ゲリラライブ

「親分、なんかいい仕事ありやせんか?」

「にゃあ」

「にゃあですか……」

 おさかな煉獄の店内に地獄を顕現させた数日後、俺は河原でぼーっとしていた。

 煙草は吸っていない。金がないからできるだけ我慢している。

 なんでもいいから金を稼がないといけないので親分に仕事を紹介してもらおうと思ったが、ダメらしい。

「ほら、駅向こうの空地でよく猫が集会してるじゃないっすか。あれにカチコミをかけてきやしょうか? あいつら最近調子乗って人間にすり寄ってやがる。あんなの猫の風上にもおけねぇ。いつもぼっち……ゲフンゲフンッ! ……いつも孤高な親分からすると目障りじゃありやせんか?」

「うー」

「すいやせん!」

 親分の機嫌が悪そうなので、ふざけるのは止めにしよう。

 しかし、今更真面目に働くのは気がのらないしなぁ。最近芽生えたこの意味不明な能力を使って金を稼げないだろうか?

 例えばカジノなんてどうだろうか。

 カードのすり替えを上手くやれば初手ローイヤルストレートフラッシュも可能なのでは? と思ったが、そもそも日本でカジノは違法だったはず。黒猫組――構成員は、親分が組長、鉄砲玉が俺、以上――はクリーンな組織だから、他の組織の怖いお兄さんとよろしくやるわけにはいかない。

 素直に手品師にでもなるか?

「親分、うちのシノギで手品はありですかい?」

「にゃあ」

「うっす」

 許可をいただけたのであとはやるだけだ。


 その日のうちにシルクハットとステッキを通販サイトのアマゾネスで注文し、それから数日間、俺は手品の練習をした。いくら魔法のように色々なことができるにしても見せ方や台詞は練習する必要がある。親分を観客に何度も失敗を積み重ね、ついに人前に立ってもいいかなと思えるようになったころ、ちょうど駅前にある小さなステージの予約を取ることができたので本番を決行することにした。


 十一月に入りさすがに肌寒くなってきたせいか、駅前の広場に人はまばらだ。

 最寄りの駅の前には、わりと大き目の広場がある。

 広場の一角には、小さなステージがある。たまに、アマチュアミュージシャンや大道芸人などがライブをしているので、俺も立ち止まって観たことがある。今回は、そのステージの使用許可を貰って、手品をお披露目することにした。

 ステージの近くには最近できたタピオカ屋がある。もう流行っていないだろうと思ったが、意外と行列ができていた。女子高生がいっぱいいる。楽しそうに談笑しているだけなのだろうが、俺――就活用のスーツを着て、大き目のシルクハットをかぶり、手には黒いステッキを持ったいかにも手品師でございといった格好――のことを嘲笑っているようにも見えた。

 くそぉ、帰りたい。帰ろうか? いや、せめてシルクハットとステッキの代金くらいは稼いで帰ると決意したはずだ。


 俺は一人でステージの真ん中にいる。無心で準備を進め、最後に、持ってきたPCをスピーカーにつないだ。

 よし、いくぞ。小声でそう呟いて、震える指でプレイボタンを押した。あっ、俺、今すごいキモイ顔してるわ。ちょっと待って、スマイルの練習させて!

 だが、無慈悲にも大音量で『オリーブの首飾り』が流れ始めた。

 ちゃらららららーん♪


 その後は酷いものだった。


 まず一発目のつかみとして、お得意の煙草を消したり出したりする手品をぶちかました。これは成功したのだが、そもそもステージでやるようなものではなかった。遠目には煙草が小さすぎて何をやっているのかよくわからなかったのだろう、全然うけなかった。

 次に、シルクハットから鳩を出すマジックをチョイスした。

 駅前広場には鳩がたくさんいるため、その中の一羽をシルクハット内に転移させて、あたかもそこから出てきたように見せかけるのだ。何度も練習していたおかげか無事に成功した。

 しかし、その鳩が暴走した。

 それはそうだろう、訓練もしていない鳩からすると、いきなり自分の見ている景色が変わるような状況に落ち着いていられるわけがない。

 俺のシルクハットから勢いよく飛び出した鳩は観客の中にいたド金髪のギャルっぽい女子高生に向かって一直線に突っ込んだ。

「きゃああ!! ちょっと、何すんだよ!」

 ド金髪のJKドキンちゃんはぶち切れて手に持っていたタピオカミルクティーを俺に向かってぶん投げた。

「ちょっ! 物を投げないでください! 投げるならおひねりでお願いします!」

 そう叫びながら俺はタピオカを避けたのだが、後ろにあったPCにぶち当たりミルクティーがぶちまけられた。

「あぁ! パソコン死んじゃう!」

 音楽も止まってしまい、もう手品どころではない。

「ちょっと意味わかんない、うちのタピオカどうしてくれんの? 弁償しろし」

 ドキンちゃんがそう言いながらこちらに詰め寄ってきた。

 タピオカ投げたのはお前だろうが、と思いつつも、ドキンちゃんの後ろにいる取り巻きみたいな男子高生が怖かったので、俺の口からは脊髄反射で謝罪の言葉が出ていた。

「ふひひ、すいやせん、今すぐ弁償しますんで」

 そういいながら、俺は中身をぶちまけて空になったタピオカミルクティーの容器を拾い上げ、指を鳴らした。

 パチン!

 途端に容器の底からものすごい勢いでタピオカの黒い玉がわき上がり始めた。

 ボロボロボロボロォォ!

「うえぇ!? 気持ち悪ぅ!」

「きゃあああぁ!!」

 近くにあるタピオカ屋さんからいい感じに拝借して容器を満たそうと考えたのだが、イメージ力が足りなかったのか、タピオカの玉だけがこちらに転移してしまったようだ。いかんせん転移元には大量のタピオカが存在するため止まらない。

 その後、観客が全員逃げまどう中、俺はひとり涙を流しながら大量のタピオカを産卵し続けた。


 その後、タピオカ屋さんにハチャメチャ怒られた。

 ステージの管理者からは出禁を言い渡された。


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