一週間以上気づくことがなかったわけだ。

 死んだと思われただろうか。恐る恐るメッセージを読むと、本気で心配している内容だった。マキとはラインを交換することすらできなかったから、ライン上に現れることもない。それは俺にとって幸いだった。

五人にも満たない友人だったが、そのメッセージはこれまでとは違う涙があふれてきて、返す言葉を考えるのにも涙を流しながらだった。

 事情を知った友人からは

『澤海さんは人から好かれる要素もってますよ』

 という言葉に、この少ない友人の本心があるのだと思えたが、自分はいつだっていい人で終わって、フラれていた。

『もっとよく見てくれる人がきっといるはずですよ』

 それは、自分ではないけどそういう人が現れる、ということだろう。それはわかる。わかるけれども恋愛要素で好かれる、見てくれる人なんていない、そう思えてならない。でも、返信には感謝を綴った。


相変わらず寝る日が続く中、嫌な夢を見ることがたまにあった。オフ会に行く夢。マキに会う夢。そうした日は起きる気も出ずにひたすら寝ていた。ネットで鬱、過ごし方などで検索をかけると、寝ていることは体も心も休めることだから必要なことである、と。だから俺はそんな日は寝るばかりだった。


 それから休職していた二か月が過ぎた。

 少しずつだが食事をするようになってきた。生活にもリズムが戻ってきた。だがそれはあくまで最低限のレベルだった。俺は一か月さらに休職をすることにした。

実家でやっていること、役目のようなものは一切ない。母から言わせれば生きていること、それが家での役目と言ってくれた。それでも、ただぐぅたら寝ているのはなんというか、居心地があまり良くなかったりする。父とは話さないようにしている。居心地がよくないところに嫌みなんて言われたくはない。

父は今まで父らしいことをやってこなかった。授業参観も来ず、運動会の応援にも父母会のために来た程度、家に給料を入れるだけで父との交流のような楽しい思い出などなかった。そんな父と今の状況で一緒にいるのは苦痛でしかなかった。

ある日の晩、夢を見た。嫌な夢ではなかった。十年前に専門学校にいたころ、俺のことを好きだったらしい女子と仲良くしていた夢だった。起きた時に十年前のことを思い出す。

好きだったということは卒業後に他の友人から聞いた話だったが、思い出すとそうだったかもしれないと思わされることがいくつか出てくる。

仲のいい男子からその子のことをどう思ってるか聞かれたり、練習の時になぜか積極的に絡んできたり。

卒業式直後に匿名のメールで、好きだというメールが届いた。メールはその相手と思われる人のメールアドレスを入れて、自分も好き、今は何とも言えない、興味がないなどの選択肢から選んで送って返すことになっていた。

あの時は四通もあったために、いたずらだと思ったりしたのだが。あの時まともに返していたら今、違う人生を歩んでいたかもしれない。当の相手に対しては友人として好きではいたが、恋愛対象としては全く見てはいなかった。

付き合おうとは思っていなかったが、今思うと裏表なく話せて、緊張もしなくて、よく笑ってくれて……すごくもったいないことをしたと思う。

「あー……」

 十年前に戻りてぇ。


そんなことを考えているうちに一か月が経とうとしていた。何もしていないだけでこんなにも月日が早く流れるなんて、昔は全く思わなかった。あの時から三か月が経つのか。

「どう? 復職できそう?」

 幾分顔色もよく見えたのだろう、木原先生は優しめに聞いてきた。でも医師としての判断として復職できるかどうかではなく、本人の意思を尊重しているようだった。

「仕事に対してのイメージがあまりできてないです。仕事しないと収入がないのはわかっているんですが」

 休職中については傷病手当金をもらっていたために、本当に収入が無くなるわけではないが、それも期間が決まっているため一時的なものでしかない。俺は収入がないのに電話代などの支払いが発生することの積み重ねで、追々お金が無くなることに対して恐怖というか、焦りを感じていた。

「休職してもいいんだからね」

「いえ、俺の職場では休職期間は最大三か月間なので、それを超えると一度退職しないといけないんです。でも、復職できないと収入が無くなっていくのが不安で」

 俺が何を言いたいのか、先生も理解してくれたようだ。

「でもね、きちんと治さないと違うきっかけでもまた鬱になったり、悪化する可能性もある。個人的な事情はあるかもしれないけど、医師としては一度退職して、肩の荷を一旦下したほうがいいのかなって私は思う」

 木原先生は患者に寄り添うというわけではないが、きちんと話を聞いてくれる先生だ。

死にたい死にたいって思っていた時に、気持ちを軽くしてくれた先生のいうことを聞いてもいいのかもしれない。

俺は、自分の体のことを全く考えていなかった。収入収入といっても、これでは何のために働いているのかわからなかった。木原先生の言ったとおり、もう少し心を癒してもいいのかもしれない。

「わかりました。退職、する方向で」

 退職という言葉にはやはり抵抗はあったが、何もしていない自分が少しでも変わるなら、いいのかもしれない。職場に戻ってもすぐに休んだやつ、と後ろ指をさされるだけだから。


 それから退職までは意外とあっさりしたものだった。診断書を持っていったら退職の書類を書いて、荷物を持ってはいさよなら。必要な書類や今後の傷病手当金についてのことを確認した程度だった。

 アパートも引き払った。引っ越しは数少ない友人に手伝ってもらい、残っている貯金から部屋のクリーニング代を払った。これで完全に実家へと帰ることになった。父にはまた嫌味を言われるかもしれないが、無視していくしかない。

 鬱になってからというもの、ゲームはしばらくやっていない。どんなゲームでもまだサークルとかのことがフラッシュバックする。そして、テレビもあまり見ない。ニュースはあまり楽しい話題を提供してくれない。まして自殺なんてワードが出てくれば、嫌なことを考えてしまう。

 俺は部屋で漫画を読んでいることが多くなった。まずは昔のもの。好きだった漫画を読み返して、当時の感情を取り戻すような、そんな感傷にふけったりしていた。

 だが、漫画も無限にあるわけではない。季節は秋に変わろうとしていた。長袖のシャツを着て外に出かける。田舎なので車は必須になる。

「漫画買いに行ってくる」

 あまり出かけないせいか、心配して母が気を遣ってくるが漫画を買うだけだから、と俺は車に乗って隣の市の本屋まで出かけた。隣の市まで行くのは、本屋が少ないことと、ドライブで気分転換したかったからだ。

 元々漫画は好きな中、仕事で時間がなかったから興味のあるジャンル、続刊を買っていなかったものまでいろいろ買ってみた。漫画だけで一万超えとか、あまりないだろう。絵柄で選んだものもあればテーマで選んだものもある。引きこもりの主人公なんてある意味自分自身じゃないか。


 家に帰って漫画を読み始める。まずは続刊を買ったものから。過去の本を読んでいたおかげであらすじは覚えている。

「これ意外と続くなぁ。二十巻くらいで終わると思っていたのに」

そんなことをつぶやきながらほかの本を読み始める。と、一冊読むのにあまり時間がかかっていないことに気づく。このままだだと漫画を買い漁り、漫画貧乏になってしまう。

この日はちょうど夕飯の時刻だったので区切りをつけた。一日に読む冊数を決めておかねばすぐに読み終わってしまう冊数だろう。

それから二、三日は続刊を読んでいたのだが、この日は新しい漫画を手に取った。新しいといっても一巻目であり、シリーズは大分続いているキャンプ漫画だ。

あらすじとしてはキャンプサークル内での恋愛を描いている。

 俺は一巻目の最後の展開にニヨニヨしていた。


「大人買い」

 そう言って五巻分ずつ、キャンプ漫画を購入し数日に分けて読んでいく。そのうちに俺の心というか、記憶に元々キャンプにも興味があったことを思い出した。ただ、獣とか爬虫類が苦手なだけで尻込みしていたんだ。現在出ている巻を全て読み終わるころには、そういった気持ちよりも実際にキャンプをしてみたい気持ちのほうが圧倒的に勝っていた。

 それから俺は、母と兄にはキャンプをしたいことを伝えた。何も興味を持てないような状態だったころに比べたら随分な進歩だったこともあり、母は快く承諾してくれた。兄は、

「そう言って自殺しに行くとかだったらやめろよな」

 と言っていたが、キャンプに行くことには反対しなかった。

 父親には、なんだかからかわれるような気がして、言わないでおく。一晩いなくてもそんなに気にしないだろうし。

 漫画を参考に通販でキャンプ用具を購入する。物置にあった災害用のランタンや寝袋もあったので、購入したのは三万程度で済んだ。通販を見ていると高いものが多い。自分が今後はまるかどうかもわからない中では、これくらいが無難だったのではないだろうか。

 それからキャンプ場を探す。自宅から近いところというのも大事だが、口コミや写真を見て安心できそうなところ、シャワーがついているところを探す。すると、フリーサイトで五百円。風呂は時間の制限はあるが管理棟内にある。トイレも改装されたばかりでこの値段はお得すぎだろ。星もよく見えるとのことで、一人でいろいろ考えるにはいいのかもしれないと思い、このサイトに決定した。


 実際キャンプ場に向かうと、道が細くグネグネと曲がりくねっていつ接触事故を起こすか不安でしょうがない。徐行を心がけて運転していく。途中で鹿とか出てくんなよ。

 森というか山を抜けると、『星空の森』と書かれた看板が目に入る。管理棟前の駐車場に車を停め、ログハウスのような管理棟に入る。

 中には売店もあって薪や非常食が見える。

「こんにちわー」

 挨拶のした方を向くと、そこにはかわいらしい女性が受付の中に立っていた。かわいらしいといっても十代後半から二十代前半といったところだろう。薄い茶色のきれいな髪をポニーテールにしている。化粧っ気は全然感じないのでおそらくはナチュラルメイクだろう。爪もきれいに切り揃えられている。誰から見ても好感の持てる感じで、おそらく看板娘なのだろう。

 ま、俺には縁のないような女性だな。

「すいません、今日フリーサイト空いてますか?」

「はい」

 管理棟に行く前に見た感じではそれなりにキャンパーさんがいたように見えたが、もっとスペースがあるのか? 受付の子はマップと管理用のカードを持って説明する。

「このカードは車のダッシュボードとかテントのわかりやすいところにおいてください。あ、くれぐれも無くさないようにお願いします」

「わかりました」

マップで現在地とサイトの説明を受けると俺は、フリーサイトに入る。

しまった。よく考えたら今日土曜日じゃん。混んでて当然だよな。親子、ペット連れも少なくない。とにかく少しでも離れたところに建てよう。

早めの時間に場所をとった人が多いのか、極端に隣と離れたところには場所をとれなかったが、車も止めていいので、それで大抵の人の目を避けることができる。

テントの設営から初心者のため、周りから下手だとか思って見られていないか不安になりながらも、案外スムーズに立てることができた。中にはシュラフとか中で読もうと思っている漫画、ランタンを入れておく。焚火台は肉が焼ける小さめのやつだ。ソロならこんなもんだろう、と思って購入したが、焚火という意味では心もとない。特に秋になってくれば夜は冷える。

 とりあえず管理棟内にあるお風呂に入ってくる。体の芯からあったまり、この風呂で二百円なら随分と安いものだ。風呂から上がった俺は管理棟内で必要なものがないか売店を眺める。非常食のカップ麺や薪は買ったのだが、あの焚火台にホームセンターで購入した薪は大きめだ。鉈を持ってきていない俺は細い薪が束で売っていたので、念のため二束買っておく。

管理棟から出るときに、大きめの車で来たグループとすれ違い、テントに戻っていく。体が温かいうちに焚火をつけなくては。


「燃料系の着火剤は合わないな。念のためウッドチップ買っておいてよかった」

 ウッドチップを使うとすぐに火が付いた。とはいえ焚火台は小さいので木の大きさにも細心の注意をしている。今回は初めてのキャンプということもあり、料理も簡単な焼肉にした。網が燃やしている薪ギリギリについている。

 まずは焼き肉のたれをシェラカップに入れる、そして金網に豚バラを乗せると油が垂れて火の勢いをよくする。すぐに裏返し、しっかり焼いてたれをつけ、口の中に入れる。美味い。

しばらく食事も家族が考えたバランス重視の食事だったために、このバランス無視な食べ方に楽しみしかなかった。次々と焼いていき、お次は焼き鳥とウインナーを置く。これは少し時間がかかるため飲み物を手に取る、

 と、近くのグループから一人の女性がやってきた。歳は俺と同じから下か。身長は一五〇あるかどうか、セミロングの髪に可愛い顔をしている。その上スタイルがいい。秋物のベストとストールを着ていてもなんとなくわかる。スタイルから年齢を想像するのは失礼だな、反省する。

「こんばんは、すみません」

 女性は俺に話しかけてきた。何か悪いことでもしていただろうか。焚火して、焼肉をしていただけだが、まさか煙いとかいうんじゃないだろうか。優しそうな表情からそんなこと言われたら流石にもうキャンプできなくなる。警戒と不安しかないが、とりあえず挨拶は返そう。そう漫画に描いてあった。

「こんばんは」

「いきなりで申し訳ないんですが、焚き付け用の薪を少しだけ分けてもらえませんか?」

 薪? 腕時計を見ると管理棟が閉まる六時を過ぎていた。

「私たち大き目の薪しか持ってきていなくて、なかなか薪に火がつかなくて……」

 尻すぼみがちな言葉が申し訳なさを出している。話しかけてきたわりに気は小さいのかもしれない。

「いいですよ。ウッドチップとかもあったほうがいいですよね?」

 特別いい人ぶるつもりはないが、理由もなく悪い人になる必要なんてない。俺はウッドチップと焚き付け用の薪をいくらか持って手渡す。

「ぁ……」

女性が口を開くと同時に女性をじっと見てしまった。失礼かもしれないが二度見してしまった。全体的なスタイルは変わっているし、髪も真っ黒だが、十年前のあの子に顔がよく似ている。ただそれだけで同一人物と断定するのはあまりにも軽率だろう。夢に引っ張られすぎ、馬鹿馬鹿しい。

「あ、ありがとうございます」

 女性は俺のように挙動不審になることもなく薪とウッドチップを受け取る。

「後でお礼しますね」

「いや、これくらいいいですよ」

 女性は大げさなくらい何度も礼をしてグループに戻っていった。

「あ」

 ウインナーと焼き鳥が焦げついていた。

 焦げ付いた肉で締めになるのもどうかと思いつつ、非常食のカップ麺に手を伸ばすのもどうかと思ったところで、また先ほどのグループから同じ女性がやってきた。

「さっきはありがとうございました。あの、これお礼に食べてください」

 女性が持ってきたのは美味しそうなリゾットだった。リゾットとか作る気にならない。なんか難しそう。

「いいんですか? こんなに美味しそうなもの」

「勿論です。喜んでいただけるならいいのですけど」

 リゾットを受け取っていただきます、と一口。チーズの甘さとトマトの酸味が舌を刺激して唾液を抽出させる。

「美味しいです」

 美味しいものは笑顔にさせる。見知らぬ人に緊張していたが、少し顔がほころんだ気がする。

「良かった、お口にあったようで本当に嬉しいです」

 俺が夕飯を食べていたのをわかってか、量はそんなに多くなかった。すぐに食べ終わったのがなんか勿体なく感じる。

「洗ってお返ししますね」

「あ、大丈夫ですよ、そんな、お礼ですし!」

お互いにカップを持って譲り合うような感じが距離を縮めてしまう。ふと、女性が力を緩める。

「あの!」

 女性がいきなり呼び掛けてきた。強引すぎたか。

「あ、ごめんなさい。強引に」

「いえ、あの、違うんです」

 女性が慌てて手をぶんぶん振って否定する。

「お名前うかがってもいいですか?」

 名前がカップとどう繋がるんだろう? 眉をひそめたのがあまり良くなかったのか、女性はひたすら謝る。

「ごめんなさいごめんなさい! あの、知っている人に似ていたので。無理にとは言わないです。ごめんなさい!」

 そういうことか。相手も俺の知っている人と似ている。名乗るくらいならいいか。いやがらせ受けたりしないよな。

「澤海成仁です。あの、そちらは?」

「はい!」

 女性は驚いたのと返事が同時に出たのかびくっとした。

「神崎恵……です」

 ……

 二人同時に黙ってしまった。まさか十年前の同級生に会うなんて。いや、いろいろ変わってるし別人かもしれない。

「成仁君、だよね?」

 やっぱりそうだったーーーーー!

「え、まじ?」

恵は大きく二度うなずく。

 人って十年経てばこんなに変わるもんなんだ。前はもうちょっとぽっちゃり気味だったんだけど、え、マジ? 本気?

「恵、こんなとこでどうしたの?」

 思わず見ればわかるだろって質問してしまった。でも恵は嫌な顔一つせず、むしろ笑顔で話してくれた。

「今、会社の仲間でキャンプに来てたの。グルキャンとか、あまり人数が多いのって気後れしちゃうんだけど、来てよかった」

 思わず俺と会えたことがうれしかったのかと思ったが、そんなの幻想だ。こんなに可愛い女性にそんな風に思われるなんてあるわけない。

「あー、えっと」

 なんて言ったらいいかわからず言葉に詰まっていると、向こうから恵を呼ぶ声が聞こえてきた。

「あ、成仁君、連絡先だけ交換していい?」

「あぁ、うん」

 なんだか勢いに押されてラインの交換をしてしまった。いいのだろうか。

 そしてそのままシェラカップを持って恵は行ってしまった。

「ほぁーーーー」

 恵を見送った後、小さく声を上げて天を仰いだ。すると、キャンプ場の名前にふさわしいくらいの星空が見えた。来てよかった、気がする。


 翌朝。

 キャンプに慣れていない俺は浅い眠りで、少し早めに起きた。朝ごはんは袋ラーメンに卵を乗せた程度。隣の、恵のいるグループは何作るんだろうな、と思いながらラーメンをすする。

 八時を過ぎるとテントを片付け、車に乗せる。恵のグループも片付け始めたところだ。俺が車に乗るとき、小さく手を振ってくれた。俺も手を振り返して帰路についた。

 ま、連絡なんて来ないだろ。


 来るはずないって。

 断言こそできなかったが、正直に言ってまさかのまさかだ。キャンプから帰ってきた夜には恵からのラインが届いた。驚きの半面嬉しかった。

『昨日はありがとう。あんまり話できなかったけど話せてうれしかったよ』

 可愛らしいスタンプが嬉しそうに飛んでいる。

『成仁君はよくキャンプするの?』

 続けて質問が来た。

『いや、今回が初めて。恵は?』

 スタンプを送るか考えたが、思いつかない。そうこうしているうちに返信が送られてくる。

『こっちは二回目だよ。私以外にも初めての人がいて、結構手間取っちゃった』

 まぁ、そういうことなら焚き付け用の薪買い忘れることもあるか。それにしてもうれしい偶然だった。十年前の同級生とはもう連絡も取っていなかった中で、仲の良かった人と話せた。

 話すことは療養にも良く、ずっとふさぎ込んでいる状態が続けば社会復帰も難しくなる。恵となら気兼ねなく話せていたし。直接話すことができれば一番いいのだが。

『成仁君は今どういう仕事してるの?』

 いきなり嫌なところ突かれた。ちょっと落ち込んでしまう。だが、隠したって仕方ない。俺は誰かと話したいんだ。

『少し前に辞めたんだ。今は何もしてない。恵は?』

『そうなんだ。私は通販のコールセンター』

 気疲れしそうな仕事してるなと思った。ただ、面と向かってしないだけマシか。面と向かってクレームとか対応してたらそれだけで体調崩しそう。

『成仁君、これからもキャンプするの? また今度話したいな』

 俺も話したい。でも、そんな素直な気持ちを言ってしまっていいのか? いやいやそこで変なプライド持っていいのかよ。ラインの返信に困ったらあれだ、スタンプで返そう。俺も、という感じのスタンプを送る。すぐに既読が付いた。

『都合悪い日とかない?』

 都合の悪い日、なんて病院に行く日くらいだなぁ。カレンダーを眺めると二週間後の通院日に丸をしてある。

『二十四日以外なら』

『じゃあ、今度の金曜土曜にキャンプしない?』

 いきなりだな。基本的に積極的な性格ではなかった気がするけど、まぁいいや。

『いいよ。恵は自分のキャンプ道具はそろってるの?』

 前回はグルキャンしてたから、何かしら共用で使っていたかもしれない。

『テントはないけど、すぐに買うから大丈夫だよー』

『あと、ご飯は任せてもらってもいい?』

テントは予想通りだったが、ご飯任せていいのかな? 俺も何かやったほうがいいんじゃないか?

『じゃあ食材買うときにお金出すよ』

『いいよ、割り勘で。その前にお昼付き合ってくれれば』

 なんだその程度でいいのか。欲のないやつ。OKのスタンプを送り、集合時間と場所を決める。キャンプ場は前回と同じだが、集合場所は街中のショッピングモールだ。


「お待たせ」

 恵は携帯アプリで遊んでいた。待っていたのか?

「大丈夫大丈夫」

 恵は薄手のタートルネックにジーンズ、マフラーを巻いている。昼間だからこれくらいでいいだろうが、何かアウターを持ってきているのだろうか。

「夕飯任せることにしたけど、お昼ご飯はどうする?」

 早めにキャンプ場に行くつもりだったので、今はお昼前。食べてから食材を買っていけばちょうどチェックインの時間になる。

「夕飯楽しみたいから軽めにしたいな。ファーストフードでもいい?」

「いいよ」

 学生時代はよく恵を含めて六人くらいでよく行ってたな。一人二人くらいメンツは変わるけど、ほとんど同じメンバーだった。殆ど同じ、の中には俺と恵が入る。そのあとにはカラオケ行ったりもしたっけ。

「フィレオフィッシュのセット、ドリンクはウーロン茶で」

「私はチーズバーガーのセット、ドリンクはウーロン茶をお願いします」

 二人でトレーを持ってテーブルに座る。

「昔はこのチェーン店よく使ってたよな」

「うん。ね、昔の友達と連絡とか取ってた?」

 俺は似合わないけどクラス委員をしていたから、全員と連絡が取れていたけど、専門学校を卒業してからは次第に連絡とらなくなってたっけ。

「今は全然。たぶん五年前くらいの細川が最後かな」

「どんな話してたの?」

「コミケいかね? とか、同窓会とかしたいなーとか? なんか今更感もあったし連絡先変わったやつもいたしな」

たわいない昔話をする。それでも話をする、ということがなんだかとても楽しく感じる。心が癒えていくのはこういう感じなんだろうか。

「成仁君、外見変わってないよね」

「外見にあまり気を使わない、というか最低限のことしかしてないからかな。髪のセットとか不器用だからなんかそれっぽくって感じでやっちゃう。理容室美容室の人のセンスや手先見てるといつも半端ねぇって思っちゃうよ」

 恵が口を抑えて笑う。

「そういう恵は外見変ったよな。髪も黒くしてるし」

 十年前はもっとぽっちゃりしていた、ということは言わない方がいいだろうな。毛先だけ茶色にしていた。どちらでも似合っているので気にしてないが、恵は気になったのか髪をなでる。

「うん。学校の時ダイエット始めてたのが続いて、体系結構変わっちゃった」

 言わなかったのに分かったのか、自分で意識してたんだろう。結構頑張ったんだろうなぁ。マジすげぇ。今じゃいろんな人から見られてるんじゃないか?

「髪は就職先でとりあえず最初は黒くしておこうと思ってたんだけど、なんかそのままずるずるって」

「あぁ、わかるなぁそういうの」

「あの、成仁君って」

ポテトをつまみながら話していたが、結構時間が経っている。

「あ、あんまり遅くなるといけないし、キャンプ場で話そう」

 なんかよくないところで切った気がするけど悪気はない。

「キャンプ場でなら時間気にせず話せるしな」

 まぁ静かにするべき時間は暗黙の了解であるものだが。

「うん」


 受付にはこの間とは違い、六、七十くらいの男性だった。別に残念なわけではないが、どうせなら若い子のほうがいいのは当然だ。

「フリーサイト、二人でお願いします」

「二人ね、はい」

 前回と同じように説明と管理カードをもらいサイトへと向かう。

「じゃ、テント張るか。恵のって新しいやつだよな。何かあったら手伝うよ」

「うん、ありがとう」

 まずは自分のテントを張ってからじゃないとな。最初こそ説明書を読みながらだったが、今回は違う。ポールを通してすぐに立てる。フックをかけ、フライシートもかぶせる。ペグも打ち終わってばっちりだ。恵は?

 なんとかポールを通したところだった。

「手伝うよ」

 そう言ってペグを打つ。なんかこれ、大き目だな。ちょっと離れてみる。あぁ、これツールームか。

「なんでツールーム?」

「雨降ったらいやだなぁって」

 なるほど。それは想定外だった。ご飯の時とか雨降ってしまったら避難させてもらうか。話するときもそのほうがいいよな。

 テントの設営も終わったので、とりあえずお茶にする。俺はコーヒーを、恵は紅茶を飲む。

「そういや、恵は専門学校の後すぐ就職したのか?」

「うーん、すぐっていうか最初はアルバイトだったんだけど、そのまま正社員に上がっちゃったって感じで」

 派遣とかしてた俺とは大違いだな。

「成仁君のほうは、どうだったの?」

 別に隠すことでもないか。

「最初はまた勉強したいと思ってバイトとか派遣とかやってたんだけどさ、なかなかお金たまんなくてさ、そのうちに就職しないとって、一ノ関の工場で六年位、かな」

「そうだったんだ。仕事大変だった?」

 俺が仕事辞めたことで気にしてるんじゃないだろうか。声のトーンを落として聞いてくる。

「まぁ、必要に駆られて残業はしてたよ。最後のほうは休憩時間に作業することも結構あったな」

 残業そのものが鬱に直結しているわけじゃないと思うが、少しくらいは関わってるかもしれない。自分には結構つらい現場だったからな。とはいえ鬱になったことまではちょっと今は話せないかな。再会したからといってもそんな簡単には話せない。

「暗いこと聞いちゃったね」

「あー、大丈夫だよ。もう辞めたわけだし」

「焚火の準備でも始めよっか」

 焚火台は前回使ったもので二人というのはさすがに寒いと思い、俺も新しいものを買ってきておいた。焚き付け用の薪にウッドチップをそばにつけて火を作る。

「しばらく様子を見て夕方になったら、交代でお風呂に入りに行こう」

「うん」

 それから焚火の様子を見ながらたわいない会話意を楽しんでいると、日が落ちてきた。

「恵、先に風呂入ってきていいぞ」

「そう? じゃあお先するね」

 その間、俺は思いだした。そういや恵と二人きりなんて学生時代込みでも初めてじゃんか。まさか恵が俺のこと好きだからこんなことになったなんてあるわけないよな? 

今なんて綺麗でかわいいんだ、彼氏の一人くらいいたっておかしくない。ん? 待て待てじゃあなんで俺なんかと一緒にキャンプ来てんだよって話。あ、薪追加しないと!

 悶えながら焚火の様子を見ていると、恵が戻ってきた。

「早かったな。ゆっくりでもよかったんだぞ?」

「ご飯の準備もあるし、成仁君も冷えてくるんじゃないかなって」

 相変わらず気にしてくれているところはありがたい。それじゃあお言葉に甘えて風呂に入ってくるか。

「じゃあ、夕飯のほう、ごめん。よろしくな」

「うん、ごゆっくり~」


 風呂は柚子を入れた香りのいいお湯で、恵もゆっくりしてればよかったのにと思わされる。テントに戻ると、もうあたりは暗くなってきていて、そろそろ懐中電灯が必要になりそうだった。

「おかえり」

 家族以外におかえり、と言ってもらえるなんてなくて、ちょっと気恥しい。

「ただいま。いい匂いするなぁ」

テーブルにはスチームロースト、エビのアヒージョ、ローストビーフが乗っていた。どれも美味しそうである。

「すごいな。恵は料理得意なんだ?」

「簡単なのだけだよ」

 スチームローストとか、何回キャンプやったとしても俺だけじゃ作らないような気がするんだけどなぁ。まぁいいや。

「成仁君、お酒飲む?」

「あぁ」

 恵はクーラーボックスからビールを二つ取り出す。見た目からは想像してなかったが、どうやら恵も飲むらしい。

「恵も飲むんだな」

「付き合い程度にかな。あ、ビールでよかった? 一応カクテルとかも買ってきたけど」

「最初はやっぱりビールかな」

 後に飲むとおいしさ半減なんだよなぁ。乾杯をしてスチームローストからいただく。うん、サーモンがうまい。勿論野菜も食べる。

「前の時もそうだったけどやっぱりおいしいよ」

 そう言うと、満面の笑みを向けてくれる。作ってよかったと思ってくれてるのかな。その後も俺たちはちょっと話をはさみながら残りの食事をする。


 一旦食器類を洗った後、再びお酒を飲む。

「付き合いって言ってた割には結構飲んでない?」

「ん? そうかなぁ。楽しいから大丈夫だよぉ」

 それは理屈になるのだろうか?

「それはともかく成仁君、質問があります!」

「なんだ?」

 なんか勢いがあるな。

「今日はその、付き合ってもらってよかったのかなって」

「え? 別に都合悪くないし」

「そうじゃなくて、その彼女とか……」

 あぁ、そんなことか。

「全っ然これっぽっちもいないから大丈夫だよ。悲しいくらいにな」

「そう、なんだね」

なんか一気に脱力した感じだな。

「逆に恵こそ彼氏いてもおかしくないじゃんか、どうして俺なんかとキャンプ行こうと思ったんだよ」

「なんかじゃないよ!」

酒のせいかテンションの上がり下がりが激しいな。ってかなんかじゃない?

「成仁君は昔からかっこよかったよ。優しくて、頼りになって、責任感もあって、話をしてれば楽しませてくれて」

 なんかそんなこと言われると恥ずかしい。ってか前に言われてた好きだったってマジ? いやないだろう? やっぱり俺なんかだし。

「買いかぶりすぎだろ。告白してもいい人どまりで、近づいても距離とられるような俺がさ」

「告白って? 学生時代?」

 なんで学生時代なんだ。あの時は一番そんな雰囲気なかったころだぞ。でも、恵がかっこよかったと言ってるのはそのころか。

「違うよ、最近のことだし」

 久しぶりの酒のせいか、眠くなってきたからか心のガードが緩くなってきて、鬱になったことを話してしまう。あー、泣けてきたよ。恵にも嫌われそうだ。

「それはきっと成仁君のこと、よくわかってないから。もっとちゃんと顔見て、沢山話してればいいとこわかるはずなのに!」

「もういいんだよ。俺のことそういう目で好きになってくれる人なんていないよ」

 もう何杯目かの焼酎を飲む。あぁ、眠い。グラスが落ちそうだ。

「だって私は成仁君のこと……」

 え? 眠くてよく聞こえない……恵顔赤いぞ?


 翌朝。

 頭が痛い。飲みすぎたらしい。テントから顔を出すと日が照らしつける。超まぶしいな、おい。

「あ、おはよう」

「おはよう。成仁君、昨日のこと覚えてる?」

 挨拶もそこそこに昨日のことを聞かれた。え、俺何かやらかした?

「途中まで覚えてるんだけど、何かやらかした?」

 恵は口を半開きにした後

「成仁君の朝食はカップ麺ね」

超不機嫌だった。

まぁ、実際にはちゃんとした朝食が出てきたわけだが。本当に何もやらかしてないだろうな、俺。

「寝袋まで自分で寝てくれてよかったよ。運ぶことになったらどうしようって感じだったんだから」

「悪かったって。この埋め合わせは後で必ずするからさ」

 手を合わせて拝む。恵も本気で嫌なわけではないのか、それとも腹に何か抱えているのか。

「じゃあ、またキャンプ行こう。あ、キャンプじゃなくても暇なときに話でもしよう? ご飯食べながら」

「それでいいのか?」

 キャンプは楽しいし、恵と話をするのは疲れない。楽しい。

「そんなことでいいなら予定入らなきゃいつでもいいよ」

「良かったー。じゃあそのときはまた連絡するけど、たまには成仁君からも連絡してね」

「あぁ」

 それからご飯を食べ、テントをたたむ。


 恵と解散してから、家に着くと恵にスタンプを送った。楽しかったよ、と。あ、俺から送った。なんか勘違いとかされそう。不安だ……

 スタンプはすぐに返ってきた。どんな時に使うかわからないがハートを持ったキャラクターだ。何ハートって。今までもらったことねーし。勘違いするじゃん。

「あー、恵から好かれたらいいのになぁ」

 そう言ってベッドにダイブする。

 俺は誰かから好かれているなんて、信じられない。

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