第2話 計画

 関原せきはらさんが自宅で倒れていると通報があり、救急車両が出動。到着後同乗していた医師がその場で死亡を確認。

 死因は後頭部打撲による脳挫傷。

 第一発見者であり通報者では関原の部下である、鳥井。

 現場に争った形跡はなく、金品が奪われた痕跡もないことから事故の線が濃厚と判断される。しかし、事件の線も捨てられない。




 会社の朝礼で公表された関原部長の死に涙を流す者はいない。こういう時にその人個人が浮かび上がる。

「セクハラ死んだんだ」

「あんな固い頭を割るって逆にすごいわ」

 そう囁かれるような事をしてきたのも事実。

 関原部長は女性社員たちに『セクハラ部長』と陰で呼ばれるような人間だった。

 男尊女卑をはじめ、体型、性格、服装、化粧にまで口を出していた。気に入った女性にはボディータッチから個人的な食事会までしていたそうだ。

 ……気持ち悪い。

「鳥井さん昨日は大変だったね。大丈夫?」

「葉山さん、じゃない!」

 後輩がマスク越しでも分かるいたずらっ子の笑みを浮かべる。これが後輩なりの気遣いなのかと教育係を一年もしていれば思えてくる。

「似てた似てた? 婚約者を騙せるなんて私ってモノマネの天才かもですね」

 キャッキャと笑いながらバニラの香りを残して、人の中にスルスルと消えていく。

 全くすばしっこい。このスピードと器用さを仕事に生かしてほしいものだ。

 茶髪のボブと小柄な体のいたずら好きなリスはもうどこにいるか分からない。

 そういえば葉山さんを今日はまだ見かけていない。昨日の今日だ、大丈夫だろうか。


 午後は警察署で取り調べがある。

 今のうちに頭の中を整理しておこう。


 昨日は部長が葉山さんに「ゲッカビジンが咲きそうだ」としつこく自宅に誘い、俺が止めに入った。

 夜、得意先から直帰ちょっき中に慌てて走る葉山さんとすれ違う。暗かったが服装、髪型、身長、香りは彼女の物と一致している。彼女は俺に気づかず、差し出した手をすり抜けていった。

 すれ違い様に見た彼女は何かに怯えているようで、来た方向には部長の家があった。

 昼間の事もあり、部長に何かされたのかと家を訪ねると部長が死んでいた。


 矛盾点はないはずだ。

 これをもとに証言を組み立てる。

 昼間の事は正直に話し、夜をつくる。

 まず、殺したのはだ。

 理由は婚約者にちょっかいを出されてムカついた。このくらいが逆にリアルだろう。

 さいわい、彼女は俺に気づいていなかったのだから口裏を合わせる必要もない。

 俺は直帰中に昼間の事を思い出し、部長に直接文句を言いにいき、ヒートアップして殺してしまった。

 ただ、凶器が分からない。あの部屋にもそれらしき物はなかった。

 捨てたことにするか。無我夢中で走っていた為、どこの川に投げ捨てたか分からないことにしよう。

 一応ゲッカビジンという花を検索しておくか。




 肝を据えて偉そうな灰色のブロックの前に立つ。警察署という桜のマークが冷たく威厳たっぷりに出迎える。入り口には仁王像のように制服警察官が立っている。


 もう一度背筋を伸ばし、呼吸を整え、受付で今日の目的である『自首』を告げる。

 受付や周囲にいた若い警察官たちが巣に棒を刺されたありのように慌ただしく動き回りはじめた。

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