第六話 回想

 俺は言われた通り思い出したことを並べる。



 いつも通り出社すると、この日は珍しく関原部長が先に出社していました。こういう場合部長は自分より遅く出社した者を始業前だとしてもひどく叱責するのですが、この日はありませんでした。

 たぶん葉山さん、俺の婚約者と話していたから。

 きっと話に夢中になって周りが見えなくなっていたのでしょう。

 葉山さんは日課の水やり途中らしく霧吹きを手に困り顔で笑っていました。

 と、なればここは婚約者である俺が助け船を出すべきでしょう?

 始業時間が近くなってきたという名目で悪名高い部長と葉山さんを引き離すことにしました。


 その時に部長がむりやり彼女を家に誘っている会話が耳に入りました。

『葉山、とうとううちのゲッカビジンが咲きそうなんだ。見たいと言っていただろう? 家に来ないか?』

『いえそんな』

『部長! 葉山さんを困らせないでください。また若い女の子を家に引きずり込む気ですか?』

『そんなことはしていない。歪んだ誤解はやめてほしいね』

 部長は薄い頭をひと撫でして自分の席へ戻りました。

 彼女も『ありがとう』と小さく言って自分の席へ戻ると、ちょっと個性的な植物たちに水を与えているようでした。彼女の机上には岩っぽかったり、脳っぽかったりする植物が多く並んでいます。


 始業の合図で今日の仕事を始めます。彼女も長い髪を結んで仕事モードです。髪留めは最近親しくなったリスっぽい後輩とお揃いらしいです。

 俺は外回りついでに得意先へ行かなければならなかったので、すぐに会社を出ました。


 外は暑く何社か回る途中で上着を脱ぐほどでした。

 得意先でトラブルがあり、就業時間までに会社に戻ることは不可能ということで直帰となりました。

 俺の家までの電車が停電で運転見合せになってしまいました。

 それでも一駅分だったのでちょっとした運動がてら歩いて帰ることにしました。

 それが部長の家のある駅です。


 人通りは少なくて歩いている人なんてほぼいませんでした。すると前から見覚えのある女性が走ってきました。

 マスクをしていましたが葉山さんであることは一目で分かりました。

 ストールです。

 温かいと言っても夜は冷えるので彼女はよくストールを巻いていました。

 俺が彼女の誕生日に海外で買ってきたストールなのでこっちではあまり見かけない物なんです。

 あまりの勢いに驚いてしまい彼女の後ろ姿を見送りました。服装も持ち物も彼女の物で間違いありませんでした。


 ただ彼女とすれ違う瞬間に手を出したのですが捕まらなかったんです。

 俺たちが付き合うきっかけはということでした。すれ違う瞬間や隣に並んだ瞬間などに手と手が触れあって笑いあったのが始まりでした。


 そのあとは彼女の表情や雰囲気から部長の家に行きました。

 もしかしたら部長の誘いが断りきれずに何かされたのではないかと、思ったからです。頭に血が昇っていたのでしょうね。


 あとはそのまま家に行き、部長を発見しました。


 ◇◇◇◇◇

 俺は話し終わり一息つく。

 元探偵は食べ終えた皿を袋に戻すと投げて寄越した。

「続けろ。包み隠さず話せ。何を見て何をのか、そして何をのか」

 中性的な顔についた目がまっすぐに見透かすように俺を見る。


 きっとこの人には全て視えている。


 ぐっしょりと濡れた手でからの容器を掴む。滑り落ちそうなのがバレないよう、慎重にしっかりと掴んだ。

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