3話 陸軍と近衛の確執は酒場の中で

王国歴216年 11月5日20時15分

アングレット要塞自治領 アングレット2番街酒場


 ミアが少尉から乱闘の知らせを聞く15分前、乱闘の発端は酒場で酔った陸軍兵と近衛団員のやり取りであった。


「いつからこの国は酒を飲んでる時でさえ国家元首の愚痴すら言えなくなったんだ。近衛さんよぉ」


「国王陛下を侮辱する発言は許さん。先程の発言を撤回しろ!」


「撤回する気などない。己が欲の為に国民を処刑している国王クリストフは紛うことなき暴君だろ」


「貴様、さらに国王陛下を愚弄するとは…表へ出ろ!この国賊が!」


「上等だ!この要塞都市で陸軍を敵に回す恐ろしさを教えてやるよ。近衛の坊ちゃん」


いつの間にか周りには近衛団員と陸軍兵が集まってきており、酒場は一触即発の空気が漂う。

近衛は帯刀している剣を、陸軍兵は平時に武器の携帯が許可されていない為、酒場にあるナイフや酒瓶を構える。

練度と武器に関しては近衛に分があるが、陸軍兵は騒ぎを聞きつけた仲間が酒場の外からも集まってきており数的有利の立場にあった。

これ以上長引くとさらに不利な状況になると悟った近衛団員が先手を打つべく切り込んだ。


「覚悟ぉ!」


上段から振り下ろされた剣は陸軍兵の首元へ直撃。


「キィィン」


する寸前で別の剣によって止められていた。


「これはどういうことですか?」


近衛団員と陸軍兵の間に割って入る人物。


「…ミア中尉」


近衛団員はバツが悪そうに顔を背け、ゆっくりと剣を収めた。


「助かっ…た」


陸軍兵は呆然とした表情で腰を抜かし、床に倒れた。

あと少し割って入るのが遅かったら死人が出ていたし、

後には引けない状況になっていただろう。

内心ミアは肝を冷やしていた。

一呼吸つき、近衛団員と陸軍兵の双方を見て、ミアは近衛団員に詰め寄る。


「あなたはろくに武器も持っていない人を斬り殺そうとしましたね」


「それは…奴が国王陛下を侮辱したからです」


「確かに国王陛下を侮辱されたことは陛下に仕える近衛にとって屈辱でしょう」


「そうです!だから奴に報いを」


「だからといって同じフェルゼルシアを守る者を殺す理由にはなりません!」


「……」


「私達は近衛や陸軍である前に祖国フェルゼルシアを愛し、護るという共通の志があるということを忘れてはいけませんよ」


「中尉…申し訳ございませんでした」


ミアの仲裁により、陸軍兵は野次馬も含めて各々酒場から出ていき、いつの間にか争いの雰囲気はなくなっていた。

それから少しして騒ぎを聞きつけたマグヌス騎士団長とカルステン将軍が現地に到着し事態は完全に収束した。


「ミア中尉ご苦労だった」


「マグヌス団長…」


「いやはや、アングレットに到着して2日程でこれとは、先が思いやられるな」


「団長、国王陛下は陸軍にあまり快く思われていないのでしょうか?」


「陛下は国を守る為、時には残酷な決断を強いられる。その決断で傷付いた者がいることも事実だ。特に陸軍は兵員自体が多いから必然的に快く思わない奴が多くいるのだろう」


「国を守る為…ね」


「何か言ったか?」


「いえ何も…。それより団長、私今晩クルトに付き合ってもらう予定だったのにこの騒ぎでパアになっちゃったんですよ。責任取ってください」


「いやしかし今回の件、俺は全然関係が無い…」


「…」


「分かった。分かったから笑顔で圧をかけてくるな。今度クルトと任地が被った時は1日休暇を与えてやる。それでいいか?」


「ありがとうございます!団長」


ミアは嬉しそうに手を後ろに組みながら帰途につく団長の後に付いていった。

時刻はもうすぐ午後9時。

歓楽街の活気は衰えず、そこにはまだいつもと変わらない光景が広がっていた。

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