121話 無意識の嘘
「国からね、洞窟の調査に騎士団が派遣されてくるみたい~」
一応追われてる身だから、暫く街から離れるね。
そうあっさりと別れを告げる性別不詳の美剣士に俺は何も言えなかった。
狙ったのか偶然かはわからない。
彼が俺たちのアジトを訪れた日、在宅していたのは珍しく俺一人だった。
だからか旅支度のノアは遠慮なしに居間で寛ぎ持参したサンドイッチを食べ始める。
茶の準備をして戻ってくると俺の分がテーブルの上に置かれていたので有難く頂戴した。
「村の住人が全員消えちゃったからね。しかも洞窟には魔族が住み着いていたとかさ~」
「そしてその魔族が冒険者を攫っていたからな」
「騎士団もきっとビックリだよね~」
冒険者の集団誘拐事件に魔族が関与していたことは市町村単位で収束する事件では無かったらしい。
冷静に考えれば当然だ。
「人間を大量に攫って魔物にするっていうのは成功すれば危険過ぎるからな」
「それに献身の灰教団も関わっている可能性があるしね~ギルド長が失踪したことは知ってるよね?」
「そりゃあ、あれだけ騒ぎになっていれば……」
自警団団長が溺死してから間もなく街には更に事件が起こった。
ギルド長が失踪したのだ。彼は現在も行方不明のままで幸か不幸か死体も見つかっていない。
ギルド長は街を活動拠点にしていた冒険者たちが次々に消えたのにほぼ何も行動しなかった。
冒険者たちへの積極的な注意喚起や情報の聞き取りも行わず、国への報告もしなかった。
ギルドの職員の一部は個人判断で行っていたらしいが、それは良くも悪くも末端の独断だ。
だからギルド長は責任を問われた。
魔族による集団誘拐が判明したことで冒険者や住人達から無責任さを強く非難されたと聞く。
俺は自分の療養の他にレックスを見守ったり自分のパーティー内を気にかけたりでそれどころではなかった。
「無責任というか……実はギルド長の机にある鍵付き引き出しから教団信者限定グッズが出てきたらしくてね~」
「グッズって言い方軽すぎでは?」
「それでね~具体的に言えばこう魔物と人の骨を削って血で彩色して組み合わせた奴で……」
「すみません、グッズについて詳しくは聞きたくないです」
「ちなみに人間の材料は自分や家族のものを使うらしいから捕まらないんだって。足の小指とかかな~」
邪教の癖に小賢しいね。そう笑顔で言うノアが纏う空気は黒かった。
献身の灰教団のことが本当に嫌いなんだろうなと思う。
だが俺も胡散臭い上に血生臭そうなその組織を好きになる要素は今のところ無い。
どちらかと言えばノアのように嫌悪する可能性の方が高かった。
可能ならこれ以上関わり合いになりたくないものだが。
「しかもここの冒険者ギルドは半国営だから、国はアキツだけでなくこの街にも介入するだろうね~」
「それは別に構わないんですけど……あ」
「うん、私は構う。一応お尋ね者だからね~。……だから、君たちとも暫くお別れだ」
「……寂しくなるな」
「ふふ、気に入った人間に別れを惜しんでもらえるのはいつだって嬉しいものだね」
優しく微笑むノアはすぐ思い出したといって懐から何かを取り出した。
それは小さなお守り袋のようだった。
「これは……」
「危ない、最後まで渡し忘れるところだったよ~遅くなったけど、人魚の涙」
手渡され反射的に受け取る。そう言えば彼にそんなことを頼んでいた。
結局使うことはなかったが。
「大切なものだろうし、ノアには悪いけど早めにマルコに返しに行くよ」
本来の持ち主である少年の顔を思い出し呟く。
ノアはそれに賛成も反対もしなかった。
ただ一つだけ質問をしてきた。
「そうだ、洞窟で竜には会ったかな?」
「えっ、竜には……会わなかったかな」
彼の問いかけの理由も謎だったが自分がそれに嘘で答えた理由もわからない。
ただ、そうしなきゃいけないような気がして戸惑っている内に言葉が出ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます