第十一話 小包

 電車から降りると雨が降ってきた。

 モヤが立ち込める気分には丁度いい。雨が壁となり傘で個室ができあがる。雑音も雨音に掻き消され思考が洗われるように見やすくなる。


 玄関扉に何かぶら下がっていた。

 後輩からのお弁当だった。

 下で売っている海苔弁。まだ温かい。

「俺は大丈夫なのに」

 その上にリボンが巻かれた細長い箱が置かれている。

 セロファンの下にはラッピングペーパー、かなりしっかり包まれた中に黒いチューリップが添えられた手紙がある。

 差出人は後輩。

 外もさすがに冷えてきた。

 弁当とそれを持って部屋に入る。


 支度を済ませ、風呂にお湯を張る。

 洗濯もしたいところだが悩む時間だ。悩んだら止める。回しても部屋干ししかできないのだから溜めておくのが正解なのだろう。

 むろん、濡れた服は乾かしてから洗濯待ちのカゴへ入れる。これで少しは匂いが軽減される一人暮らしで培った技の一つ。

 お湯が溜まるまでの間に読もう。


 封筒の中から出てきた便箋は薔薇が散りばめられている。彼女らしい。

 内容は簡潔に言うと『一身上の都合で退職することと、今までのお礼』が綴られていた。

 優秀な後輩というだけでなく、初めての部下だったこともあり自然と泣けてしまう。

『お元気で』という文字の隣に7本の白薔薇でできた花束が描かれていた。

 自宅で良かった。

 こんな姿を誰かに見られる心配もないのだから。もしかしたらこれも彼女の気遣いかもしれない。


 振り向く弁当がなくなっている。

 台所に確かに置いたそれが跡形もなく、なくなっている。

 しかし、どういうわけか実体のない弁当の匂いが部屋に充満している。

 リビングから聞き覚えのある声がする。

『おい矛盾男。酒はないのか?』

 鼻水をすすり、武器をもって覗くとテーブルにしっかり座ってテレビを観ながら弁当をつつく元探偵がいた。

 二十歳超えていたのか、という驚きと、いつ入った? という疑問が頭を巡る。

 そうだ、通報すれば不法侵入とか窃盗で出ていってくれるのでは?

 今、警察に通報すれば捕まえてくれるだろうか?

「ずっと後ろにいた。声をかけても返事はないし、弁当持って『俺は大丈夫』っていうから貰っただけだ。変なこと考えずそのスマホで調べてみろ」

「何を?」

「その小包。どう見ても絵が手書きだ。小包のラッピングはするのに便箋を買わないのはおかしいだろう。それにその黒いチューリップはわざわざドライフラワーに加工されていると来たら……」


 なるほど。

 結果から話そう。

 黒いチューリップは『私を忘れて』

 1本のチューリップは『あなたは私の運命の人』

 7本の薔薇の花束は『ひそかな恋』

 そして白薔薇は『あなたに私はふさわしい』

「後輩は俺が好き……?」

「まだ薔薇はあるだろ」

 言われて見ると散りばめられたピンクの薔薇が33本ある。

 ピンクの薔薇は『可愛い人』

 33本の薔薇は『生まれ変わってもあなたを愛す』

 ……。

 厳重に包まれた封筒。それはまるで花束のようにラッピングされていた。

 7本と33本を合わせて40本の花束、恐る恐る検索する。

 40本の意味は『死ぬまで変わらぬ愛』


 プロポーズ!

「バカ」

 元探偵はそれだけいうと冷蔵庫から缶ビールを奪っていく。

 ふわりと頭によぎる想像。


 そして封筒の中から1枚の写真が出てきた。

 葉山さんの机上に飾られた満開のピンク色の薔薇を見て部長が驚いている写真。部長以外は写っていない完全な隠し撮り写真だった。

 俺は検索の手を止め、スマホを充電器に乗せた。

 これには意味がある。

 知りたくないと思った。

 この流れで出てくる部長のワンショットなど確実に嫌な流れ。




「帰れ元探偵」

 それだけ言ってベッドに潜り込んだ。

「ヘタレ」

 そう言って缶を傾ける元探偵に帰る素振りはなかった。だが、無理に追い出そうとも思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サボテンより 宿木 柊花 @ol4Sl4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ