第15話 帰還、そしてビンタ
気づいたら街外れの森に俺は寝ていた。
台所で転んだのは夜だったが既に日は高く昇っている。
枕元にあった包みを開くと数冊の本と皮袋に入った大量の金貨たち。
「人を教え導くには知識が必要です」
その言葉とともにエレナが見繕ってくれた本たちだ。後で大事に読もう。
今はまず拠点に帰らなければいけない。俺は包みを持ち立ち上がる。木の上で鳥が鳴いた。
酔っていた時よりは異世界の景色に戸惑いはない。
アルヴァとして生活していた時の記憶が実は上手く思い出せない。
飲みながら知の女神にそう相談したところ、今は灰村タクミとしての記憶が前に出過ぎているだけと言われた。
アルヴァ・グレイブラッドとして暮らし続けていれば徐々に交じり合っていくだろうとも。
何故急に俺が灰村タクミの記憶を取り戻したかについては、わからないと言われた。
彼女たち女神が俺の魂を入手した時点で何を試みても反応がなかったとのことで不思議がっていた。
これは俺の考えだが、クロノ追放の時期が近くなったことで危機感を覚えて目覚めたのかもしれない。
あのままアルヴァとして振舞っていたら待っているのは破滅ルートなのだから。
惨めに死ぬのもその後魔王になるのも御免だ。
そんなことを考えながら歩いていると森を抜け街に入る。昼間だからか街はガヤガヤと賑やかだ。
肉を焼く匂いに腹が鳴った。神殿ではやたら美味い酒は飲んだが食事の類はしていない。
露天で串に刺さった肉を買う。金貨を一枚出したら釣りがないと嫌な顔をされる。
そういえば金貨一枚で一万円の価値だったか。千円に該当する銀貨を一枚出し、大銅貨を四枚釣りとして貰った。
初めてのお使いを終えて牛と羊の中間のような肉を路上で頬張る。不味くはないが醤油が欲しくなった。
固い肉を咀嚼しながら行き交う人々を見る。するとここでの生活の記憶がぼんやりと頭に戻ってくる気がした。
そして女子供に人気の菓子を売る店の場所を思い出した所で俺は串を屋台に返し歩き始める。
菓子店の中は当たり前かもしれないが女性客が多かった。陳列台には大量のクリームと果物が挟まったパンが並んでいる。
これがこの店で一番流行っている菓子らしい。
最初はクロノの分だけ買おうとし、その後女性陣の数に修正し、最終的にパーティー全員分にした。
早めに食べるように店員に言われたので真っ直ぐに帰宅する。
鷹が彫られた扉を開けると、すぐ目に入るソファーでは金髪ツインテールの少女が読書をしていた。魔術士のミアンだ。
彼女は俺を見るなり本をテーブルに落とし叫ぶ。
「あ、あ、あ、あんた、この馬鹿アルヴァ!よくもまあ一週間も連絡なしでほっつき歩いてたわね!!」
「一週間?!」
「なんであんたが驚いてるのよ!本当マジでいい加減にしなさいよ、その勝手な性格!つーか死ね!!」
あんたが個人で受けてたクエスト、あたしたちが代わりに引き受けたんだからね。そう恨みのこもった目で睨まれ反射的に謝る。
ミアンは俺の謝罪に「フン!」と鼻息で返した後、菓子が入っていた箱を持って家の奥へ消えていった。
お詫びの品と思われたのかもしれない。一人で全部食べると胸やけを起こすぞと言うべきか迷ったが沈黙することにした。
本当にミアンは気が強い。でも怒りの理由は納得できる。迷惑をかけた他のメンバーにも謝罪が必要だろう。
数時間程度の不在だと思っていたらまさか一週間も経過していたとは。
あの神殿と今いる場所は時間の流れも何もかもが違っていたのだろう。三日間滞在しなくて良かった。
しかしミアンを怒らせたのは不味い。彼女の衣裳部屋を一つ開けてクロノの個室にしようと思っていたのだ。
俺は新たに発生した悩みを抱えながら自室に荷物を置きに行った。
鍵はかかっていないのでそのまま扉を開く。
黒髪の少女が中で着替えをしていた。
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