4話 さらば愛しの昼寝生活…
王国歴216年 11月6日02時00分
アングレット要塞自治領 軍港 海軍宿舎
中々寝付けず、気がつけば時計は夜中の2時を示していた。
辺りは静かで梟の鳴き声が町中に響く。
「流石に意識しすぎだろ…俺」
近衛の制服を着たミアに直接会ったのは今回が初めてだった。
昔は歳が1つしか変わらない世話焼きな幼馴染としか思っていなかったが、
また一段と綺麗になっていた幼馴染に動揺が隠せなくなっていた。
「…あの時ミアは何を言おうとしていたんだ」
布団を深くかぶって考えないようにしようとした瞬間。
部屋が突然爆発音とともに激しく揺れだした。
「!」
突然の事に驚き、俺はベットから飛び起きてカーテンを開けた。
外を見回すと市街地の一画が炎上し、深夜の暗い空を赤く染めていた。
「嘘だろ…」
事故か敵の攻撃か。
そんなことを考える前に、俺はただその非現実的な光景に目を奪われていた。
「クルト!」
少ししてラースが慌てた様子で俺の部屋に入ってきた。
「ラースか。人の部屋に入る時はノックをしろと」
「それどころじゃねぇ!。どうやら陸軍の奴らが暴れてるみたいだ」
「陸軍が?… 同じフェルゼルシア人同士で攻撃しあってるってことか?」
「この軍港にも完全武装した陸軍部隊が接近してきてる。軍港入り口で海軍の警備兵が応戦しているが、時間稼ぎにもならない」
「どうすれば…」
俺の脳裏に炎上した市街地とミアの顔がよぎる。
まさか近衛も標的に。
「くそ!」
「待てクルト!どこに行くつもりだ」
「ミアを助けに行く!」
「丸腰の俺達だけじゃどうにもならない。まずは落ち着け」
部屋を出ようとした俺をラースが腕を掴み引き留める。
「離してくれ!ミアは俺の!」
「落ち着けって!」
ラースは珍しく語気を強め、俺の腕をより強く掴んだ。
驚きと痛みで我に返った俺は自身の軽率な行動に気づかされた。
焦りのあまり自分どころかラースまで危険に晒すところだった。
「…すまん。ここにいてもしょうがない。俺達の艦に向かおう。艦には陸戦装備もある」
「ああ、それがいいだろう。それに近衛は精鋭揃いだからきっとミアさんも大丈夫だろ」
「…そうだな」
マグヌス団長もいることだし、ラースの言う通り近衛が簡単にやられることはないだろう。
王国一の精鋭部隊とも呼ばれている近衛は、武器の主流が剣や弓から銃または大砲に変わりつつある中、時代に流されず武術を極めることに主眼を置いた結果、独自の発展を遂げ、いつしか時代遅れの武器で近代兵器に対抗できると言われる程の化け物集団と化していた。
普段の様子からは考えられないが、当然近衛であるミアは俺より断然強い。
「それよりもピンチなのは俺達落ちこぼれ海軍だよ。参ったね。普段は見向きもされないのにこんな時だけ人気者だなんて」
「一応軍艦が脅威として認識されている訳だな」
俺とラースは部屋を出ると宿舎の裏口へ向かった。
道中廊下で酔いつぶれて寝ている士官や状況を全く把握できておらず喚き散らしている将校がいたが無視して先を急ぐ。
「こんなだから陸軍の奴らから海軍は無能とか掃き溜めとか言われるんだよな」
ラースが愚痴るのも無理はない。
帝国と小規模ながらも戦闘が起きている陸軍はともかく、
海軍はせいぜい民間の船を襲う海賊の討伐程度で未だに他国との戦闘は海軍設立以来経験がない。
他国の脅威を楽観的に捉え、日々権力闘争に明け暮れている海軍上層部も相まって
軍の規律は乱れきっていた。
「いい職場だろ」
「暇すぎて勤務中も昼寝が出来るしな」
「…それも平和があってこそだけどな」
ようやく裏口にたどり着き、周囲を警戒しながら扉を開け、外に出る。
「貴様らはなんだ!」
外に出た瞬間に突如怒声が響き、反射的に体が跳ねた。
見つかったのか…。
汗が頬を伝い、鼓動が早くなる。
閉じていた目を恐る恐る開け声の主を確認するが見当たらない。
「生意気な口をきくな!無能な海軍どもが!」
別の声で再び怒声が聞こえる。
どうやら宿舎の正面入り口で攻め込んできた陸軍部隊と海軍士官達が口論しているようであった。
「なあクルト。最初に聞こえた声って…」
「ああ、アラン大尉だな」
ローワン大尉は俺達が所属する艦で副長を務めている。
俺とラースは事あるごとに因縁をつけられ、説教や鉄拳制裁を受けており、天敵とも呼べる人物だ。
アンナもことあるごとにセクハラ紛いの発言をされて気がめいっているなど、正直いい噂は聞かない。
「無能だとぉ。なら貴様ら陸軍は帝国との戦いごっこでいい気になって無駄に弾薬を消費している税金泥棒だ!」
両者ヒートアップしている様子で陸軍部隊も正面入口から動いていないようだった。
「ラース、ここはローワン大尉に任せて先を急ごう」
「賛成。どうしようもない奴でも使い道はあるってことだな」
昨日までは鳥のさえずりを聞きながら勤務中に昼寝を満喫していたはずなのに。
たったの1日で日常が奪われた。
信じたくはなかったが、時おり聞こえる悲鳴と銃声が俺を現実へと引き戻す。
これが平和を当たり前のものだと思っていた奴への報いなのか…。
俺達は宿舎裏手の林に入り、軍艦が係留してある桟橋をめざした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます