72話 血生臭いお伽噺

「絶望し復讐を求めた人間を魔物に変える……近い話は昔聞いたことがあるね~」


 ずっと御伽噺だと思っていたけれど。ノアは俺の説明に対しそう答えた。

 彼は色々な土地を旅している。心当たりがあるのは酒場で聞いた話らしい。


「魔族がどうこうというのは無いけど、ちょっと残酷な土地の民話的な~?」

「つまり、どういうことだ?」

「貴族に妹を虐め殺された使用人が巨大な狼に生まれ変わってその貴族と家族を全員食い殺したとか、そういう感じ~」

「確かに血生臭いな……」

「あとは盗賊に妻子を殺された男が真っ赤な猪になって盗賊たちを皆殺しにするとか~」


 成程。ノアの事前説明通り因果応報的な御伽噺だ。俺は赤い猪と聞いて火猪を連想した。


「それぞれ別の地域の酒場で聞いた話だけど、なんだか似てるよね~」

「確かに獣になって復讐を果たすという筋書きは同じだな」

「それだけじゃなくて~どっちにも獣になって敵討ちをしろと唆す人物が出てくるんだよ」


 俺は一瞬呼吸を止めた。ちょっと似ているどころじゃない。

 その人物の正体はどう考えても人間を魔物に変える魔族だろう。

 魔族本人でなくても絶対関係者だ。


「白髪の……老人だったかな~?復讐する為の力が欲しいかって聞いてきて、欲しいって言うと獣になる」

「獣じゃなく魔物だろう。真っ赤な猪とやらも多分火猪だ」

「あっ、そっか~返り血で赤いんだと思ってた~」


 歴戦の英雄にえへへと可愛らしく笑われても経験談ですかとしか思えない。

 

「猪は確かに猛獣かもしれないが、ただの猪なら盗賊たちを皆殺しには出来ないだろ。……多分」

「そこいら辺は完全に作り話だと思ってたからね~確かに魔物の方が信憑性はあるか」


 巨大な狼と真っ赤な猪。どちらも特徴からして普通の獣ではないし。 

 指をピースのような形にして水色の髪の剣士は言った。


「しかしそんな厄介な魔族が今も活動しているとはね。魔王とその配下たちは大昔に封印されたって聞いたけどな~?」

「そういえば封印って誰がしたんだ?」

「神様だね~魔王と魔族が強すぎて地上の生物が滅びそうだったから深い地底に閉じ込めたって私の国では言われていた」


 君のところでは少し違った話になっているのかな。

 そう不思議な色合いの瞳で見つめられ、俺は唾を飲み込んだ。

 つい気楽に聞いてしまったが、この世界の住人として知っていなければおかしいレベルの話だったか。

 神話や宗教関係の知識も頭に叩き込んだ方がいいかもしれない。

 ここは俺の小説を元に創られた世界だが、俺が考えていなかった部分を何者かが補完しているのだ。恐らく神と呼ばれる者達が。


「いや、子供の頃に聞いたことはあったと思うけど。詳しく覚えてなくて……」

「確かに神様なんて普段意識することもないか。信心深かったり教会や神殿勤めなら別だろうけど~」


 でも神託とか神聖魔法とかあるし確かに存在はするんだよね。

 ノアの言葉に俺は知の女神エレナの姿を思い浮かべた。女神は確かに存在する。

 しかし俺が具体的に知っている神は彼女だけだ。後はスキル取得の時にちょっかいを出してきたエレナの同僚神たちぐらいか。

 それと俺とクロノを使って特殊性癖を満たそうとしていた邪神、いや創造神。

 エレナの上司らしいが俺はその神の名前も知らないのだ。 

 しかしそれをノアに今聞くのは不味いだろう。創造神なのだ。

 全人類知っていて当たり前レベルの知名度も考えられる。これについては時間がある時に確認しておくことにした。

 アルヴァの中の知識をじっくり探れば出てくるかもしれないがそれも後で良い。

 パッと出てこないということは以前の彼もそこまで神に興味は無かったのだと思う。

 俺は話をトマス関連に戻すことにした。


「巨大スライムでマルコは死ななかったしトマスたちはこの街を出て行った。つまりトマスを絶望させ魔物にする作戦は失敗だ。……って感じで諦めてくれると思うか?」


 ノアは腕組みをして少し考え込む。


「わからない。君の考えが合っているとして教団とその魔族がどこまでトマスに執着しているかだと思うな~」

「執着……」

「そもそも何故彼を選んだのかも不思議だね~。この街は大勢の冒険者が拠点にしている。生贄に強さだけを求めるならトマスじゃなくても良い筈だよ」


 強い魔物になれる素体を選ぶなら元冒険者じゃなく若い現役冒険者を狙うべきだろう。

 冷静な表情でノアは続ける。 


「まあ私は旅人だから外すとして、この街でのお勧めなら君かクロノちゃんだろうね~」

「なっ」

「だってそうでしょ~。君は巨大スライムを倒して火猪に善戦。彼女は火猪を瞬殺だもの」


 しかもクロノちゃんはそのことが今や街中に知れ渡っている。そう続けられ俺は一気に不安になった。


「ならクロノを今一人にするのは不味いんじゃないか?その魔族や教団連中に襲われたら……」

「銀級程度の人間になら襲われても普通に返り討ちに出来ると思うけど、あの娘今一つ戦い慣れしてないからな~」


 人間相手に命のやり取りしたこと無さそうだし。淡々と告げられ自らの血の気が引くのが分かる。

 

「やばいな、今すぐクロノに合流しよう」

「え~?」

「あいつは今の段階でも十分強いし才能の塊だけど騙されやすいし隙だらけなんだ、そんな連中相手に一人で戦わせられない」


 俺はノアの返事も待たず、外出準備を始めた。

  

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