第6話 魔王、提案する
いやー、驚いた。最近の高校生って、けっこう大人なんだね。
初日のやらかし(思い出したくないので明言は避ける)から、早一週間が経過した。
その間、何も無かった。目立って揶揄してくることも、陰でバカにされることも。まあ龍之介という圧力のおかげなのかもしれないが、どのみち無かったことにしてくれるクラスメイトには感謝しかない。一歩間違えれば不登校一直線の失敗だったもんね。
無かったといえば結局、《狼》の存在は影も形も無かった。
丸一日使って目を凝らしながら学校中を歩き回ったりもしたが、ダメ。それらしき魂はまったく発見できず。得たものは、眼精疲労のせいで現れた目の下の隈だけだった。せっかくの美少女顔が台無しだぁ。
おそらく転生事故でもあったのだろう。であるなら、もう向こうからアプローチしてくれなければどうしようもない。一旦はいないものとして扱うことに決めた。
というわけで、私たちは調査内容を報告し合うため図書室へと集合した。
……のだが、私の心内はそれどころではなかった。
「私は今、猛烈にムカついている!」
集まるのと同時、私は四人で囲む長机を怒り任せに叩きつけた。
一同ポカンである。まあ、何の伏線も無かったので無理もない。
「どうしたんだ? セラマオは情緒不安定だけじゃなくて癇癪持ちでもあったのか?」
「セラマオ言うな」
半笑いで煽ってくるなよ龍之介。お前が言うからクラスでも定着しちゃったんだぞ!
じゃなくて。
「私がイライラしている原因は、お前だ! 鬼頭!」
「ぬ?」
私がどれだけ怒っているのかといえば、思わず人を指でさしちゃうくらいだ。
にもかかわらず、矛先を向けられた本人は心当たりがないと言わんばかりに首を傾げるだけだった。
「なんなんだ、あの女は! お前、叱られてばかりじゃないか!」
「桃田のことか?」
「そうだ!」
学年が違うため、ずっと観察していたわけではない。けど、見かける度に鬼頭は桃田に文句ばかり言われているのだ。さらにあの女は無駄に声が大きいので、悪い意味で注目の的になってしまっていた。
「お前、何か悪さでもしたのか?」
「いや、何も」
「公共の物をよく壊すと、あの女も言っていたぞ」
「不可抗力だ」
そう言って、鬼頭はぼんやりと天井を見上げた。
「一番大きな物で言えば、教室の扉だな。屈み方が足りず、額が引き戸の上辺に激突した。そのまま枠をへし折ってしまったんだ」
「お前は大丈夫だったのかよ!」
「無傷だ」
「マジか」
木製とはいえ人の力で壊れるような物じゃないぞ。お前はロボコップか。
「あとは……掃除用具入れを歪めてしまったり」
「俺様もぶっ壊したことあるぜ。たまに開けにくい時あるもんな、あれ」
「触れたチョークがことごとく粉々になったり」
「まあ、魔法みたいですね」
「バスケットのゴールをへし折ったこともあった」
「ダンクするな」
もう分かった。ただ単純に力が強すぎるだけなんだろうな。だから不可抗力だと。
そう考えると、私の右手はよくもまあ今も原形を留めているものだ。初対面の時、不用意に握手しちゃってたからな。
今さらながら嫌な汗が滲んでくる手の平を隠しつつ、話を続けた。
「でも、わざとじゃないんだろ? なのにあの女はゴキブリホイホイ並みの粘着力で、選挙カーの如く大音量で怒鳴りつけてくる。理不尽だとは思わないのか!?」
「…………」
瞼を降ろした鬼頭が、桃田を前にした時のように黙り込んでしまった。
私の苛立ちの主原因は桃田だが、それをさらに引き立てているのが鬼頭の態度だ。
反論しない。不満すら言わない。他人事のように無関心。
鬼頭だって好きで物を壊しているわけではないだろう。なら、言いたいことの一つや二つくらいあるはずだ。なのに何故こうも言われっぱなしで黙っているのか。
理不尽に対して反旗を翻さない鬼頭の姿勢に、私は無性に腹が立っているのだ。
「私たちが人間に転生した目的を思い出せ、鬼頭! 最終的に人間が勝利する絶対的なルールを覆すためだろう? たった一人の小言にすら抗わないのは、最初から屈しているのと同じではないか? お前に《鬼》としての矜持は無いのか!?」
「…………」
なおも動かない鬼頭に、私の怒りは爆発した。
鼻息を荒くして、鬼頭へと詰め寄る。そこからどうしたかったわけでもないが、ひとまず胸倉でも掴み上げて奴の目を覚ましてやろうと思ったところで……未遂に終わった。
「あのー……」
恐る恐るこちらへ近づいてくる女子生徒が一人。
真っ黒な髪をおさげにした、いかにも真面目そうな女の子だった。
「おう、須野じゃねえか。どうしたんだ?」
「えっと……」
対応したのは龍之介だ。
にもかかわらず、女子生徒は特に委縮した様子もなく言葉を続けた。
「その、図書室ではもう少し静かにしてほしいかなって……」
「他に誰もいねえじゃねえか」
「そ、それは……」
困ったように狼狽えながらも、彼女の視線はチラチラと鬼頭の方へ向いている。
うん、理由はだいたい分かった。
「騒ぎ立てて悪かった。話し合いが終わったらすぐ出て行くから、もう少し待っててくれ」
「は、はい。よろしくお願いします」
同学年であろう私に敬語で答えた彼女は、そそくさとカウンターへと戻っていった。
図書委員だったか。
「にしても、龍之介に話しかけるとか意外と度胸のある奴だな。このメンツに注意するんだったら、私か魔理沙だろうに」
「一触即発の癇癪持ちに話しかける方が難易度高いと思うけどな」
ほっとけ。
「知り合いなんだよ。同じ中学校で、よく勉強を教えてた」
「ふーん」
ん? 聞き違いか? いや、たぶん間違ってないんだろうな。
地味で大人しめな図書委員よりも、銀髪に染めたバリバリなヤンキーの方が頭が良い。やっぱり人は見た目で判断できないのだよ、桃田君。
「とにかく」
部外者の乱入ですっかり毒気を抜かれてしまった私は、自分の席へと戻った。
「私が桃田を毛嫌いする理由。そして桃田が鬼頭をしつこいくらいに叱責する理由。実はこの二つが同じ理由によって起因していることに、私は気づいた。奴は……《勇者》だ」
「「《勇者》?」」
「正確には《勇者》適性のある魂を桃田は持っている。生まれる時代や世界が違えば、救世主として歴史に名を遺していたに違いない人物だ。もちろん《魔王》みたいな絶対的敵対者がいない地球で、桃田が《勇者》として担ぎ上げられることはないと思うけどな」
とはいえ奴がこの世界で活躍できる機会は十分にあるし、その素質もある。一言で《勇者》適性があると言っても、真価を発揮する方法は千差万別なのだ。
「一度しか会話していない私が気づいたんだ。お前ならとっくに知っていただろう?」
確認の意味も込めて問うと、鬼頭はゆっくりと頷いた。
「はーん。つまりセラマオが《魔王》だから《勇者》の桃田って奴が嫌いで、桃田って奴は《勇者》だから《鬼》である鬼頭の旦那を目の敵にしてるってわけか」
「そうだ。私たちは魂からして相容れない存在なんだよ」
あとセラマオ言うのやめろ。
「して、セラマオ殿は何が言いたいのだ?」
お前もか。
だが話の腰を折ってまで注意する気にはなれなかった。
鬼頭がいつになく険しい目つきでこちらを見ている。それはもう、返答を間違えば袂を分かつと無言の圧力をかけているくらいに。
だが私は臆さない。鬼頭がどんな恐い顔をしようが、同志の脅しに屈することなどない。
私は他三人の顔を見回し、拳という名の決意を握りしめながら宣言した。
「《魔王》として、《勇者》適性のある桃田にぎゃふんと言わせたい!」
「へー。囲んで袋叩きにでもするってか?」
「暴力的なことはしない」
「では意図的に悪い噂を流して、社会的に抹殺でもしますか?」
「そんな陰湿なこともしない!」
怖いよぉ。なんでコイツら揃いも揃って発想が物騒なんだ。これなら鬼頭の睨みを正面から受けた方がまだマシだ。
「違う! 桃田本人に何かをするつもりはない!」
「では、セラマオ殿は如何にして桃田にぎゃふんと言わせるつもりなのだ?」
「ボランティアだ!」
またもや一同ポカンだった。どうやら私には人を呆気に取らせてしまう才能があるらしい。そんな的外れなこと言ってるつもりはないんだけどな。
「鬼頭が備品を壊してしまうのは、もう諦める!」
「諦めるのかよ……」
「仕方ないだろう。本人だって不可抗力だと言ってるんだ。どれだけ注意しても無理なものは無理なんだ」
生まれ持ったものを今さら取り換えるわけにもいかない。私だってこの美少女顔でいろいろ苦労してるんだ。それこそ自傷行為じみた奇行でもしないかぎり、無限に男が寄って来て……うっ、黒歴史が……。
「だから私は考えた。物を壊してしまうことで顰蹙を買っているのなら、まったく別のところで善い行いをすればいい。トータルで好感度がプラマイゼロなら、桃田も今ほど口うるさく言って来なくなるはずだ!」
我ながら完璧な作戦だと思う。
が、龍之介は眉間に皺を寄せて渋い顔をしていた。
「ボランティア、ね。それはこの四人でやるってことだろ? 人間のために無償で働くってのは、俺はちょっとな……」
「あ、そっか」
家計を助けるため、高校生になったらバイトをしたいと言っていた龍之介だ。ボランティアなんてしている時間はないだろう。私の発言は少し軽率すぎた。
「分かった。龍之介は参加しなくても大丈夫だ。言い出しっぺの私が全力を尽くす」
「ああいや。人間のために働くのは嫌だが、鬼の旦那のためって名目ならやぶさかじゃねえ。問題が解決するまでは俺様も参加してやるよ」
「そ、そうか」
コイツ、意外に義理堅いんだな。
「私は元より《魔王》様のお手伝いをするために人間に転生しました。《魔王》様がおっしゃるならば、私も参加いたします」
「ああ、ありがとう。ただ《魔王》様呼ばわりはやめてくれよな」
はっきり言ってセラマオよりヤバい。
私の黒歴史がががががががが。
「というわけだ、鬼頭。お前はどうする?」
「…………」
腕を組み、険しい顔をしたまま瞼を閉じている姿はまさに不動明王。その圧倒的な威圧感に気圧され、この私ですらついつい生唾を呑み込んでしまう。
いやしかし、マジで動かんなコイツ。まさか寝てないよな?
などと疑ったその瞬間、鬼頭の口元がわずかに吊り上がった。
そのまま笑みでも浮かべるのかと思いきや……。
「くは、くははははははは!」
急に笑い出したのでビックリした。鬼頭が声を上げて笑うのなんて初めて見た。
恥も外聞もなく発せられる豪快な笑い声は、図書室中に轟く。もし他の利用者がいたのなら迷惑極まりなかっただろう。まあ、今も図書カウンターの向こうから心配そうに見つめてくる視線はあるが。
「お、鬼頭よ。私、そんなに面白いことを言ったつもりはないんだが……」
不気味なほどツボに入っている鬼頭に声を掛けると、ようやく笑うのをやめてくれた。
「いやなに。さすが《魔王》殿だ。俺が認めただけのことはある」
「どういう意味だ?」
「もちろん賛成だ。やろうじゃないか、ボランティア。人の役に立て、なおかつ桃田の鼻を明かせるのなら最高だ」
「よし!」
当人である鬼頭が賛同してくれてよかった。拒否られたら一人張り切ってた私がバカみたいだもんな。
「では、さっそく今週末からボランティアに参加するぞ! 内容は私に任せろ。私たちが合流してから初めての勇者討伐作戦だ! みんな、心してかかれ!」
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