73話 消えた冒険者たち

 ノアと拠点で話し合ってから一時間後、俺は自警団のレックスと馬車の荷台に乗っていた。

 旅支度をして街から出ていこうとした所を入り口で彼に呼び止められ、事情を軽く話したのだ。

 アキツ村に行ったクロノに用事が出来た程度の内容だったが、丁度彼も同じ村に行く用事があるというので相乗りを提案された。

 今乗っている馬車を操っているのは町の商人だ。

 俺たちは彼が行商目的でアキツ村に行くのに便乗しているという形だった。


「しかし一時間ほど馬車で走ってるけどあの坊主全然見かけねぇな」


 レックスが前方をキョロキョロと見まわしながら言う。

 坊主というのはノアのことだ。

 彼はクロノを男性だと思っているがその誤解は訂正していない。


「アキツ村まではほぼ一本道なんだよな?」

「そうだぜ、だから少し前に歩きで行った相手に馬車で追いつけない筈がないんだが……」


 もしかして道に迷ってるんじゃないか。そうレックスに言われて不安になる。

 既に組織に攫われている可能性を考えれば胃の辺りがじわりと痛くなった。

 だが現状それを確認する方法はない。

 ここにノアが居れば二手に分かれる方法も取れたかもしれないが、彼は今トマスたちの安否を確かめに行っている。

 親子の行き先については自警団の寮で食事をご馳走になった際、レックスが教えてくれていたのだ。

 トマスたちはアキツ村とは反対方向にある、街からかなり離れた海沿いの小さな村で暫く暮らすという話だった。

 ノアは現在そちらへと向かっている筈だ。だから暫く力を借りることはできない。

 それに俺はクロノの健脚ぶりを知っている。

 彼女は元々俺たち全員の荷物持ちをしながら険しいダンジョンを歩き回って平気な顔をしていた。 

 それに加えてノアとの特訓で肉体強化の術も使えている筈だ。

 クロノがそれを使ってアキツ村まで全力で駆けて行ったなら馬車で追いつけないのも仕方ないと思えた。


「……とりあえずアキツ村まで行ってみるさ」


 俺の言葉にレックスはそうだなと頷いた。

 

「アキツ村までは殆ど見晴らしの良い道だ、疲れてへたり込んでたらすぐわかるだろ」


 見つけたら拾ってやればいい。自警団の青年の言葉に今度は俺が頷く。

 結論が出ても不安が完全に消えるわけではない。短い会話の後、暗く押し黙った俺にレックスが話しかけてくる。


「……なあ、もしかしてあんたたちもアキツ村から魔物討伐の依頼を受けてるのか」


 彼の質問に対し俺は逆に疑問を抱いた。


「俺たちも、ってことは他にも依頼を受けた冒険者がいるのか?」


 質問に質問で返す形になったがレックスは嫌な顔もせず答えてくれた。


「ああ、俺個人で確認できただけでもかなりの数の冒険者パーティーが今あの村にいる筈だぜ」

「……それは、妙だな」


 彼は人数の多さを強調して話したのだから恐らく異常なことなのだろう。

 そう判断して言葉を返すとレックスは心なしか不安そうな顔になった。 

 

「やっぱりそう思うよな。ここ最近街で冒険者をあまり見かけなくなったのが気になってよ。色々調べてたらわかったんだ」

「そういえばトマスも巨大スライム退治に冒険者を頼ろうとしたが居なかったって言ってたな」

「そうなんだよ、街を出たり入ったりするのが冒険者だがここまで見かけないのは異常だ」


 そのせいか魔物退治の依頼が自警団に持ち込まれることが増えた。レックスは深く溜息を吐いた。


「自警団も一応戦闘訓練はしているが、冒険者たち程じゃねぇ。そんな時に限って厄介な魔物が出てきやがる」

「厄介な魔物?」

「そうだ。腐った汚水で出来たスライムみたいなのが街中に出始めたんだ」


 人間を襲うことはないらしいが酷い悪臭を放つ為住人から退治要請が自警団へ来ていたらしい。 


「出たと言われて現場に行っても既にトンズラこいててよ。鼻が曲がりそうな臭いだけ残していきやがる」


 到着した自警団は匂い消しの手伝いをさせられて帰る日々だった。うんざりしたようにレックスは首の後ろを掻いた。


「早くどうにかしろってせっつかれて街中を見回ってたらあの化け物猪に出くわしたんだ」


 あの時は死ぬかと思ったぜ。そう疲れたように笑う青年を労わる言葉が上手く思いつかない。


「スライムだけでもうんざりだったが、あんな猪まで出始めたら今の自警団じゃお手上げよ」


 実際倒したのはあんたら腕利きの冒険者だしな。そう言われて俺は曖昧に頷いた。


「巨大スライムは自警団内すら存在が疑われていたが、火猪はきっちり街中で暴れてくれたからな。住人達も不安がっている」

「ちょっと待ってくれ、前から気になってたんだが巨大スライムの存在自体はマルコをけしかけた子供たちも知っている筈だぞ」


 俺の指摘にレックスは暫く沈黙した後、口を開いた。


「……そのガキどもの親が、自警団団長と懇意なんだよ」

「どういうことだ」

「お互い黙っていようってなったってことだ。スライムはただのスライム。ただ少し数が多かっただけ」


 自警団団長様は巨大スライムの存在を見逃していたことを住民に知られたくないらしい。

 他人事のようなレックスの言葉に俺は内心苛立つ。


「……そして馬鹿親は自分の子供が魔物のいる場所へマルコをけしかけたことを隠したいってわけか?」

「トマスさんが街に留まれば違った形になったかもしれないが……出ていったからな。残った奴らの都合のいい形にされたんだ」

「そりゃ出ていきたくもなるだろ、というか俺は巨大スライムを死にかけながら倒したんだぞ。目撃者どころじゃないんだが」

「団長はトマスが個人で謝礼を払うって報告を受けたらしい。だから自警団から謝礼は不要と判断したのかもな」

「いや、確かに期待はしてなかったが、巨大スライムの件を俺が街中で言いふらしたらどうするつもりだったんだ?」

「あんたは街の住人達にやたら評判が悪い。だからその場合ただのスライムを金目当てで巨大スライムと言いふらしてるだけだという噂を流せば……」

「街の人間はそれを信じるってわけか……」


 俺もトマスたちみたいにこの街を出ていきたくなった。

 半ば本気でそう愚痴るとレックスが慌てたように口を開いた。


「いや俺はあんたが悪評通りの人間じゃないと知ってるからな!それに自警団の評判だって……その内、同じくらい落ちぶれるさ」


 冒険者が街から居なくなった結果、街の住人から自警団への依頼が増えたが人員も実力も不足して上手く回っていないのだ。そう青年は倦み疲れた表情で告げる。

 苦肉の策で自警団からギルド経由で依頼を出したがそもそも引き受ける冒険者が居ないので無意味だった。

 彼の言葉に、引き受ける人間が出てこないのは人材不足のせいだけだろうかと書かれた安い報酬額を思い出した。


「このままじゃどん詰まりだし冒険者がいなくなった原因を調査しようと思ってな。とりあえずアキツ村に行こうってなったんだ」


 どうやらギルドを介さないで冒険者に魔物退治を依頼しているアキツ村の住人がいるらしい。

 レックスの言葉に俺は今現地にいるミアンたちのことを思い出した。

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