OJT(お茶屋ジョブトレーニング)

 十二月二日。

 寒い夜、ベッドで布団にくるまりながらスマホをいじくっているとメールが入った。統一魔法協会からである。いつもの迷惑メールかと思い、危うく手癖で削除するところだった。

 本文には、

『明日の午後一時、都営新宿線の一之江駅にてお茶屋と合流し、任務を遂行してください。任務についての詳細はお茶屋から直接聞いてください。』

 と書かれていた。

「なんのこっちゃ」

 準備も何もしようがない。まぁ、お茶屋さんがいるから大丈夫だろう。

 とりあえず、俺は財布に小銭をたくさん入れ、煙草を二箱カバンに入れた。ステッキとシルクハットもあるが、私服には合わないので持って行かないことにした。その他にも何かネタに使えそうなものはないか探し手当たり次第にカバンに入れた。


 次の日、時間よりかなりはやめに一之江駅に到着した。地下鉄の改札を出て、階段を昇る。お茶屋さんとは駅近くのカメダ珈琲店の前で待ち合わせることになっていた。数分後、まだ十二時五十分だが、お茶屋さんがやってきた。

「お疲れ様です」

「はい、お疲れ様。改めまして、お茶屋です」

 お茶屋さんは、ミシュランマンみたいなダウンを着ていて、下はチノパンにスニーカー。休日のお父さんといった感じだ。ちなみに俺は頑丈そうなジャケットを羽織ってきた。ナイフを持った相手でも切りつけられるくらいなら耐えられる……と思う。刺されたりしたら貫通しそうだが。下は動きやすいズボンとスニーカーをはいている。もし何かあったときに逃げる必要があるからだ。

「はやいねぇ。時間を守るのはいいことだね。OJT担当としても助かる助かる。さて、手品師くんは任務が初めてということで今回は僕の補助担当みたいな立ち位置で動いてもらうよ」

「了解です……手品師って、俺のあだ名ですか?」

「そうそう、聞いてない? 手品魔法だから手品師」

 聞いてない。馬刺しよりはマシだからいいか。

「じゃあ、コーヒーでも飲みながら任務について話そうか」

 そう言いながら、お茶屋さんはカメダ珈琲店の入口から遠ざかっていく。

「あれ、カメダ珈琲飲むんじゃないんですか?」

「あぁ、目立つからここにしただけで、違う店にするよ。ここは人が多いし、今からいく店は人が少ない。聞かれたくない話をするにはいい店なんだ」

 なるほど、魔法の存在は秘匿されているので、普通に話すのはまずいし、真面目な顔で魔法の話をする大人二人の姿を見られるのは恥ずかしい。異論はない。


「いらっしゃいませ、二名様でしょうか?」

 駅から五分ほど歩いたところにあるチェーン店っぽいカフェに入った。俺たち以外に客はお婆さん一人しかいなかった。お婆さんとなるべく離れた場所に着席した。店内は広いため、会話を聞かれることはまずなさそうだった。

「ご注文はいかがなさいますか?」

「僕はブレンドコーヒーで」

「俺もブレンドコーヒーでお願いします」

 店員は離れていった。

「いくら平日っていっても、もう少し客入って良さそうなもんですけどね」

「うん、そうだね。まぁ、ここはいつもこんなもんだよ」

 そこまで駅から離れていないのに何故だろうか。「今日は雨じゃなくてよかったね」などと、どうでもいい話をすることニ、三分。コーヒーがやってきた。

「では、いただきます」

「いただきまーす。……って酸っぱ! なんじゃこりゃ」

 お酢でも飲んだかのように顔をしかめる。

「はっはっは。そうなんだよ、ここのコーヒーは酸味が強すぎてバランスがぶっ壊れてるんだよ」

 酸味が強いというレベルではない。酸味だけを抽出するためにありとあらゆる努力をしたのではなかろうか。

「もしかしてこれのせいで?」

「そう、カフェなのにコーヒーがまずいっていう致命的な部分があってね。客が少ない。ネットで口コミをみてもみんな同じこと言ってる」

 そりゃそうだろう。飲めないことはないし、俺はコーヒーに詳しくないから絶対とは言い切れないが、これは不味いといっていいと思う。とんでもない店に連れてきてくれたな……。お茶屋さんのくせにお茶にこだわりはないのか。

「さて、仕事の話だね。今回は、低級魔法使いによる事件――というかイタズラについて被疑者を確保、事情聴取をするというものだよ。既に情報部が調査済みの経緯などを説明すると――」

 第一報は近所の子供からだという。ある日、三人組の子供たちが交番へやってきて「猫がビニール袋になった」と言ったらしい。警察官はイタズラだと思って取り合わなかったそうな。

 しかし次の日、今度はサラリーマンが交番へやってきて同じように「猫がビニール袋になった」と言ったそうな。夜も遅かったので酔っ払いかとも思ったがそのような妙な通報が二日も続くとさすがに気味が悪くなり、報告を受けた警察官は上部へ情報を上げたらしい。

「警察の中には実は魔法協会と連携する部署があるんだよ。警察の中でも一部の上層部しか知らされていないけどね。そこ経由で調査依頼が来たってわけ」

 警察の管轄外、科学的に説明のつかないオカルティックな事件が起こるとこっちにパスされるらしい。

「で、その被疑者ってのはやっぱり魔法使いだったんですか?」

「おそらくね。うちの情報部も、その猫を目視したらしいけど、間違いなく猫だったらしい。そして、その後、ビニール袋になったとさ」

 お茶屋さんがカバンから写真を二枚出して机の上に置いた。

 一枚は白い猫が写っている。写真にしても猫に見えるらしい。どうみてもビニール袋には見えない。もう一枚の写真は眼鏡をかけた女性が写っていた。長めの黒髪に、就活生のようなスーツを着ている。働き始めて一、二年といった初々しさを感じる。

「この人が被疑者ですか? なんか大人しそうな人ですね」

「そうだね。だけど油断しちゃいけないよ。魔法使いの能力は未知数だ。僕だってお茶を出すだけだ。でも、人を殺そうと思えば殺せる」

 真剣な顔をしたお茶屋さんと目が合った。俺は喉が干上がっているのに気付いた。生唾を飲み込みながら、

「すみません……」

 と思わず謝ってしまった。

「わかってくれればいいよ」

 またいつもの穏やかな雰囲気に戻ったお茶屋さんにほっとしつつ話の続きを聞いた。


「で、この道を通るんですね」

 一通り打ち合わせを終えた後、店を出て、また十分ほど歩いてたどり着いたのはあまり人の通らない住宅街の裏道だった。

 情報部の調べでは、毎週午後三時頃に被疑者は買い物へ行くためにこの道を通るという。

 一本道になっているので、俺が待ち伏せして声をかけ、被疑者の後ろはお茶屋さんにふさいで貰って、挟みこむようにして確保することになった。

 電柱の陰でニ十分ほど待機していると、道の向こうから女性が現れた。

 さすがに休日はスーツではないが、髪型と眼鏡は変わっていないのですぐにわかった。俺は改めてカバンの中の煙草や小銭の位置を確認した。いや、今気づいたけど煙草とか小銭があってもどうしようもなくね?

 どちらにせよ、もう声をかけないといけないタイミングになってしまった。

「すみませーん。ちょっと道に迷っちゃったんで助けてほしいんですけどー」

 と出来るだけ穏やかに声をかけたのだが、そもそもこんな場所で男が女に声をかけるのはよくない。ナンパにしては場所が悪い。完全にストーカーのそれである。女性からはこちらをかなり警戒していることが伝わってきた。というかめちゃくちゃキョドってる。「えっえっえっ」とか言いながら髪と眼鏡と空中を触りまくってる。それを見てだんだん俺も慌てはじめる。頭が真っ白になり、口から勝手に言葉が出てるのであった。

「あ、ちょっと、大丈夫ですから、何もしませんから落ち着いてください! 怪しいもんじゃございません。いりゅ――あ、本名はやばいか。えっと、手品師といいます。って、何言ってんだ。いきなり手品師とか言われても意味わかりませんよね。あ、でしたらちょっとやってみましょうか? 手品」

 事前の打ち合わせではまったく想定していない流れだ。女性の後ろで見守っているお茶屋さんも困惑の表情を見せていた。大丈夫、俺はアドリブに強い男。

「えっえっえっ? 手品? はい。いや」

「ちゃらららららーん」

 困惑する女性と俺を置き去りにして、俺の口からは例のテーマソングが流れ始めた。バグか?

「ちょっとあなたなんなんですか!?」

「まぁまぁまぁ、まずはコインを使った手品をしてみましょうか。おや、コインがありませんね。そういう場合はどうするかというとですね……おえぇぇおろおろおろおろ」

 俺の口から大量のコインが吐き出される。道端に散らばり、けたたましい音を響かせるコイン。ジャックポッドだ。

「きゃー!」

 女性は完全に俺のことを敵と認識したようだ。女性は自分の持っているカバンから白い何かをいくつか取り出して、俺に向かって投げつけた。

 そして、次の瞬間、俺は猫に襲われていた。

「にゃー」「にゃー」「にゃにゃにゃ」

「痛っ!」

 顔が熱い! と思った直後、鋭い痛みに変わった。ひっかかれたらしい。

 腕で猫からの攻撃を防ぎながら見ると、女性はちょうど俺の横を走り抜けようとしていた。

「手品師! なにやってんの!」

 お茶屋さんもちょっと怒っている。お茶屋さんの横には緑色の球体が浮いていた。『お茶魔法』だ。

「待って!」

 俺はそう叫びながら女性に手を伸ばす。

 そして、二回指を鳴らした。

 パチン! パチン!

 すると、女性は何かにつまずいたようにバランスを崩し、

「うわぇひっ」

 変な声を出して派手にこけた。

 よし、成功だ。すぐさま女性に近づき、申し訳ないなと思いつつも肩をつかんで地面に押さえつけながら声をかけた。

「お願いです、動かないでください。本当にただお話を聞かせていただきたいだけなんです。ビニール袋と猫について」

「あっ…………はい」

 少しのあいだ抵抗を試みていた女性はその言葉を聞くと、力を抜いてうなだれた。

 お茶屋さんも近くにやってきた。俺に対して説明した時と同じように、お茶屋さんは彼女に魔法について説明をしていく。

「はぁ、魔法……。ふふ……残業のしすぎで私の頭がおかしくなったわけじゃなかったんですね。ふふ……ふふふ」

 なんか不憫な人みたいだった。三匹の猫は既にビニール袋になっていた。

 お茶屋さんは電話を取り出し、協会へ任務成功の報告をし始めたので、俺は彼女へ聞いた。

「お姉さんは、ビニール袋を猫にすることができるんですよね? ビニール袋限定ですか? あと、猫限定?」

「そう、です。ビニール袋以外ではだめで、大きなゴミ袋もだめでした。あと、猫以外に変化させようとしても途中で失敗します」

 そういいながら彼女はビニール袋に手をかざした。すると、ぐにぐにとビニール袋がうごめきはじめる。数秒の間を置いて、それは犬の形になった。……と思いきやすぐにグシャっと音をたててまたビニール袋に戻ってしまった。どうやら変化した状態をキープできるのは猫だけらしい。

「あの、わたしからも、質問しても?」

「はい、なんです?」

「これも魔法ってことです、か?」

 そういいながら、彼女は自分の足元を指さした。見ると、スニーカーの靴ひもが右足のひもと左足のひもが互いに繋がるように結ばれていた。やべ、忘れてた。

「あぁ、すみません! そうです。それは俺の魔法で結ばせてもらいました。こけたときに怪我しませんでした?」

「そう、ですか。あ、怪我はしてないのでダイジョブです。痛かったけど。ふふ」

 よかった。

 彼女に逃げられそうになった時、一回目に指を鳴らしたタイミングでまず彼女の靴ひもをほどいた。そして次に指を鳴らしたタイミングで右と左のひもを互いに結びつけて足の自由を奪わせてもらったのだ。

「手品師くんさぁ」

「うわ! あ、お疲れ様です。報告は終わったんですか? いやぁよかったですねぇうまくいって」

 すぐ後ろからいきなり、お茶屋さんが声をかけてきた。あの穏やかなお茶屋さんが少し怒っている。

「はぁ……まぁ及第点ということにしておこうか。とでも言うと思ったのかい?」

「え」

「なんだい、あれは。場をめちゃくちゃにして。口からコインを出す意味なんてまるでなかったよね? あとで報告書に反省点を書いてもらうからね」

「すみませぇん……」

 それはそうだろう。一発でクビになったりはしないらしくてよかった。よっぽど人材不足らしい。こんな俺でもやっていけるホワイト組織で本当によかった。

 次こそテンパらずにちゃんとやろう。

 もっと真面目な手品を考えておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マジック・マジック ~手品で世界が救えるか!~ 川野笹舟 @bamboo_l_boat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ