第5話 依頼

 闇に潜む占い師もとい元探偵。

 彼女を犯人という疑いから救いたい俺。


 きっとここは藤さんに導かれてたどり着いた最後の砦。逃すわけにはいかない。


「占い師さん」

『ダメだ』

 冷静になってくれば声が四方八方から聞こえて来るのがわかる。そして声も少し電子的というか温もりを感じない。

 ようやく夜目も利いてきて見えたのは既視感のある殺風景な部屋だった。

 小さめの部屋の中央に机が一つ。カラカラという換気扇の回る音、高い場所にある窓は小さく格子がついているのがわかる。

 足元を流れる風は冷たい。

 そして人の気配というものが、ない。

「元探偵さんどこですか?」

『うるさい。近くにある机の上に置いて帰れ』

 確かに出入り口のすぐ横に中央のものよりも一回り以上小さい机が置かれている。確かドラマとかでノートパソコンを広げてカタカタやる席だ。

 仕方なく俺は机の上に買ってきたテイクアウトを乗せる。

 正確には机の上に乗せた。

「婚約者が捕まったんです。上司を殺した疑いをかけられているのでしょう」

『やめろ』

「でも俺は違うと思います。彼女は植物が好きで害虫であっても殺したりしないんです」

『やめろやめろ』

「俺がすれ違った時の彼女は人をあやめたような顔をしていませんでした」

『やめろやめろやめろ』

「お願いします。自首もできなかった俺でも彼女を守りたいんです!」

『……おいお前、矛盾は良くない』


 猫の威嚇する声のような朝の来訪を伝える音が響くと一気に色が飛び込んできた。

 数回まばたきしてようやく部屋に光が満ちたことを知る。

 突然の光に眼が痛い。

「矛盾男、さっさと飯を寄越せ」

 色付いた部屋はオフィスと見紛うほど広く、鮮やか。

 床は草原のようにみずみずしい緑、壁は下処理済みのたけのこを思わせる淡い黄色、天井は秋空の透き通る水色。

 その奥、モニターでモザイクがかかったようになって人が立っている。

『さっさと持ってこい』

 耳の奥が痺れる音量で飛び上がる。

 俺は急いで駆け寄ろうとして二歩目で転がった。顔面から着地したが、痛くはなかった。

 緑の床は柔らかかった。


 起き上がろうとしても足が動かない。

「早く」

 もがいても何をしても動けない。

「はやく」

 足がかのように。

 俺は元の場所に戻るようにしゃがむと

 分かってしまえば笑えてしまう。俺はただ強力な両面テープに接着されただけだった。

「お前もう少し頭の切れるやつかと思ったが違うようだな。警戒する価値もなかったか」

 鼻で笑われた。

 初対面の人を嘲笑うくせに全然モニターの向こうから出てこない。


「早く寄越せ」

 耳元で囁かれ飛び上がる。

 宙に舞う弁当をいつの間にか隣に立っていた男性が掴む。

「なるほど和風麻婆豆腐か。そうか確かに赤くないな」

 そういう思考回路か、呟いてその場で食べはじめた。

「おい矛盾男、話すなら今のうちだぞ。オレは暇ではない」

「矛盾男ではありません。鳥井です」

「そうか矛盾男手短に話せ。詳細、違和感も忘れるな」

 俺と同い年か年下に見える男性は中性的な顔を麻婆豆腐で膨らませる。全身を包む真っ黒なローブから出た白く細い手でまた一口掬いあげる。

 その姿は学生にも見えた。


 本当に信用できるのか怪しく思えてきた。

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