第12話 ゴキブリキンチョール
ホテルの部屋の前に立つと、また心臓が口から出そうな感覚が私を襲いました。男の人との出会いは、どんな時でも緊張するものです。
チャイムのボタンを押すと、すぐそこで待ち構えていたかのように、すぐにドアが開きました。危うく頭にドアの端がぶつかりそうになるのを紙一重で避けると、なかには、腰にバスタオルを巻いただけの男の人が立っていました。ボディビルダーのようなたくましい筋肉。濃いめに日焼けした肌。ウエーブパーマの髪は金髪で、首には太い金のネックレス。高そうなコロンの香りが部屋中に漂っています。
六本木で会社を経営しているチャラいお金持ち。そのイメージを具現化したら、まさしくこんな感じになるのでしょう。
「まさみクンだね。藤井クンから話は聞いているよ。うん、うん。ウチの制服がとてもよく似合っているね。スタイルいいんだね。キミと出会えてうれしいよボクは」
まるで、ボクがうれしいと思うんだから、キミも当然うれしいはずだよね。そんな感じの”上から目線”を感じる。私にはとても苦手なタイプだ。でもビビっているだけでは仕方ない。私は仕事に来ているのだ。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。大変うれしいです」
わざと事務的な感じで受け流した。ところがそれがIT社長のハートに火を点けたらしい。みるみる顔が輝きだした。
「うん。いいね。そういうかしこまった感じ、ボクは好きだな。そんな感じでお願いするよ」
満足そうな笑顔を浮かべた。そして部屋のソファにふたりで横並びに座り、しばしのおしゃべりタイムになった。
社長は、インターフェイスがどうとか、デバイスが糞だから、日本のIT化は進まないんだとか、私にはちんぷんかんぷんな話題を一生懸命話してくれました。たぶん彼の頭の中では、私と会社の女性社員が、ない交ぜになっているのでしょう。会社のビジョンを新人社員と共有しようとしているみたいです。
数分講義は続きました。そして終わったあと、IT社長は、「どうだい、ボクって凄い男だろう」という感じのドヤ顔になりました。私は新人社員がするように、わざと恐縮してみせました。普通だったら大げさすぎて、バカにされたと思うほどオーバーな”恐縮”ぶりだったかもしれません。それでもIT社長は自信たっぷりのせいなのか、そんな嫌味は通じないらしいです。
それからシャワータイム。ふたりとも全裸になってお風呂場へ。IT社長にお風呂の椅子に座ってもらい、私が体を洗ってあげます。とても大きな背中です。それを洗っているうちに、なんだか黒く光って、無駄にパワフルで、生命力に溢れている背中がゴキブリの一部に思えてきました。どうも精神的に馴染めないタイプなので、その嫌悪感が引き起こす、幻覚みたいです。それとある恐怖が私を襲いました。こんなパワフルな男の人にガシガシ攻められたら、私は体力を使い果たしてしまうかもしれない。次のお客さんも決まっているのに、どうしょう。そんなことも考えました。
そして次は私の方を向いてもらって、アレを洗う順番に。それまでIT社長は股間にタオルを置いていたので、そのタオルを外すと、驚きました。なんと、あるはずのアレがないのです。「えっ」と思ってよくよく探してみると、とてもちっちゃい。まるで小学生みたいなアレが、太腿の間に挟まっていたのです。見た目も言動も尊大な男の人なのに、肝心なアレがホントにお粗末。思わず笑ってしまいそうになりましたが、笑ったら負けなので必死になって堪えました。そして頭の片隅で、神様ってきっと意地悪なんだろうな。そんなことを考えていました。
それからベッドインです。お風呂場で体を洗ってあげつつ私の体を密着させていたので、IT社長のテンションはMAX状態。それですぐ挿入ということになりました。辛抱できなかったみたいです。私はゴキブリみたいな巨大なボディにのしかかられて、とても不快でしたが、ちっちゃなアレを見ていたので、もう恐怖は全然感じません。
「突けるものなら、突いてみろ」
それくらいの気持ちです。そうして身構えていると、IT社長は腰を一回振りました。するとそのまま、イッてしまったらしく、体がビクンビクンとけいれんし始めます。
「????」
私は何が起こったのか理解できませんでした。挿入された感覚もないのです。
それでもIT社長は、発射し終わってグッタリしています。いつの間にか汗をグッショリかいていて、息を「はぁはぁ」弾ませています。そして息絶え絶えになりながらも、
「最高だったね」と言いました。
私には何のことだかさっぱり意味が分かりません。
「ゴキブリがワンプッシュってこれじゃあまるで、キンチョールじゃない」
そんなことを思いついて、ひとりで内心ニヤニヤしてしまいました。
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