第5話 魔王、忠告される

「あー……疲れた」


 私は今、重い身体を引きずりながら一人で帰路についていた。


 現在の時刻は午後三時過ぎ。つまり途中で昼食を挟みつつも、約三時間も学校内を歩き回っていたわけである。


 鬼頭の奴はちょっと融通が利かないなぁ。こちら女子二人ですぜ。お前ら男子とは体力の出来が違うんだよ。魔理沙なんか顔は笑ってたけど、絶対後半ブチギレてたぞ、あれ。


 ただ体力面での疲弊もさることながら、精神面のダメージもけっこう大きかった。


 私の連れ、ヤンキーに番長に絶世の美女だぞ。私も中学まではその美貌でそれなりに注目の的だったが、今日の視線はあまりに異質すぎた。特に龍之介の銀髪が先生に見咎められる度、私の胃がキリキリと痛みだしてたもんだ。今まで優等生を演じてきた弊害だな。


 ともあれ、同志たちとの会話が楽しかったのも事実だ。

 校内を案内してもらっている途中、自分たちの生い立ちを簡単に語り合った。


 龍之介は幼い頃から母子家庭だったそうだ。小学生の頃にそれを揶揄されたせいで、人間に舐められたくないという感情が強まったらしい。また高校生活に慣れたら家計を助けるためにバイトをすると宣言していたが、その銀髪は何とかした方がいいと思う。


 鬼頭は龍之介とは逆で、意外にも喧嘩はほとんどしたことがないと言っていた。


 それもそのはず。中学校の頃に一度だけブチギレて、他校の生徒を本気で殴ったことがあった。本当に、ただの一発だけ。それだけで殴られた生徒は病院送りにされ、生死の境を彷徨ったらしい。以降、誰も喧嘩を売ってこなかったそうだ。まあ、あの体格相手に喧嘩を売るのは頭のぶっ飛んだ命知らずくらいのものだろう。


 ちなみにその武勇伝により、鬼頭は一部から『地獄の腕ヘル・アーム』と呼ばれて恐れ崇め奉られたのだった。


 ってか『銀龍』やら『地獄の腕』やら、いちいちカッコイイな。さすが中学生のセンス。何度も言うが、私なんてセラマオだぞ。なんだよセラマオって。バカか。


 で、魔理沙はというと……あれ? そういえば魔理沙は自分のことをあまり語ってなかったな。思い出してみると、愛想笑いを浮かべて相槌を打っていただけだ。自分のことを話すのは得意じゃないのかな?


 まあ秘密は女をより美しくするって言うもんな。

 あっ、私に足りないのはそれか!


 とまあ話を聞いてるだけでも分かる通り、一癖も二癖もある奴ばかりだ。各々、個性的な人生を送れそうで何よりである。


「人生、ね」


 嫌なことを思い出してしまい、私のテンションは一気に急降下した。

 私にとっては将来のことよりも、明日の方が心配なのだ。


 だってさぁ、あんなに恥ずかしくなるとは思わなかったもん。予定ではアイツと恋人にはなりたくないって思わせる程度だったのに、みんなドン引きどころか白い目で見てたからな。中学生のノリで高校生活は送れないってことを痛いくらいに学んだよ。あ、痛いのは私自身か。とほほ。


 それに龍之介の奴、人を勝手に自分の女扱いしやがって。パパに知られたら殺されるぞ。


 はっ、もしや今朝の会話は龍之介の死亡フラグだった? 今後、二人を引き合わせないように気をつけないとなぁ。


「にしても」


 話がころころ変わって申し訳ないが、人の思考なんてそんなものだと諦めてくれ。

 視られている。めっちゃ誰かに視られてる気がする。


 学校内を歩いてた時の感覚が残ってるのかなとも思ったが、どうやら違うらしい。明らかに今も、人間の意識が肌に突き刺さっている。


 でもなぁ「用があるなら出て来いよ」って言いたいけど、間違ってたら恥ずかしいしなぁ。それにわざと姿を現さないで、陰に隠れて私を嘲笑うってパターンもある。一日に二個も黒歴史を作りたくないんだよ。


「やあ」


 などと悩んでいたらあっさり出てきたので、逆の意味で驚いた。


 ただ目の前に立ちはだかった人物を見て、私は思わず嫌悪感を露わにしてしまう。人当たりの良さそうな笑みを浮かべていたのは、昼に鬼頭を叱っていた風紀委員の女だった。


「突然呼びかけて申し訳ない。私はキミが通うことになった高校で風紀委員をしている、二年の桃田ももたカスミという者だ。まずは入学おめでとう」

「……ありがとうございます」


 謝意の言葉を述べるのも心底嫌だったが、今は常識的な返答をした方が無難みたいだ。


 昼間とは違い、桃田と名乗った風紀委員は竹刀も腕章も携帯していない。けど何者にも屈しないと誓ったような堂々とした佇まいこそが、彼女が風紀委員たる何よりの証だった。


 凛とした瞳が私の全身をくまなく探る。少しの間を置いた後、まるで断られるとは思っていない自信に満ち溢れた顔で訊ねてきた。


「実はキミと少し話がしたくて声を掛けたのだが、今いいかな?」

「構いませんけど……それなら場所を移しますか?」

「いや、それほど時間は取らせないよ。少し確認と忠告がしたいだけだからね」

「確認と忠告?」


 嫌な予感がして、そして予想は的中した。


「キミは鬼頭とはどういう関係なんだ?」

「…………」


 まあ風紀委員が私に声を掛けてくる理由なんて、それくらいしかないもんな。


 どう返答しようか悩んでいたところ、桃田は私が質問の意味を理解していないと受け取ったらしい。


「失礼。さっきキミと鬼頭が一緒に歩いているところを目撃してしまってね。どうやら校内を案内してもらっていたようだが、それを少し意外に思ったんだ。彼は自分から他人にかかわるようなタイプではないからね。鬼頭の待ち人とはキミのことだったのかな?」

「……ただの知り合いですよ」


 早く話を切り上げたいと言わんばかりに、私は投げやりに答えた。


「親の友人関係で、昔から兄みたいな存在として慕ってただけです。たまたま同じ高校に入学したので、案内をお願いしていました」

「なるほど」


 桃田は表情を崩さずに二度三度頷いた。


「何か問題でもありましたか?」

「問題はない。だがキミに忠告しておきたいことがある。悪いことは言わないから、鬼頭とは縁を切れ」

「縁を、切れ?」

「ああいや、言葉を間違えたな。何もそこまではしなくていい。ただ少なくとも学校内では彼に近づかない方がいい。キミの輝かしい学校生活のためにも」

「どうしてですか?」

「単純に損をするからだ。鬼頭と一緒にいると、キミみたいな模範的な生徒でも何か問題があるんじゃないかと勘繰られてしまうかもしれない。痛くもない腹を探られるのは不愉快だろう?」

「桃田先輩とは今初めて会ったのに、どうして私が模範的な生徒だと知ってるんですか?」

「おっと失礼。私としたことが見た目で判断してしまった。申し訳ない」


 桃田がこれ以上ないくらい丁寧に頭を下げた。

 律儀ではあるけれど、どこか慇懃無礼でイラつくんだよなぁ。


「だが、こちらは見た目で判断するわけではない。もう一人一緒にいた男子生徒の評判も耳にしたぞ。中学の頃は喧嘩ばかりしていて、『銀龍』とまで呼ばれて恐れられているらしいじゃないか」


 うーん、ごめんね龍之介。擁護できないわ。お前が悪い。


「鬼頭先輩はどうなんですか? 喧嘩はほとんどしたことないと言ってましたが」

「こちらも中学の時、他校の生徒を病院送りにしたことがあると聞いた」

「それは相手が……」

「どんな理由であれ暴力は暴力だ。決して肯定してはいけない」

「…………」


 話が通じそうにないな。頑固すぎる。


「でも、それ以降は誰かに手を上げたことがないはずです」

「そうは言っても奴はいろいろ壊すからな。自分の物だったり、他人の物だったり、公共の物だったり。それにあの体格だ。近くにいるだけで威圧感を与えてしまい、他の生徒が委縮する原因にもなっている」

「外見で決めつけるのは差別です。桃田先輩、私を見た目で判断して反省したばかりじゃないですか」

「それはその通り。だが奴の過去はみんなが知っている。いつあの大きな拳の矛先が自分に向くかと、誰もが恐れているんだよ」


 桃田の言葉は身に染みて知っていた。


 多くの世界で《魔王》や《ドラゴン》が討伐される理由と同じだ。過去に少しだけ悪さをした。強大な力を持っている。だから再び悪事を働く前に断罪しよう。


 力ある者を先んじて排除しようとする人間の習性は、この世界でも変わらないようだった。


「とはいえ、鬼頭が普段は大人しくしているのも客観的事実だ。知り合いというのならキミに害を為すことはないだろうし、慕っているのなら別にそれでいい。ただ『銀龍』は別だ。特別な思い入れがないのであれば、奴とはすぐに縁を切れ。キミのためだ」

「それは私が決めることです」

「そうか」


 言いたいことは言い切ったとでも言わんばかりに、桃田は唐突に踵を返した。


「何かあったら私を頼ってくれ。いつでも相談に乗るよ」


 と言い残し去っていく彼女の後ろ姿に、私はあっかんべーで答える。

 面と向かって話したことで、あの桃田とかいう女を毛嫌いする理由が分かった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る