第4話 希望

 気づけば俺は藤さんを壁ドンしていた。

 警察署のコンクリート丸出しの壁は冷たく、俺の両腕に挟まれた藤さんは小さく両手を上げている。

「鳥井さん落ち着いて」

「すみません。でも彼女、葉山さんが捕まったと聞きました! きっと間違いです彼女に会わせてください」

「単刀直入に言うと、彼女には会わせられません。今は一応正規ルートで話を聞いているので今日許可できるのは弁護士だけだね。あと……恥ずかしいから離してくれる?」

 おじさん壁ドン初めて、などと笑いながら藤さんは疲れきったスーツを直した。

 初めて会ったときから思っていたが、靴もスーツの裾もかなり汚れている。よく見れば髪は毛束、目元にはクマ、顎には剃り残しがある。シャツのシワはもう折り目とすら言える。

 巡査部長といっても現場の人間なんだと思うと出世とは? と考えずにはいられない。

「すみません」

「大丈夫大丈夫。こっちも貴重な体験できたからね、結構ドキドキしちゃうものだね。だけど突然壁ドンすると場合によっては暴行罪になっちゃうから、気を付けてね」

 最後の方、目が笑っていなかった。

 気を付けよう。

 どうも俺は昔から激昂すると周りが見えなくなってしまう。常に冷静、を心掛けてはいるのだが上手くいかない。

「でも彼女は」

「鳥井さんの言いたいことはわかるけど、今は少しでも情報がほしい。こっちも真剣なんだ。おつかい頼める?」




 おつかいの内容はある占い師にテイクアウトを届けること。金額はワンコイン以内お釣りは駄賃、そして赤くないこと。

 そして渡された地図を頼りにやって来た。

 蔦で覆われたビル。

 地下に続く階段に小さな看板があった。

 階下から話し声が聞こえてきた。

『ありがとうございました』

 女性の声。

『ではお帰りください』

 気だるげな男性の声。

『おかげで奪われた貯金が帰ってきて本当にありがとうございます』

『それは良かった。さぁお帰りください』

『依頼して良かったです』

『そうですか。お帰りください』

『友達にも勧めますね』

『おやめください。早急にお帰りください』

『ではまた何かあったらお願いします』

『遠慮させていただきます。帰れ』

 カンカンと階段を登ってくる音がして思わず隠れてしまった。

 女性はタイトなワンピースにピンヒールと派手な金持ちな印象だった。

 女性が小さくなるまで見送ってそっと階段を降りて行く。

 ひんやりとした空気が脚を撫でる。

 鉄の扉の中央に小さく店名が書かれているが、かすれて読めない。

 ドアノブに手をかけた瞬間を見計らったかのように声が飛んでくる。

『おい、ちゃんと赤くないだろうな』

「もちろんです」

『入れとっとと入れ。そして出ていけ』

 ドアは思いのほか重く。部屋の中は異常なほどに暗い。

「そこに置いて帰れ」

「はじめまして鳥井です。藤さんからお届けです」

「藤からかそうか、なら即刻帰れ。どうせまた事件の持ち込みだろう? 絶対嫌だね藤関連は面倒事が多い。僕は探偵なんかやめてただの占い師になったんだから」

 きっとこの闇の中に俺の光がいる。これは逃せない。

「お願いがあります」

「嫌だ」


 よし決めた。

 俺はこの光を絶対に捕まえる。

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