120話 同情と打算と

 そんなことを考えていると向かいに座っているレックスが冷めかけの湯を飲むのが見えた。

 元々鍛え上げた体だ、鶏がらのようになってはいないが顔色は大分悪い。頬もこけている気がする。

 髪が真っ白になっていても驚かないぐらいの憔悴だった。


 以前少しだけ聞いた話だと良好な家族仲だとは思えなかった。

 それでも親子としての情はあったということか。いやそれが当たり前なのか。俺には余りよくわからなかった。

 だから何を言っていいのかわからない。無責任に励ますことで逆に傷つけるかもしれない。

 十分か三十分か一時間かわからない時間を沈黙のまま過ごす。

 そうしているとレックスが言葉を発し始めた。

 

「……親父が、追い詰められてたのは知ってたんだ」

「レックス……」

「冒険者が減って、自警団への依頼が増えて、でも団員は減って仕事は回らなくなって……」

「それは……」

「俺がもっと、親父と話をしていたら、違ったかもって……」


 あんなことにはならなかったのかもしれない。そう消え入りそうな声で言われた。

 それが事実か、レックスが責められるべきかわからない。

 彼が関わって変わるものがあったのかなんて。


「自警団に関しては、別にレックスのせいじゃないと思うよ」


 だがレックスが自分を責めるのは絶対違うと思ったのでそう言った。

 街から冒険者が急激に減ったのは全員が魔族の罠に引っかかって監禁されていたからだ。

 自警団への依頼が増えたのはその影響。

 そして魔物討伐などの依頼をこなせないのは戦闘に秀でたトマスを軽んじて出ていかれたせい。

 ついでに団員教育をまともに行っていなかったからだろう。

 トマスに関してはキルケーが自分の手下にする為に悪巧みしていた影響もある。


 そしてそれに、もしかしたら自警団団長も関与していたかしれない。


 しかしこれは息子であるレックスにもまだ告げていない。

 キルケーも自警団団長も死んでしまったから確かめようがないのだ。

 トマス親子を悪く言っていた連中に尋問すれば情報は聞き出せるかもしれない。

 だがそれで団長の関与が認められる結果になったら、責められるのはレックスたち家族だろう。


 トマス親子やそしてアルヴァを暇潰しに罵っていた連中。

 そいつらが今度は自警団団長の家族を言葉でいたぶることを疑いはしない。

 だから、真実を暴くだけになるのなら俺はこのことを黙っていようと思った。

 少なくとも街の口の軽そうな連中には。そしてレックスたち遺族にもだ。


「確かに、自警団について相談されたって俺じゃ役に立たないもんな……もっとしっかりしていたら」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 特に今のレックスはこのように自分を責めやすい精神状態にある。

 だから追い詰めるようなことは絶対に言えない。

 そうだ、これからのことについて話そう。

 やるべきことがあれば彼の気落ちも軽くなるかもしれない。


 俺は水と変わらなくなった元お湯を一口飲んだ。


「なら、レックスが団長として自警団を立て直したらどうだ」

「……俺が?無理だろ」


 一瞬驚きに目を丸くしたレックスは暗い表情で俺の提案を否定する。

 完全に自信を喪失しているみたいだ。ここで出来るよと持ち上げても無理だと首を振るだけだろう。

 だが、自分しかいないと思わせれば話は別だ。


「でも団員でさえ逃げ出すような状況で団長になりたがる奴なんているのか?」

「それは……」

「先代で駄目になった自警団を息子のお前がリカバリーすれば……親父さんも救われるんじゃないか」


 ここで父親を持ち出すのは卑怯だなと我ながら思った。

 だがそれは卑怯な分だけ真っすぐな性根のレックスには響いたようだ。


「俺が立派な自警団長になれば……親父もあの世で満足してくれるかな」

「そうかもしれないな」


 前向きになってきたレックスとは裏腹に俺の心は暗く凪いでいる。

 子を思う親の気持ちなんて正直わからない。


「それに俺もレックスが新しい自警団団長になるのはいいことだと思うよ」


 これは心からの台詞だ。

 巨大スライム戦の時にいた自警団員たちが色々な意味で質が悪かったのもある。

 だがレックスは体格にも優れ人格も人懐っこく、そして戦いに関しても勇敢だ。

 自警団団員という役割にもきっちり責任感を持っている。

 そして何より、街で嫌われているこの俺『狂犬アルヴァ』に好意的でいてくれる。

 彼が自警団団長になれば俺もこの街に居やすくなる気がする。


「冒険者たちもレックスの頼みなら聞いてくれると思うし」


 俺はそう言って自分が持ってきたパンをちぎった。

 洞窟から脱出した後、アキツ村からローレルへ俺たちは帰った。

 

 その時に馬を使い街と村を行き来して馬車などを手配してくれたのはレックスが主体だったのだ。

 俺と一緒にアキツ村に行き、洞窟に入らずローレルに戻った彼は冒険者たちの帰還に大変尽力してくれた。


 自警団団長の息子という肩書と普段の団活動のお陰で彼には人望があった。

 だからこそアキツ村に大量の冒険者がいるということを街の住民に説明してすぐ信じて貰えたのだろう。

 お陰で思うよりも早く冒険者たちは街に帰宅できたし食糧や衣服なども用意して貰えたのだ。


 それと冒険者たちが洞窟から脱出する前に俺とレックスが村人たちを確認出来ていたこともよかった。

 もしそれがなければ冒険者たちが総出で村人を皆殺しにしたという疑いがかけられる可能性があったらしい。


 それを俺は後日旅立ちの準備をしたノアから聞かされることになる。


 

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