マジック・マジック

 三日後、河原で一人煙草を吸っていると、後ろから声をかけられた。

「井龍さん、今時間あります?」

 親分――の体を借りた馬刺しだった。

「あるよ。魔法の検証か?」

「そうっすね。場所わかりますよね?」

 顔パスで入れるらしいので、一人で向かうことになった。馬刺しは俺への依頼内容を伝えきった後、親分から意識を切り離して消えてしまった。

 親分は意識を取り戻したあと、しばしスペースキャットになっていたが、すぐに「またお前が変なことしたのか?」と言いたげに俺を睨んでいた。


 新百合ヶ丘駅で降り、ガラガラとうるさい音をたてるキャリーケースを引っ張りながら魔法協会の神奈川本部へ向かう。

 数日間かけて検証するため、着替えも持ってきた。さすがに毎日通うのはめんどくさい。滞在用の部屋があり、無料だと聞いたのでそこを利用することにした。


 神奈川本部の入口で守衛に挨拶をする。

「どうも、今日からお世話になる井龍ですが、中に入れてもらえますか?」

「あぁ、あんたか。入っていいよ」

 前に来た時にいた守衛と同じ人だ。すごくゆるいセキュリティだが大丈夫なのだろうか。この人も戦闘部所属で実は強かったりするのか?


 敷地の奥まで進んだところにある小学校のような白くて大きな建物に入る。

 入口のすぐそばに備え付けてある内線で訪問の理由を伝え、待つこと数分、若い女性がやってきた。

「魔法検証の担当になりました、鈴木です」


 それから数日にわたり、鈴木さん案内のもと、色々な検証やヒヤリングが行われた。

 煙草、コイン、紐を使った魔法トリックから始まり、アドバイスを受けながら試行錯誤した。その結果、今まで俺が使ったことのなかった魔法もいくつか発動できるようになり、少しずつ法則のようなものが見えてきた。

 これで俺の今後の人生が決まる! そう意気込んで全力で取り組んだ。


 そして、検証が全て終わった次の日の朝、鈴木さんから告げられた。

「井龍さんは低級ていきゅう魔法使いと判定されました」

「低級……児戯に等しいってことですか……。で、ですよねー。ははは」

 正直がっくりきたが、納得の結果だった。

 検証の合間に教えて貰ったのだが、魔法や魔法使いにも階級がある。

 魔法はすべてオリジナル魔法のようなものだ。よって、魔法使いの階級=魔法の階級といってもいい。そして、魔法使いには下から順に『低級』『高級』『災害級』『神級』という四つの階級がある。

 低級は、いたずらレベル、お遊びレベルの魔法。

 高級は、人々や環境にとって有益または有害な魔法。

 災害級は、制御しなければ災害レベルの被害が発生する魔法。

 神級は、国、あるいは世界単位で影響を与える魔法。神の所業。

 今までに出会った魔法使いでいうと、お茶屋さんと馬刺しが高級、河原で俺を襲ってきた奴が低級にあたる。俺は奴と一緒か……。

「そして、井龍さんの魔法は『手品魔法マジック・マジック』と命名されました。どうですか? けっ、結構カッコイイ名前ですよねー!」

「そっ、そうですね! ははっ! ははは……」

 鈴木さんに気を遣わせてしまった。顔が引きつっている。正直な人だ。

 名前の響きは確かにカッコイイかもしれないが、内容が微妙だ。

「ご存じの通り、井龍さんの魔法は、井龍さんが『これは手品の範囲だ』と考えている事であれば大抵のことが実現可能のようです」

 そう、非常に曖昧だ。

 例えば、煙草やコインのすり替えはテレビでマジシャンがやっているのを見たことがあり、なんならタネも知っているため、疑うことなく手品の範囲だと思える。そして実際、ほぼ間違いなく魔法として成功する。ただし、動揺している時は――例えば、河原で襲われた時のように――は失敗する。ある程度の集中力みたいなものが必要なのだろう。

 また、俺が明確にイメージできないものは手品っぽくても失敗した。人体切断マジックは何度かテレビでも見たことがあるが、タネを知らないし、失敗が怖くて成功イメージがどうしてもわかなかった。そのため何度試しても失敗した。

 そして、明らかに手品ではないものも成功しなかった。

 以前、ドキンちゃんのヤケドを治療したことがある。いつもと同じように指を鳴らすと何故かドキンちゃんの手にあったヤケドが俺の手に移動していた。そんな手品みたことがない。あの時はバタバタしていたこともあり、その場のノリでやってみたら成功してしまったが、改めて考えると成功した理由がわからない。

 ヤケドではないが、検証チームの中にケガをした人がいたので、その人から俺にケガを移動できるか試してみたがうんともすんともいわなかった。それについては、成功理由も失敗理由も謎のまま終わった。

「手品魔法は他に類をみないほど多種多様に渡る事象を引き起こせます。その点に鑑みて、検証チームからも『高級魔法使いとしていいのではないか』という意見があったみたいですが、やはり事象が周りに与える影響の程度を基準にすると……まだそこまで大きなことはできないので、低級ということになりました。ただ、仕事をしていく中で認められれば階級があがることもあるので頑張ってくださいね!」

 煙草を増やしたり、紐を結んだり解いたり……俺ができることなんてしょせんいたずらに使えるかどうかってレベルなのは自分が一番理解している。妥当な判断だろう。

「所属部署は、一旦、戦闘部になりました」

「えぇ! 俺、荒事はちょっと……」

「あぁ、もちろんいきなり危ないことなんてさせられないので安心してください。見習いという扱いで先輩方の手伝いをする中で、改めて適正をみていくという思惑があります」

 一番入りたくないと願っていた部署だ……。


 すっきりとしない結果ではあるが、何はともあれ決まってしまったものは仕方ない。

 これから、俺は低級の手品魔法使いとして歩んでいくことになったのであった。

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