5話 俺たちの秘密兵器

王国歴216年 11月6日02時25分

アングレット要塞自治領 軍港


しばらく走ると木々で覆われていた視界が開け、停泊している軍艦群が目に入る。

4隻中2隻の煙突から黒煙が出ているようだ。


「ラース。あの2隻、もう出航できるみたいだな」


「あれは巡洋艦ヘイムダルと駆逐艦ディアナだな。そういえばあの二隻はこれから夜間哨戒の予定だったはず…運がいいな」


「俺たちの艦は大丈夫か?これから機関を始動したとしても出航できるまで半日はかかるぞ」


「ここからだとまだ見えないか……クルト!あの黒煙は!」


ラースが指さす方向を見ると、軍港の最奥にある仮設ドックから煙が立ち昇っていた。


「…ああ!あれは間違いなく俺達の艦のものだ!」


艦が動ける状態であることを確認できた喜びで、自然と走るペースが上がる。


「お、おいクルト!」


「ラース、ここからは本気で走るぞ!」


「マジかよ…正直もう体力的に限界……って人の話を聞けよ!」


それからしばらく走り続け、時折肩で息をし、横腹をおさえて走るラースの背中を押してやりながら

俺達は艦がある仮設ドックになんとか到着した。


「ふぅ…こんなに走ったのは士官学校以来だな。……大丈夫かラース?」


「はぁはぁ…もう無理。死ぬ」


「体力なさすぎだろ…」


「クルト先輩!ラース先輩!」


声がした方に視線を向けると、甲板の手摺から身を乗り出してアンナがこちらに手を振っている。


「もう時間がありません!急いでください!」


「了解!今そっちに向かう!」


俺は死にかけのラースを肩に担ぎ、タラップを駆け登り乗艦した。


「助かったよアンナ。皆待っててくれたのか」


「ええ。別にお二人の為ではありません。艦長の指示で待機していただけです……でも無事でよかった」


「はぁはぁ…そうか、艦長の指示か。…すまないが最後の言葉が聞こえなかった。もう一度言ってくれ」


「な、何でもないです!忘れて下さい!」


相変わらず肩で息をしていながらもちゃっかり聞いていたのか、

ラースの意地悪な問いかけに赤面しながら誤魔化すアンナに日常が垣間見え、

気がつけば心が幾分か落ち着きを取り戻していた。


「それよりアンナ、艦長は指揮所にいるのか?」


「そ、そうでした。お二人とも指揮所に来てください。艦長がお呼びです」



王国歴216年 11月6日02時38分

戦艦フィーア 指揮所内



「待っていたよ君たち」


指揮所に入った直後、くたびれた軍服を着た中年男性が頭を搔きながら気だるそうに俺たちを迎えた。


「こんな時でも相変わらずですね。オルリック艦長」


「アンナ准尉に叩き起こされてたばかりで寝不足なんだよ。まだ夜中の2時なのにね」


「非常事態なので当然です!。本来なら艦のボイラー室を寝床として無断使用してた件について詳しくお聞きしたいところですが」


「最近の夜は特に冷え込んでいるから艦長室よりボイラー室の方が寝心地がいいんだよ。結果的に夜間もボイラーに火を入れていたことが功を奏したね」


「…前々から言わせて頂いてますが、もっと艦長としてしっかり」


「と、ところで艦長!。これからどうするかは決まっているのですか?」


アンナの説教モードを察知したラースが慌てて艦長に助け船を出した。


「そ、そうだね。まずは一刻も早くこのアンホルトを出てから……ところで宿舎にローワン副長はいたかい?」


「はい、宿舎にはいましたが…攻めてきた陸軍部隊と鉢合わせて口論していたので恐らくは…」


「全く…実に彼らしいね」


オルリック艦長はため息交じりに言うと、指揮所の窓際まで行き、外を見ながら思案顔になる。


「……これ以上ここにいるのも危険か」


「艦長?」


「出航しよう。クルト少尉とラース少尉、アンナ准尉はここで準備を手伝ってくれ!」


そう言う艦長はどこか吹っ切れて決意したような表情をしており、いつもの覇気のない雰囲気はなくなっていた。

この人に従えばきっと…。


「「「了解!」」」


オルリック艦長は咳払いをして呼吸を整えると伝声管の蓋を開き、艦内放送を始める。


「艦長のオルリックだ。気づいている者もいると思うが、アングレット市街方面の爆発は陸軍のクーデターである可能性が高い。現在、陸軍は軍港にも攻めてきており、このドックに来るのも時間の問題だろう。この艦、フィーアは実験艦であると同時に王国海軍の機密兵器でもある。

決して陸軍の手に渡ってはならない。これより本艦は洋上への脱出を目指す。準備ができ次第直ちに出航する。各員の奮励努力を期待する。以上」


オルリック艦長の放送の直後、乗組員は出港準備に奔走した。

平時の演習ではいつも目標の準備時間を大幅に超えたり、錨を上げるのを忘れて艦を動かすなど海軍の中でも落ちこぼれの烙印を押されていた。

しかしこの時は艦長の激もあり、過去最短時間で出港準備を完了することが出来た。


「艦長、各員配置に就きました」


「よし、錨を上げ!両舷前進半速」


「両舷前進半速」


王国歴216年11月6日02時59分。戦艦フィーアはゆっくりと動き出し、アングレット沖を目指して出航した。

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