第14話 クロノ育成計画
今まで愚痴る相手がいなかったらしく、エレナは堰を切ったように上司からの仕打ちを俺に訴え続けた。
話に聞く最高神とやらは部下に仕事を押し付けるのが得意な超ワンマンタイプのようだ。
決断は早いが、それは自分の意見が絶対と信じているから。そして面倒ごとは他人に丸投げするからだろう。
でも彼女たちが働く世界では高い地位を持ち厄介な部分もあるが概ね有能人物扱いされているらしい。まあ、現実と言うのはそういうものだ。厄介な部分を押し付けられてる人間はたまった者ではないだろう。
俺だってそういう上司に当たったことはある。もう鬼籍に入っているに違いないが。
エレナは真面目で潔癖でそしてどこか不器用さほ感じる。
だから上司である最高神に度々振り回され又便利に使われていたようだ。
そして現在は人類をひたすら見守る仕事をほぼ一人で行っているらしい。
『クロたんが追放されたら連絡頂戴、それまでは別にいいや』
長ったらしいプロローグには興味ないし。
この世界を創生した後、その台詞を最後に最高神は副官エレナの前から消えた。
そして今まで一度も顔を見せてないらしい。
「四百年間、一度もですよ?!」
いつのまにか床に座り手酌で飲み始めた知の女神はそう言いつつ酒瓶を床に置く。
そして俺にも飲んでくださいと言いながら酒が満ちた杯を手渡して来た。
断るのも気が引けて飲む。
透明な色から想像してなかったが女神の酒は柑橘類のような酸味と甘さを感じた。
「仕事ですから!人類を見守るのはいいんです!何百年だって!何千年だって!
……でも、いずれ魔王に滅ぼされる為の世界だって思いながら見守るのは辛かったですよ」
だからこの人間たちは生きた人形に過ぎないんだ。それ以上の価値も価値もないんだ。
そう思い込みながら働いていたら、本当にそう考えるようになってしまいました。
泣き笑いの表情ほ浮かべた直後エレナは酒杯を一気に飲み干した。
世界を作り直しましょうとあっさり言われた時は上位存在特有の残酷さを感じたが、実際は心が壊れかけていたのか。
「……貴方が、止めてくれて本当に良かった」
「俺は魔王になんて絶対ならないよ、だからそんな風に思い詰めなくていい」
「タクミ君……」
「それにクロノをパーティーから追放したりもしない」
だからセクハラとパワハラ気質な最高神にエレナが連絡を取る必要もない。
俺は口に出さず内心で語る。彼女が上司に対し嫌悪と怯えを感じているのは会話から理解していた。
正直、俺だって苦手なタイプだ。
俺を変態に仕立て上げ、人の作品を勝手に改竄しまくったことに文句を言いたい気持ちはある。
でも対面したら向うの良いように転がされる可能性がある。だから会わずに済む方が良い。
名ばかり最高神のままでいてくれ。そんなことを考えているとエレナがそっと目を伏せた。
「貴方が、灰村タクミとしての記憶を取り戻してくれて本当に良かったです」
「そのことに気づいて俺をここに呼んでくれたのはエレナが真面目に女神としての仕事をしていたからだよ」
俺は彼女の頑張りを褒めた。俺が昔誰かにそうされたかったように。
するとエレナは不器用に微笑んだ。俺は彼女の精神が安定したと判断し口を開く。
「俺はそろそろ元の世界に戻りたい。クロノとの関係を改善する必要があるし、何より彼女に償わなければいけないから」
記憶を取り戻す前、俺は悪役アルヴァとして既に本来の主人公であるクロノを奴隷のように扱っていた。
その行動は最高神の考えたような性的な意味はないけれど。傷はどの部位についても傷だろう。
何よりクロノが物語の序盤で酷い目に遭うのは俺が考えたあらすじどおりだ。
灰色の鷹団のリーダーのアルヴァ・グレイブラッドとして。
そして作者である灰村タクミとして俺は主役であるクロノに罪悪感を抱いていた。
軽はずみな考えで何年も酷い目に遭わせてしまった。その傷を消せるとは思えないが出来るだけのことはしてやりたい。
まず今の床で寝ているような状況は絶対改善する。それに食事や衣服もちゃんとしたものを与えなければ。
「……わかりました。こちらこそ長々と引き留めて申し訳ありません」
本当は貴方が灰村タクミの記憶を取り戻しているのか、確かめるだけだったのに。
名残惜しそうな瞳で知の女神は言う。
「それで、確認したいんだけれど最後に残ったスキル、クロノに譲渡することはできるかな」
悪趣味な最高神は俺よりもクロノに対して執着している気がする。
彼女が酷い目に遭うことを楽しみにしていることは間違いない。
もしもの時を考えて対抗できる手段を一つでも多くクロノに渡しておきたいと考えたのだ。
俺ではどれだけ鍛えても届かない高みへ到達できる彼、いや彼女にだけ使えるあのスキルを。
「スキル取得権限の譲渡ですか?……難しいと思いますが、なんとかしてみせます」
なので貴方はその時が来るまでクロノ・ナイトレイを可能な限り鍛えあげて下さい。
どんな最上級スキルでも取得できるレベルまで。
知の女神の言葉に俺は頷いた。
あの本に書かれていた『神殺し』というスキルを思い浮かべる。
物騒だが万が一の為の保険としては心強い。
きっとエレナも同じことを考えている。俺たちは無言で酒を飲み、唇を交わした後別れた。
愛や恋というよりも罪の共有と、思い出作りの為のような接吻だった。
俺たちは最高神の思い通りにはならない。
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