おちんぎんが出るんですか?

 うだうだ考えているうちに、姐さんが奥の部屋から戻ってきた。

「緑茶とまんじゅうよ。どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 美味い。よくわからないが高そうな味がする。

 空回りして熱くなっていた脳みそがじんわりと緩んでいった。

「君は何も聞かないのね」

「へ? あぁ、この部屋のこととか、姐さんのことですか?」

「そう」

「聞いてもいいんです?」

「だめ」

 姐さんはいたずらっぽく笑いながらそういった。

 なんじゃそりゃ。

 俺は苦笑いしつつ、緑茶でまんじゅうを流し込んだ。

 緑茶といえば『お茶屋さん』だけど、このお茶は彼が出したものではないよな?

「さて、続きといきましょう。君、小説とか漫画とかゲーム好き?」

「いえ、あまり。ただ、まぁ一般常識程度にはたしなんでいますが」

「いわゆるフィクションの世界だと、数値化された魔力をいくつ使って、詠唱をすれば皆が同じ――例えばファイアボールのような魔法を使えるでしょう? でも、この現実世界の魔法は違う。酷く曖昧なの。魔力とやらがあるのかもわからないし、詠唱もない。発現する魔法も個人個人で全然違ったものになる。極論を言えば、魔法使いの数だけオリジナル魔法があるようなものね」

 なるほど、言われてみれば、俺が知っている魔法使いは、みんな体系だった法則に当てはまらないような変な魔法ばかり使う。

「だから、協会はデータベースを持っている。魔法使いの魔法を検証し、どのような魔法か定義し、情報を登録管理するってわけ。この後説明するけど、君の魔法も検証させてもらうことになるわね」

 俺の魔法は何と定義されるのだろう。転移? いや、俺はよく煙草やコインの転移をさせるが、実はそれだけではない。ドキンちゃんの靴ひもをほどいたことがある。字面にすると変態の所業だが、これも魔法だ。「手品といえば、紐がいつの間にか結ばれたりほどけたりするのを見たことがある」と思い試してみたところ、指を鳴らすだけで、自分やドキンちゃんの靴ひもをほどくことができた。結ぶこともできるのだが、ちょうちょ結びは複雑すぎるのか失敗し、代わりに一番簡単なひと結びは成功した。これは転移とは毛色が違う。

「検証した結果、魔法の種類や個人の特性に鑑みて所属部署が決まるの」

「薄々気付いていたんですが、もしかして魔法使いは協会への所属が強制されたりするんですか?」

「……察しが良くて助かるわ。半強制ね。そもそもの話をしないといけないのだけれど、まず協会が普段何をしているかというと、君が遭遇したような魔法事件を解決したり、君みたいな新しい魔法使いを保護したりして、魔法というものが表の世界に影響を与えないように管理調整しているのよ」

「え!? あいつも魔法使いだったんですか?」

 あいつ――河川敷で襲ってきた男を思いだす。

「えぇ、彼は『ライター魔法』の使い手で、監視対象だったの。ざっくりいうと、ライターさえあれば遠隔で火をつけられるってだけの魔法ね。ライターがないと発動しない。君のライターも勝手に火がついて消せなかったでしょ?」

 確かにあの時胸ポケットに入れていたライターから火が出て、しかも消えなかった。その後のナイフ襲撃が印象強くすっかり忘れていたが、普通に考えておかしい現象だった。

「協会が魔法使いの兆候ありと把握した時点で数件のボヤ騒ぎを起こした後だったわ。確保しようとした矢先、君が襲われちゃって。こちらの不手際で申し訳なかったわね……。で、話を戻すと、そういう魔法事件に一般人が巻き込まれないようにするためにも、魔法使いの居場所は細かく把握しておく必要があるの」

「協会所属人員の把握は簡単だけど、所属してもらわないと困るってことですか?」

「困るのもそうなんだけど、そういった人達のことを、協会としては魔法事件犯予備軍として監視することになるの」

「あぁ……」

 それはそうだ。魔法さえ使えば、普通の犯罪とは異なり準備不要で大規模な事件を簡単に起こすことができる。そんな人間が管理できない状態でふらふらしていたら――協会の活動内容に鑑みても監視せざるを得ないだろう。

「つまり協会に所属しない場合は、無条件に捕まえたりはしないけど監視対象となり立場が悪くなるってこですかね?」

「そういうこと。強制じゃあないけど、長いものには巻かれておいたほうが良いってことね」

 ふむ。面倒を避けられるなら所属してもいいかもしれない。

「所属した場合、何かやらないとだめな作業が発生するんですか? 『お茶屋さん』みたいに体張って暴漢を捕まえたりとか俺できないですよ?」

「作業というか仕事ね。仕事内容は様々だから、適材適所よ」

「仕事ってことは……」

「お賃金が出るわ」

「やりまぁす!」

 即答。

 才能を無駄遣いしてたら就職が決まった件について。

「ふふ、もう少し考えてもいいと思うけど歓迎するわ。ちなみに、お茶屋は戦闘部の人員だからああいう仕事をしているの。他には医療部や情報部、総務部なんてのもあるわ」

 戦闘部は魔法事件の荒事担当。最前線だ。

 医療部は魔法事件による被害者が出た場合のケア。

 情報部は魔法使いの検索、スカウト、魔法事件の火消し――情報統制などなど一番多忙な部署らしい。

 そして、事務や雑用全般を受け持つのが総務部だそうだ。

 お茶屋さんはあんなに優しそうなおじさんなのに荒事を専門としているのであった。馬刺しは情報部として便利にこき使われているらしい。姐さんは謎だ。


「ということで、だいたい説明は終わりよ。詳細はおいおい知っていけばいいわ」

 数日後に魔法の検証をするためにまたこの施設に来るように言われた。交通費も出してくれるらしい。

 姐さんの部屋から出てドアを閉めると、またあの音――過剰なほどのロック音――が壁を震わせた。

「結局姐さんとこの部屋が一番謎だったな。ん?」

 ぼやきながらふと廊下のかたすみに目をやると小さな籠が置いてあった。

 その中で馬刺し――ではなく、親分が寝ていた。

 待ちくたびれたのか、馬刺しの魔法の影響かは知らないが近づいても目を覚まさない。

 籠の中には、『疲れて寝ちゃったみたいです。親分によろしく言っといてください。by馬刺し』と書かれたメモ用紙と、ご丁寧に猫缶も添えてあった。

「『極上まぐろ』? 美味しそうだな」


 施設から出ると空は真赤にそまっていた。

 駅に向かい歩きながら馬刺しや姐さんとの会話を反芻する。

 色々と怖い気持ちもある。俺の存在が、魔法が、何かの役に立つとは思えなかった。しかし何の根拠もないが、彼らと一緒なら上手くやれそうな気もした。


 いつもの河川敷で二本煙草を吸い終わったころ、親分が目を覚ました。

 少し混乱しているようだったが、猫缶を献上すると大人しくなった。

「親分、俺、就職することになったよ」

「にゃああ」

 褒めてくれるでも、淋しがってくれるわけでもなく、いつもの親分だった。

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