第3話 おしゃべり若妻の爆弾発言
30万円。大きな金額ですよね。例えば私が夫と離婚して、子供ふたりを引き取って暮らしていこうとしたら、手取りで30万円以上稼ぐのなんて絶対に無理でしょう。四年制大学を卒業してはいるけれど、たいした資格も持っていなくて、できるのは独身時代にやっていた経理の仕事くらい。たぶんスーパーのレジ係とかならできると思うけど、月収30万円なんて、稼ぐなんて無理だと思います。
だから、私は今の生活を維持するためには、多少イヤなことがあっても歯を食いしばって、我慢しなければならない。
こんな思いを抱いているのは、決して自分だけじゃない。きっと多くの”主婦”と呼ばれている人たちが、同じような悩みを抱えているに違いないのでしょうね。
ある日、久々に同じマンションに住んでいる”ママ友”たちとランチに行ったんです。勝鬨橋近くのリバーサイドのファミレス。眺めがよくて、空調が心地よくて、コーヒー一杯飲んだだけでも、くつろいだ気持ちに浸れる素敵な場所。午後2時くらいのちょっと外した時間帯なら、誰にも気兼ねなくおしゃべりできるお店です。
とはいえ、”ママ友”とのおしゃべりは神経戦だ。以下に自分の弱みを見透かされずに情報を収集するかが肝心です。 例えば、32階の4LDKの部屋に住んでいる田中さんは、ご主人がレストランチェーンのオーナーで、羽振りがとてもよかったけれど、例の新型コロナの影響で会社の売り上げが激減し、今では借金返済で大変苦しい生活を送っているということでした。こういう他人の不幸も、知っていないといつ恥をかくことになるかもしれない重要な情報です。そういう周囲の情報を集めつつ、自分の弱みを見透かされないように、言葉を選んで会話する。なかなか大変な作業なのです。例えばちょっと私が「最近、夫が浮気をしているみたいだ」なんて愚痴ったりしようものなら、「28階の高橋さんのご主人は浮気をしている」という噂が、マンション内に数日で知れ渡る。そして私は、マンション中の女性から、仮に一度も面識がない人からでも、「浮気された可哀想な女」として蔑まれることになるので、注意が必要なのです。
特に私は用心深く行動していて、家庭の事情をできるだけ隠すように会話していました。東京の下町の団地育ちで、女子高に通っていた私は、女性のコミュニティの楽しい反面、恐ろしい面もたくさん見ていて、それでその対策としてできるだけ目立たないようにひっそりと参加する癖がついていたのです。
そんな私には信じられないことですが、自分や家族のことを、屈託なくペラペラとしゃべってしまう女性が意外と多いのです。例えば旦那さんの月収だとか、借金がどれくらいあるとか。女性はある意味本能的に、「マウンティング」、「階級付け」をしてしまう傾向にあるように思います。だからそのネタになるような情報はできるだけ隠さなければならないのです。
それなのに今日参加している清川さんは、なんでもペラペラとしゃべってしまうタイプで、たまにドッキリさせられることがあるのです。まぁ、彼女はまだ20代の”若妻”さんで、ほかのメンバーから可愛がられている存在なので、許されている感じです。
その清川さんが、とんでもない話をし始めたのです。
「19階の早川さんが、人妻ヘルスで働き始めたんですって」
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