119話 生と死と異世界

 おかしくなったのはアキツ村だけじゃない。

 ローレルの街でも緊急事態が起こっていた。

 

 魔族に捕らわれていた冒険者たちが一斉に帰ってきた。

 これだけが手放しで喜べる良ニュースだった。

 

 意外だったのは金級剣士のオーリックも生還できたということだった。

 だが以前通りの自信に溢れた彼ではない。

 寧ろ極端に卑屈になり口調もオドオドとしてまるで別人のようになったらしい。


「自信を完全に喪失した上で精神的に死亡した結果、人格が変わったのかもしれないわね」


 そう俺に報告してきたのは彼のパーティーの一員である女賢者エウレアだった。

 俺とクロノがオーリックに会うことを止めたのも彼女だ。

 エウレアは「お見舞い」という名目でこちらのアジトに訪れたが伝えたかったのはそのことらしい。

 俺はベッドの上でオーリックに会うのは避けて欲しいという要請を受け入れた。


「二人の名前を耳にするだけでオーリックは酷く怯えてしまうの」


 そう暗い顔で口にする女賢者の願いを断る理由はなかった。元々特に親しい訳でもない。

 洞窟から脱出した今特に苛立ちも感じない。

 以前のアルヴァにとってのオーリックは目の上から絶対どかないタンコブだったろうが、俺は違う。

 生きていたことをぼんやりと良かったと感じ、別人のようになったということをそうなんだで流す。


 ただクロノが知人殺しにならなかったのは内心ほっとしている。

 もしオーリックが助からず死んでしまったとしてもクロノを責めるつもりも、誰かに責めさせるつもりもなかったが。


 確かに俺は彼の自信を粉々に打ち砕いたかもしれないし、魔物になったオーリックを殺したのはクロノだ。

 でも此方に非はないと思う。エウレアからも特に謝罪を求める言葉は無かった。求められる理由もないけれど。

 しかしそれでも自分たちが彼にとって恐ろしい存在になっていると言われて憤る気にはなれなかった。

 

 オーリックは冒険者を辞めるらしい。そして故郷の街に帰るそうだ。

 その手配をしたのは彼の昔からの知り合いで実家とも繋がりがあるエウレアだった。

 彼女はオーリックを送り届けた後はこの街に戻って冒険者を続けるらしい。

 もう一人の仲間であるサリアという女アーチャーもだ。

 ただ黄金の獅子団は解散するという話だった。ワンマンリーダーがいなくなるのだ、仕方ない。


「当分は女性とだけ組んでやっていくつもり、だけど……」


 気持ちの整理がついたら貴男の団に入れて貰おうかしら。

 そう微笑む女賢者は美しかったが加入はミアンが嫌がる気がした。

 だがリップサービスの可能性が高いだろうと考え俺は「期待せず待ってるよ」と答えた。 


 そんな話をした翌日、ローレルの街で騒ぎが起きた。自警団団長が溺死しているのが発見されたのだ。

 俺はその人物と全く親しくない。けれど非常に驚いた。


 何故なら俺とクロノに食事をふるまい、アキツ村まで送り届けてくれた自警団の青年。

 レックスの父親がその自警団団長だからだ。


 


 ■■■■


 



 自警団団長ハイネスは、街の端にある森の奥で見つかった。

 正確には湖に浮かんでいるところを釣り人に発見されたのだ。


 そこは俺たちが巨大スライムを倒した場所で、街でも魔物が出ると危険視されていた。 

 だが街から近く大物の魚がそこそこ釣れるということで、一部の釣り人は変わらず穴場扱いしていたらしい。

 見つかったのは早朝だという話だ。

 ハイネスは前の晩から自宅に帰っていなかった。

 息子のレックスは自警団の寮暮らしでそれを知らず、妻と娘は酒場で過ごしていると考え先に寝たそうだ。

 実際酒場には行ったらしい。泥酔一歩手前の状態で店から出て行ったと女主人が発言したそうだ。

 遺体に外傷はないという話だった。

 つまり自警団団長は深酒の後に森の奥へ向かい湖に落ち溺れて死んだ。

 そういう結論になっているらしい。

 遺書はないので自殺かはわからない。

 ただ一人息子のレックスは自殺したと考えている。彼の落ち込み具合は胸が痛くなる程だった。


 歩けるようになってから、自警団の寮に俺は一人で訪れた。

 彼以外不在の寮はそれなりに広い分ガランとして寒々しかった。

 以前は鍋いっぱいのスープを作って豪快に笑っていたレックスは、やつれて湯を沸かす気力すら無さそうだった。

 なので慣れない台所だったが俺が湯を沸かして棚からマグカップを取り出し注いだ。

 茶葉の置き場所を聞き忘れたので不精したのだ。

 クロノが持たせてくれた総菜とパンもある。

 身内を急に亡くしたら料理する余裕や気力も失ってるかもしれないと準備してくれたのだ。

 自警団団長の妻と娘のことも多少気になるが、今は知り合いであるレックス優先である。 

  

「まあ、その……食えよ。食欲ないかもしれないけど」

「……ああ、そうだよな」


 客が家主に食事を勧めるという奇妙な光景。

 しかし重苦しい空気はそれが理由ではない。


 俺はパンの一つを手に取りモソモソと齧る。気まずいがレックスに上手い言葉をかけられない。

 家族や知り合いが急死した後の遺族への対応が思いつかないのだ。

 そういえば俺が死んだ後の親や弟はどうなったのだろう。というか俺の葬式は上げて貰えたのだろうか。

 彼らが俺の死を悲しむイメージはわかなかった。俺も郷愁じみた気持ちを感じることもない。

 というか女神エレナの発言を信じるなら死んだ直後から最低千年以上経っている。

 当時生きていた人たちは全員亡くなっている筈だ。


 恋人も出来ず、仕事に充実感も感じず、家族とも疎遠な人間で良かった。

 もし逆だったなら地獄だろう。ここは異世界のようなものだ。

 元の家に戻りたいと願っても戻れないし。家族に会いたいと思っても会えないのだから。


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