第7話 魔王、ボランティアをする1

 というわけで、作戦決行を宣言してから最初の週末がやって来た。


 ただ、高校生が参加できるボランティアはそれほど多くはない。車を運転できないのでどうしても近場になってしまうし、平日は授業があるため一日限りの活動になってしまう。


 散々ネットで探した結果、地元のクリーン作戦に参加することにした。


 初ボランティアということもあり、定番中の定番を選んだわけだ。


 各々動きやすい服装に着替えて、河川敷へと集合する。そこで他の参加者を見渡した龍之介が、不安半分苛立ち半分で呟いた。


「俺様たち、場違いじゃないか?」


「そんなことない!」


 参加者の多くは年配の方であり、若くても小さな子供を連れたお父さんくらいまで。さらに下となると、私たちの世代を飛び越えて、子供会らしき小学生の集団が一つ。中学生から大学生にかけての年代が皆無なのだ。


「本日は見当たりませんが、部活動や課外活動でボランティアに参加する学校もあります。ただその場合は学校指定のジャージ等を着ているはずなので、私たちの年齢での完全な個人参加は、この先でもあまり見かけないでしょうね」


「そっかぁ」


 私たちの身元がはっきりしないためか、他の参加者からもどこか距離を置かれているような気がする。主な理由は後ろの男子二人なんだろうけど。


 やっぱり学校のジャージを着てくるべきだったかなぁ。でも学校公認じゃないしなぁ。


「まあ、いいさ。与えられた仕事を完璧にこなしていけば、自ずと信頼を勝ち取れるはずだ。みんな、がんばるぞ!」


「おやおや、元気が良いねぇ。こっちまで力が湧いてきそうだよ」


 意気込んでいると、やや腰の曲がったおばあさんが近づいてきた。


 町内会長さんだ。


「本日は社会勉強の一環としてお邪魔させていただきました。よろしくお願いします!」


「お邪魔だなんてとんでもない。最近は参加してくれる人たちの年齢も上がってきたから、若い子が手伝ってくれるのは素直に助かるよ。特に……」


 そう言って、町内会長さんは龍之介と鬼頭の背中を叩いた。


「力仕事は男の子たちに期待してるよ。重いゴミがあったらよろしくね」


「ども」


「ウス」


 激励して去っていく町内会長さんを横目に、私は少し違和感を覚えた。


 そう。鬼頭の態度はいつも通りなのだが、龍之介が妙に大人しいのだ。それはもう、借りてきた猫みたいに。


 ま、まさか……。


「龍之介って、実は熟女好きなのでは?」


「それ、普通に失礼ですよ」


 耳打ちすると、魔理沙が本気で軽蔑したような眼差しを向けてきた。


 うん、今のはどう考えても私が悪い。


「龍之介さんは母子家庭ですからね。年上の女性には反抗しにくいのでしょう」


「なるほど」


 河川敷はとても広く、他の参加者とは特に交流もないままゴミ拾いは進んでいった。


 だが龍之介だけは別だ。活動が始まる前とは打って変わって、いつの間にかおばさま方と仲良くなっているようだった。


 魔理沙曰く、龍之介は自分の生い立ちを馬鹿正直に話していたらしい。本人は訊かれたから答えただけだと言うかもしれないが、どうやらそれで同情を誘ったみたいだ。今は普段とは違って大人しくなっているし、見た目とのギャップで可愛がられているのだろう。


 理由はどうあれ、良い感じで終わってくれたことは私としても嬉しかった。






「募金お願いします! 恵まれない子供たちのために、募金お願いします!」


「お願いしまーす」


 次の週末は駅前での募金活動だった。


 前回の反省点を踏まえ、本日は事前にしっかりと学校に許可を取った。制服は立派な身分証明書。特に今回はお金を扱うわけだからな。


 最初は四人並んで立っていたのだが、通行人はなかなか見向きもしなかった。


 理由は言わずもがな。なので後半は一人一人が距離を取って声掛けすることにした。


 すると集まる集まる。小さなお金から大きなお金まで、道行く人々が貯金箱のごとく募金していってくださる。それはもう、硬貨を入れるたびに箱の中が金属の音で満たされるほど。これさ、毎日募金やるだけで食っていけるんじゃないか?


 い、いかんいかん。邪な考えが生まれてしまった。私は別にお金が欲しいわけじゃない。勇者打倒のための下積みをしているだけなのだ。お金なんて、パパにお願い恐喝すればいつでも手に入るんだから。


 お前の腕にある重みは命の重みだ。邪悪な思考は捨てよ。


 そんな感じで自分に言い聞かせながら、大きく深呼吸をしていたその時だった。


「あ、あの……」


「うん?」


 見れば、目の前に背の低い女の子が立っていた。


 募金箱のせいでちょうど見えなかったのだ。なるほど、これが巨乳の視点か。


「ぼ、募金……」


「ありがとう!」


 少女が入れてくれた十円玉に対し、私は満面の笑顔で応える。


 思春期の男子なら例外なく赤面させてしまうくらい自信ある笑みだったが、何故か少女は泣きそうな顔になっていた。


 そして手をもじもじさせながら、俯きがちに謝ってくる。


「えっと、その……ごめんなさい……」


「~~~~~~~~~ッ!?」


 えっ、何この子、めっちゃ可愛いんだけど!


 この際だからはっきり言うが、実は私は小さな女の子が好きなのだ。


 妹持ちが妹萌えにならないのと同じで、弟のいる私はショタコンにはならなかった。いや、この言い方だと語弊があるから訂正する。私は基本的に可愛いモノ全般が好きだ。ただ男の子よりかは女の子の方が好きってだけで。


 え、魔理沙はって? ダメダメ魔理沙はダメ。私より背が高くて美人な奴は論外!(憤慨)


 でもこの女の子は合格!


 あぁ~、私のロリコン魂がときめく音ぉ~。今すぐここで抱きしめて頬ずりして食べちゃいたいくらいだ。ペロペロするくらいなら許してくれるかな?


 って、バカか私は。ボランティア中に可愛い女の子にうつつを抜かしてどうする。


 無理やり表情を引き締める。どうやら勢い余って思ったより怖い顔になってしまったみたいだ。セラマオ百面相を目の当たりにした女の子が「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。


「……あれ?」


 もう一度お礼を言おうとしたところで、ちょっとした違和感を抱いた。


 この子、どこかで会ったことないか? いや、会話した記憶はないから知り合いではないだろう。こんな可愛い子、一度話したら忘れるわけがない。


 じゃあ見かけただけか? 近所の子? それとも先週のクリーン作戦の参加者?


 それとさっきの謝罪はどういう意味だったんだ?


 改めて問おうとした、その時だった。


「キャッ」


 今度は少し離れた場所にいる魔理沙が悲鳴を上げた。


 振り返ってみる。魔理沙はどう見ても友好的でないチンピラに腕を掴まれていた。


「おいおい、えらい美人がいるじゃねえか。何もしねえから、ちょっとお茶しね?」


「今は募金活動中です。放していただけませんか?」


 無理に手を振り払おうとはせず、魔理沙は凛とした瞳でチンピラを睨みつけていた。


 ああ、しまった。私の監督不行き届きだ。こうなることは目に見えていたんだから、魔理沙は龍之介や鬼頭から離すべきじゃなかった。


 マズいぞ、非常にマズい。あの二人は、決して声の届かない場所にいるわけではない。


「おい、その女をナンパするのはやめとけよ。死にたくなかったらな」


「ぬ、荒事か?」


 なんて危惧している間にも、龍之介と鬼頭が来てしまった。


 しかも龍之介なんてすでに臨戦態勢だ。めっちゃ人を殴りたそうな顔してるぅ。


「おい、喧嘩はダメだぞ!」


「は?」


 意外にも、龍之介は心外そうに私を見据えた。


 さらに意外というか想像通りというか、チンピラは負け確の喧嘩をしてまで魔理沙をナンパする度胸はなかったらしい。男子二人を目の当たりにするやいなや、自信満々な顔からサッと血の気が引いていた。


「お、お前……まさか『地獄の腕ヘル・アーム』か?」


「ぬ?」


 鬼頭と眼が合った途端、チンピラは一目散に逃げていった。


 何事もなく、私はホッと一安心。


 だが一番拍子抜けしているのは龍之介だった。


「俺様じゃなくて、鬼の旦那を見て逃げてったな。珍しい」


 見た目のインパクトこそ鬼頭に軍配が上がるが、その名を轟かせているのは『銀龍』である龍之介の方だ。鬼頭の『地獄の腕』を知っているのは、あくまでも一部だけ。それこそ同じ中学だった奴くらいだろう。


「ってことは、知り合いだったのか?」


「さあ?」


 考える余地もなく鬼頭は即答した。本当に知らない相手だったのだろう。


 あっ。知り合いといえば、さっきの女の子は!?


 慌てて見回しても見当たらない。きっと怖いお兄さんが何人も近づいてきたから逃げたのだろう。あの子にも被害がなくてよかった。


「ふぅ~、お前たちが手を出さないかヒヤヒヤしたよ」


 脱力しながら言うと、二人は眉を寄せながらお互いの顔を見合わせた。


「何言ってんだ? 俺様たちはむしろチンピラを助けに来たんだが」


「へ?」


「魔理沙殿。今、あの男に何をしようとしていたのだ?」


「うふふ」


 不気味な笑みを浮かべる魔理沙。


 指を鳴らすと、彼女の手にはいつの間にか小さな針が握られていた。


「いえいえ。あまりにしつこいようでしたので、EDにしようか無精子症にしようか悩んでいたところですわ」


 えっ、何それ怖い。なんでそんなことできるの? 男子なんか二人して股間を押さえてキュッとしてるし。


 結局針に塗られた成分は教えてもらえず、モヤモヤしたまま募金活動を終えた。


 ちなみに募金額は魔理沙が圧倒的に多く、鬼頭は何故か学生プロレスのスカウトから名刺をもらっていた。

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