第3話 実行
少しして巡査部長と呼ばれる人が現れ、使っていないという部屋に案内された。
とても殺風景だった。
「えーと巡査部長の
藤さんは頭をポリポリと掻くとあくびを噛み殺し、大きく息を吐いた。五十歳に手が届きそうにすら見える。
ものすごく『面倒臭い』が滲み出ている。
これはむしろ当たりなのでは? と内心ガッツポーズが出る。これだけ怠けたような人なら彼女に疑いは及ばないかもしれない。そもそもこれからの話を
「部長を殺したのは俺かもしれません」
俺が殺しました。そう言うつもりだったのに。これでは疑いの余地を与えてしまう。
「あーそうですか。お! 見覚えがあると思えば昨日の第一発見者さんですね。ご足労いただきありがとうございます。」
いえいえ、反射的に言ってしまう。
フレンドリーなのか距離感が掴めないというか、鰻のように掴めない男だ。
「では今日は調書というよりは自首の方でお話を聞きましょうかな」
ズイッと見慣れた事務机に身を乗り出してきて俺は慌てて身を引く。
事務机が二つ合わさっていたとしても、それほど乗り出されたら額の危機を感じてしまう。この歳でデコにタンコブは嫌だ。
「一応決まりなんで、えー『あなたには黙秘権がありますので自身に不利になることなどは無理に言わなくて構いません』どうだ言ったぞ」
なぜか監視カメラに向かって指差しポーズを決める。そしてまた俺の方を向いたときは先程のゆるふわモードから完全にできる刑事モードに切り替わっていた。
視線で脳内を覗かれている気分になる。
「じゃあまずなぜ殺したと思っているのか経緯を話してもらえる?」
口調は優しく、視線はより厳しく俺に向けられる。
俺は考えた通りに話した。
藤さんもアカベコの如く頷いて聞いてくれた。手応えあり。
「そっか。それでゲッカビジンって花は見た?」
見てない、と正直に答えた。あまり嘘の割合を増やすのもどうかと思うから。
「見てないのか残念。ちょっと前に妻とゲッカビジンって実際どんなのかって話になってから気になってたんだけどな、そっか見てないか~」
「あ、部屋というか家中が甘い匂いが漂ってましたよ」
「そうなのか! 帰ったら妻に教えてやろう。そしたら植物園のチケットは要らないな」
「いやそれは直に見た方が……」
そう言った俺の目を藤さんは覗き込む。
音が遠くに聞こえる。空調が利いているのに汗がポタリと机を濡らす。
「鳥井さんは優しいな。だからこそこんなことして人生棒に振っちゃダメだよ。今日はもう帰っていいよ」
「どうしてですか。俺が殺したんですよ、どこも間違ってないはずだ」
「家に帰ってしっかり頭を冷やすんだ。今日の事は聞かなかったことにする」
それから藤さんは何かあれば、と名刺だけ置いてさっさと出ていってしまった。
俺の計画は一瞬にして頓挫してしまった。
これでは彼女を守れない。
警察署からの帰り道、後輩から彼女が捕まったと知らされた。
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