第6話 天藤紫苑は友達が欲しい
3時間目の数学の授業が終わり、これから昼休みに突入する。
岸田のレポート提出も無事乗り越え、ひとまず一安心だ。いい気分で昼飯が食べられる。
「ねえ桜之宮君。お昼ごはん一緒にいいかしら?」
食堂に向かうためよっこらせと椅子を引き席を立とうとすると、天藤から珍しく誘いが飛んでくる。
女子生徒から食事の誘いが来るなんて、俺も捨てたもんじゃない。俺は快諾することにした。
昼休み時間は60分。
ピークから10分くらいズラして食堂にやってきた。
これくらいの時間が席が空き始める頃合いなので、待ち時間なしに席を確保することができる。
いつもはカウンター席なのだが、今回はテーブル席を利用する。
「テーブル席を使うのは初めてだ。天藤もそうか?」
「そうね」
天藤は淡々と返事する。
食堂は学年ごとに違うエリアに設置されている。
ここは1年生用のエリアなので、F組以外の他クラスの生徒も同じように利用している。
しかし、男女二人で来ている人達はほとんど見かけない。
「こうしてみると俺たちまるでカップルみたいだな、紫苑」
「ふざけたこと言わないで! そして下の名前で呼ばないで!」
俺の冗談をぶった切る天藤。
美人だがツン100%の女。
もしこいつにデレという要素があれば、俺は彼女に惚れていただろうに。
俺は慌てて別の話題を提供する。
「そういえば他クラスの昼飯、俺たちとは随分違うな」
お盆を見るだけでどこのクラスなのかわかってしまう。
悲しいことにうちのクラスは最低レベルの食事。
栄養価は保証されているが、味は不味い。刑務所で出てきもおかしくないくらいだ。
美味しいものを食べたければ、ポイントで交換するしかない。
「ええ。クラスによってはかなりのポイントを食事のランクアップに引き換えたのかもしれないわね。Aクラスを見てみなさい」
「おいおい、マジかよ……」
天藤の指すテーブルを見てみると、俺は絶句する。
そこには三つ星レストランで提供されてそうなイタリアンが並んでいた。
ポイント制度のマニュアルによると、昼飯をワンランクアップさせるのに10ポイント必要らしい。
現在トップのAクラスで200ポイントだし、この昼ご飯の権利に100ポイント、いやほとんどのポイントを割り振ったのかもしれない。
「いいなー。俺もA組だったら毎日こんな豪華なご飯をご馳走になれたのかよー」
毎日カウンター席で食ってたから気づかなかった。
それはおそらく天藤も一緒だろう。
テーブル席にきて初めて他クラスの事情を知ることとなった。
さて、隣の芝生は青く見える気持ちは心の隅に置いておいて。
午後の授業に向けてきちんと栄養とらなければならない。
次は初めての実戦系の授業だからな。
俺は手を合わせ、飯に手をつけていった。うん、不味い!
「岸田君と上手くやれたのね」
「まあそういうことになるな」
「まさかあなたのような人が岸田のようなタイプの人間と上手くやれるなんて思ってなかった。……もしかして友達になったの?」
天藤が恐る恐る聞いてきた。
「それはわからない。ただ俺と岸田だけの協定を結ぶことに成功した」
「……なるほどね。つまり、それなり打ち解けられたと?」
「まあそういうことになる」
「そんな……やはり」
学校生活が始まって1週間、ようやく俺にも友達とよべる人間ができるかもしれない。
そのことに俺は半ば心を踊らせていた。
「今後も岸田とは協力し合うことになっている。悪いな天藤ー、先にボッチを卒業することになってしまって」
「く〜〜〜っ!!」
天藤の目が血走る。
「これでも私だって友達は欲しいと思っているのよ」
その発言に俺は耳を疑った。
天藤の口からは出るはずのない言葉。
しかし、そのトーンは
「そうよ。お昼にあなたを誘った理由は、あなたと岸田君が友達になってしまったのかを確認するためよ」
「そうなのか」
「ええ。桜之宮君に先に行かれたのはすごくショックよ」
「ふーん、お前友達作るつもりあったんだな」
そのことが意外でならない。
彼女は一人でもやっていけるタイプだと思っていた。
「当然よ。これから他クラスと戦っていくためにはクラス内で結束を固めるのが大事だから」
もっともそのとおりだ。
「これでもあなたの見ていないところで、色々話かけにいってるわ。だけどどうしても距離を置かれている感じがするの」
天藤は天藤なりに努力していたようだ。
「それなら沢村とかはどうだ? 彼女は誰とでも仲良くしてくれそうだけど」
沢村は(頭を悪くした)中山の女バージョンみたいなものだしな。
「沢村さんとは話せてないわ。彼女いつも周りに囲まれてるから。沢村さんとは仲良くなれるかもしれないけれど、彼女の周りの子たちとは何か合わないわ」
「……それはご愁傷さま。女子同士の難しい事情ってやつか」
確かに天藤は美人でスタイルも良ければ頭もいいし、運動もできる。
そのくせ人間関係には少し不器用なためツン100%な態度を取ってしまう。それがお高くとまってる印象に取られてしまっているのだろう。
嫉妬されるには格好の存在。
実際彼女が自己紹介してるときに快く思ってなさそうな奴らもチラホラいた。
女子が全員沢村みたいにイイヤツじゃなさそうだしな。
こういうときの女子は怖い。わざと天藤のことを無視していると考えられる。
天藤が積極的に話しかけていっても、上手くいかなかったと言っていたことにも合点がいく。
こればかりは天藤には難しい問題だ。
「天藤にとって女子の友達を作るのは難しいということはよくわかった。それなら天藤はどうしたいんだ?」
「そうね。女子が無理なら男子の友達を作ろうと思う。それがあなたを呼んだもう一つの理由」
まさかそれは――!?
「以前協力してもらうと言ったわね。これはあくもでF組が一番上のクラスになるための協定よ。あなたが岸田君に取られる前に。桜之宮君、私の友達になりなさい」
天藤は仁王立ちになると、イスに座る俺を見下ろしながらそう言った。
「なるほど、ついに天藤も俺にデレてくれるってことだな?」
「ふんっ、勘違いしないでよね。仕方なくなんだから」
プイッと顔を横にそらす天藤。
天藤にも結構カワイイところがあるんだな。
「もちろん構わないぞ」
「ホント? やったわ」
天藤は小さくガッツポーズして喜ぶ。
はじめて彼女が笑みをこぼすのを見た。
「席も部屋も隣だし、入学以来一番よく喋っている相手はお前だ。実はもうすでに友達と呼べる関係には達していたのかもしれないしな」
友達とは、気づいたらすでになっていたりするもんだからな。
「俺はお前の友達になった。今後は友達として天藤が他の友達を作ることができるよう協力していこうと思う。まずは友達の証として手始めに、この残りのピーマンを食べてくれ。俺ピーマン苦手なんだ。友達なら協力してくれるだろ?」
「嫌。友達ならその人の健康のことを考えてあげるべき。そういうわけでピーマンは自分で食べなさい」
「ちぇっ、わかったよ」
ちょっぴり嬉しそうにそんなことを言いながら、俺は残りのピーマンを口に持っていった。
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