最終日のシンデレラ

西野ゆう

第1話

「よし、たまにはもう一軒ぐらい行くか!」

 新入社員の歓迎会。一昔前なら何次会であろうと最後まで付き合わされていただろう。だが、今はそういう時代ではない。

 結局残った新入社員は二人。それ以外も半数以上は残っているが六人。最初の四分の一程度だ。

 俺自身も帰ろうかと思っていたが、なんとなくこの日は部長について歩いた。

 普段俺は歓楽街とは無縁だ。単純に酒が飲めないから。それに、女にも困っていない。

 こんな言い方をすると、随分モテていそうに聞こえるかもしれないが、欲していないから困っていないだけだ。

「おっ、川島! 今日は付き合いがいいな!」

 上機嫌で俺の肩に腕を置いた部長の足元が、若干ふらついている。

「明日は何も予定ないですし。たまには」

「何ぃ? 予定ないのか? そりゃあ寂しいなあ」

 普段それほど親しくもない上司からそういわれても、苦笑いしか出ない。

「よし、じゃあいい店連れてってやる。ついてこい!」

 シラフの俺が部長のお守り役に収まったことで、他の四人は新入社員二人を囲んで和やかに談笑しながらついてきている。

 部長の相手をしながらで、店名もわからずドアが開かれた店に入る。先客の歌うカラオケが流れる、割と大きなラウンジ。とはいっても、他に客は二組しかいない。

 最近のオヤジたちは、聴いても不快にならない程度に歌えるらしい。俺が知る「飲み屋」の姿ではない。

 誰にも話したことはないが、俺の母は田舎で小さなスナックを経営している。高校生になると「家業だから」と手伝いもやらされた。伴奏に全く合っていない耳障りな歌もよく聞かされた。その反動か、俺は酒を飲まない。

「いらっしゃーい! ちょっとそこに座って待っててえ。アイちゃん、ちょっとよろしくー」

 カウンターの奥から、ママが甘ったるい声を出して、部長へのあいさつと、店の「女の子」への指示を出した。アイちゃんと呼ばれた子が、他のテーブルから「はあい!」と手を挙げて、ちょっとふらついて見せながら俺たちをテーブルに案内した。酔っている演技をする意味があるのか? 俺はやはり苦笑して、そのアイちゃんが元居たテーブルを見た。

 なるほど、その席に残されたオヤジは楽しそうだ。「自分と一緒に酔っている」と錯覚しているのだろう。いまさらながら、よく酔ったふりをしていた母の狙いが分かった気がした。

「お兄さん、水割りでいい?」

 膝の上に手を置かれながら訊かれた俺は「いや、ウーロン茶で」と答えた。それでも彼女は嫌な顔ひとつせず、オーダーを直接ママに伝えに言った。

 部長は俺が飲めないのを知っているが、ウーロン茶をオーダーして「飲まないのか」などと言われないよう配慮しているのだ。なるほど、部長の言う通り「いい店」なのかもしれない。

 同時にビジネスライクだ。金にならないウーロン茶を頼んだ俺の横に来た女の子は、いかにもアルバイト然とした女の子だった。だが……。

「もしかして、三上さん?」

 俺は小声で訊いた。俯きがちだったその子が、目を丸くして俺を見る。

「川島くん……」

 間違いない。俺が高校時代に見事にフラれた相手だ。

 途端に、アルコールの一滴も入っていない俺の顔は紅潮し、鼓動も早くなった。

 なんてことない。俺が恋愛に気持ちが向かないのは、まだ彼女のことを引きずっているから。そんな単純かつ恥ずかしい理由だ。

「あの、今付き合ってる人とかって……」

 俺の口から自分でも信じられない言葉が出てきた。シラフだっていうのに。場の雰囲気にでも酔わされたのか。

 明らかに三上さんは困った表情を浮かべている。当たり前だ。彼女は仕事中なのだから。

「あら、もうミカちゃんにアタック?」

「アタック」とはいつの時代の言葉だ。ママが俺と三上さんの間に割って入るように腕を伸ばし、ウーロン茶をテーブルに置いた。

「明日も会ってくれたら教えてあげたら?」

 ママが三上さんにわざとらしいウインクをしながらそう言った。

「はい、そうですね。そうします」

 三上さんは明るく笑顔でママと俺に対してそう言った。

 それから二時間弱、高校時代の昔話をすることもなく、客と店の女の子としての会話を続けた。

「部長、そろそろ電車が……」

 同僚の一人が腕時計を指先で叩く。

「おう、じゃあ、アイちゃん、ごちそうさま」

「はーい、ありがとうございましたあ」

 テーブルについていたほかの女の子たちも、エレベーターまで見送りに出てきた。

 そして、エレベーターの扉が閉まる寸前、部長は三上さんに向かってこう言った。

「田舎に帰っても頑張ってね、ミカちゃん」

 なんてことはない。三上さんは今日で店をやめるのだ。連絡先も知らない俺が明日も会えるはずもない。

 俺はエレベーターから飛び出した。

「今日も会えた」

「え?」

 時計の針は十二時を回ったばかりだ。

「あの、ごめんなさい。あたし結婚するの」

 それで田舎に帰るってわけだ。やはり俺に歓楽街と女は無縁らしい。

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最終日のシンデレラ 西野ゆう @ukizm

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