第16話 殴られる方がマシ(5/21加筆修正済み)
少年が幼馴染の美少女の着替えに鉢合わせる。少しの沈黙、そして盛大な罵倒と悲鳴の後にビンタ。
中学生の頃好きだった漫画のワンシーンが一瞬脳裏に浮かんだ。あれも男主人公の部屋での出来事だった。
勝手に他人の部屋を使っていた癖に殴るなんて理不尽だと感じつつヒロインの下着姿にドキドキした。
あの漫画本も確か母親に捨てられた筈だ。
「ごっ、ごめんなさい、アルヴァさん!」
「えっ」
「ごめんなさい!ボクなんかが勝手に部屋を使ってしまって!!」
許してください、そう必死に繰り返す少女を前に俺は固まる。
前言撤回。これなら助平野郎扱いで頬を張られた方がずっと良い。
下着姿のまま何度も頭を下げるクロノを前に俺は戸惑うばかりだった。
怯え赦しを乞う少女の体は傷だらけだった。まだ血が滲んでいる個所もある。
薄い胸に巻かれたサラシもボロボロだ。
まず服を着てくれと言うべきだろうか。
いやその前に傷の手当だろう。泥で汚れてもいるから風呂が先か。
俺が言うべきことを決めかねている間にクロノは行動し始める。
「本当にごめんなさい、部屋を片付けたらすぐ出ていきますから、っ」
少女はそう言いながら床に落ちていた上着を拾い上げようとする。小さく短い悲鳴が聞こえた。
凛々しさと繊細さを兼ね備えたその顔が痛みに歪むのを見て、やっと俺は口を開く。
「その、もしかして、手首を痛めているのか?」
「魔物の攻撃を、上手く楯で弾けなくて……でも、大丈夫。動きます」
そう言いながら彼女はぎこちない動きでシャツを羽織る。
あちらこちらが破れ血と泥で汚れた上着はクロノを余計に痛々しく見せた。
「……そんなボロボロの服、捨てていい」
「えっ」
「取り合えず今のところは、俺の着てないシャツをやるから」
「アルヴァさんの服を、ボクが……?」
「そうだ。大きすぎるなら自分で調整するか、古着屋に売って別の服を買ってくればいい」
俺はそう言いながら衣装棚の奥からシャツを何枚か選び、クロノに向けて数枚放り投げる。
気まぐれで買ったが柄や素材が気に入らなくて着ないまま長くしまい込んでいたものだ。
当たり前だが全部男物だ。安物で洒落たデザインでもない。
それでもクロノはきらきらとした目で俺のシャツを抱え込んだ。
「その、なんだ。着る前に体を洗って、それから傷の手当てをしてこい。服が汚れる」
「は、はい。わかりました」
風呂を使うことを咎められた俺の指示と言えばいい。そう言いながら切り傷と痣だらけの肌を観察する。
顔にはそこまで酷い傷は無いが腕が傷と痣だらけだ。まるでバットで何度も殴られた後、ナイフで襲われたかのように。
「腕の傷…結構深いのもあるな。」
「ボクに、戦いの才能が無いから…すみません」
そう傷を俺の視線から隠す様にしてクロノが俯く。しかし冒険中の彼女の役目は荷物持ちだ。
非力で魔法も使えない彼女に戦う力はない。だからこそ足手纏いや穀潰し扱いされているのだ。
戦闘中、常に邪魔にならないよう一定の距離を取っている彼女がこんな怪我なんてする筈がない。
俺はクロノの怪我について他の仲間たちから話を聞く必要があると思った。
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