かっぺの宴 【エッセイ】
大枝 岳志
かっぺの宴
根暗が自慢の物騒な物書き、あーえだ、いや、大枝です。
本日も薄暗い部屋でしこたま何か書いて過ごしてます。
その昔、僕はとある会員制のホテルでリゾートバイトをしていた事がある。主な仕事はビュッフェ料理の差替と和食板長のゴリラと戦うことだった。
レストラン従業員でのリゾートバイト男子メンバーは5人。
体たらくな僕が寮長という絶望感溢れるむっさいむっさい寮でみんな生活をしていた。
そのうちの二人、ガーシーと尾長くんの事を強烈に覚えているのでここでお話をしたいと思う。
職場であるホテルは会員制リゾートホテルと言えど、立地はかなり悪かった。
麓の駅から車で50分!も掛けなければ辿り着けないような場所で、ホテルへ続く道中には辿り着けなかった死屍累々の山が出来ていたと記憶している。
そんな山深い場所なので、余暇の過ごし方は部屋に篭るか山に篭るかの二択になるのだった。
しかし、そこは山んちゅ達の知恵と努力が花を咲すのだ。
山ぁぬどぅー!宝ー!
と言わんばかりにホテル従業員達は週末の夜になると、車にせっせとガソリンやらDJ機材やら酒やらを積み込み、僕らリゾート男子メンバーを真夜中に拉致してくれたのだ。割とマジで電波少年かと思った。
「あれ、ワタクシ、お埋められに成られるのかしら?」
と肝を冷やすくらいの山奥に連行されると、辿り着いた先では既に多くの山んちゅ達が待機していた。
言われるがまま深夜の山奥にてナタを持たされ、木を切って大量の木をテキトーに焚べると、そこへ寺門ジモンにそっくりなビュッフェ責任者がやって来てガソリンをぶっ掛け、山んちゅの週末の余暇
「宴(UTAGE)」
が始まるのであった。
燃え上がる炎。DJは四つ打ちオンリーの楽曲を大音量で垂れ流し始め、ホテル従業員という名の山んちゅ達は酒を片手に大盛り上がり。中には変な葉っぱをよくわからないけど、吸ったり何かしてる人もいた。
ちなみに僕がリアルで「フォーーーーー!」と叫んで盛り上がる人種を最初で最後に見たのがこの場所だった。
ここでキレたのがガーシーと尾長君なのだった。
ガーシーはバリバリの江戸っ子で、顔も喋りも人生経験もかなりイカツイ人物だ。
小さい頃、中学生のお兄ちゃんの給食袋から何故かピストルが出て来たというアメリカ人みたいなエピソードを持つ人物である。
尾長君はつい最近まで歌舞伎町でホスト(店長)をやってたというイケイケの若者。ホスト時代の彼を特集した雑誌を見せてもらったが、服もアクセも肌もすべてが黒過ぎて、結果的にシルエットみたいになっていたのが印象的なスーパーチャラ系男子だ。
山奥での宴が始まるとすぐにガーシーが青筋を浮かべながら吠えた
「何だよこれよぉ! 俺ぁ眠ぃんだよ! 山燃やして騒いでる場合じゃねぇんだよ! 寝かせろよコラァ!」
それに釣られて尾長君もキレた
「なんスカこれー! マジ最悪っスよ。カッペの宴じゃないっスカー! うわぁ、マジ最悪」
二人は東京出身者という事もあり、夜中にカッペ者に叩き起こされてパーティーに強制参加させられた事が頭に来て仕方ない、と言った様子だった。
実は僕もそこそこ頭に来ていたので手渡されたジーマをそのまま横にあった池にぶん投げたりしていた。
しかし、そんな事では挫けない山んちゅ達は僕らを説得する為にスクラムを組んでわっさわっさとやって来た。
「ほらほらー、せっかく楽しい場なんだから飲まないとー」
「ここから一気に冷えがキツくなるから、飲まないと危ないっつー話! つまり、逆に飲めっつー話!」
「フォーーーーーー!!」
「みんなで思い出つくろうよー! 本当の「宝物」って、目には見えないけどココロで感じられるからー!」
山んちゅ達はそんな風な事を口にしながら、肩を組んで僕らを取り囲み、モッシュ・アンダー・ザ・レインボーばりにぐるぐる回り始めた。
飲もー!フォー!思い出ー!!
飲もー!フォー!思い出ー!!
飲もー!フォー!思い出ー!!
ドーーーーーーーン!!!!!!
ぎゃあああああああああああ!!
という笑ゥせぇるすまんの様な展開で、僕らはしぶしぶ酒を飲み始めたのだった。
全然(僕らだけ)盛り上がらないまま宴が終わり、その翌日を境にガーシーと尾長君は職場に対してやや反抗的になっていった。
ホール担当のガーシーがお客さんとこんな話をしている。
「あら、じゃああなたもアルバイトなの?」
「はい。山奥に軟禁されて働かされてるんスよ。マジでクソなんで、ここのホテルの従業員。ごゆっくりどうぞ」
「あら、まぁ!」
すぐ脇では尾長君が髪の毛を指で弄りながらこんな接客をしている。
「え?マジで?三茶だったら全然会えるじゃん、今度呑み行こうよ!俺と呑んで寝なかったヤツいなかったから多分そうなると思うけど。番号教えて」
思い出して頂きたい。ここは曲がりなりにも「会員制」のリゾートホテルである。
優雅な雰囲気漂う客席から従業員のそんな言葉が聞こえて来たものだから、それはホールで大問題になった。
僕は接客はしない完全に料理専門の従業員だったので、同じ場所で動きつつもインカムのチャンネルは彼らとは違っていた。
すると、差替のリーダーが笑いながら僕にチャンネルをホールに変えてみろ、と言う。
聞こえて来たのは
「あんた達ここを何だと思ってるの!?」
「はい、すんませーん。ガーシーでしたー」
「ちーっす。気をつけーっす。尾長っちでしたー」
「あんた達今すぐ裏に来なさい!」
「忙しいんで無理でーす」
という反抗期真っ只中なやりとりだった。
こじらせまくった二人はとうとう副支配人からも釘を刺されてしまい、ついにホール担当から外される事になってしまった。
二人のホール最終日。
その夜は特別なフルコースを振舞う完全予約制の席の日で、そりゃもう優雅な雰囲気を演出しようとコチラも必死だった。ビュッフェとは異なる接客、笑顔の作り方、挨拶の返し方が求められるので、僕もなんだかガチゴチになりながら必死になって突発のご案内係を勤めていた。
ちょうどその頃。メンバーを外れたガーシーと尾長君はレストランの裏手で不用品の整理を命ぜられていた。
薄暗い裏手でヤンキー座りしながら電気スタンドやら机やらを並べ替えている二人の元へ、事務員がとあるお願いをしにやって来た。
「このダイソンの掃除機なんですけど、ノズルがハマらくなっちゃって……戻せますか?」
この時、二人は事務員さんの可愛さに負けて二つ返事で請け負ったそうだ。
しかし、それがとんでもない事件を巻き起こすのだった。
レストラン内は物凄くお上品な雰囲気が漂っていて、従業員の人達も皆、穏やかな笑みを絶やさず……と言った様子であちこちに立っていた。
僕だけが一人、変なニヤケ面(穏やかな笑みのつもり)をしてボーッと突っ立っていると、荘厳なクラシックのBGMの隙間から妙にテンポの良い何かがうっすらと聴こえて来るではないか。
ちゃーんちゃん、ちゃんちゃかちゃーん
ちゃーんちゃん、ちゃんちゃかちゃーん
そのリズムと声はどんどん大きくなって行き、こちらに近付いて来ているようにも聞こえる。
いや、これは確実に近付いて来ている。
ちゃーんちゃん、ちゃんちゃかちゃーん!
ちゃーんちゃん、ちゃんちゃかちゃーん!
すると、食事中だったお上品なお客様達もさすがに異変に気付いたようで、皆がナイフとフォークを手にしたまま辺りをキョロキョロし始めたではないか。
ちゃーんちゃん、ちゃんちゃかちゃーん!
ちゃーんちゃん、ちゃんちゃかちゃーん!
なんだ、こんなBGMは無いはずだぞ……
しかも、心なしがお下品に聞こえるんだけど……
僕は嫌な予感がして副支配人に目を向けると、副支配人は何かに気付いた様子で裏手にサッと消えて行った。
その頃、裏手にいたガーシーと尾長君は大盛り上がりに盛り上がっていた。
ダイソンの掃除機のホースを股の間に通した尾長君は、その状態のままガーシーに言った。
「ガーシー、ほら! ノズル入れちゃって!」
少し遠くにいたガーシーが返す。
「おめぇ遠いんだよ! こっちまで来いよ」
「あーうっせぇなぁ。分かったよー」
尾長君は何故かそのままの体勢で両手でホースを掴み、ガニ股になって前進し始めた。
尾長君と共に動き出す掃除機を見て、どうやらガーシーも楽しくなってしまったようだ。
素直にノズルを入れりゃいいものを、楽しくなった二人はノズルを手に拍子をつけてこんなコールを叫び始めたのだ。
「いっちゃってー!」
「はい!」
「いれちゃってー!」
「はい!」
「ガーシーどんどん入れちゃってー!」
「はい!」
「いっちゃってー!」
「はい!」
「いれちゃってー!」
「はい!」
「ズッコンバッコン入れちゃってー!」
「はい!」
「雅」と名付けられた特別厳かなディナー空間に響き渡る「ズッコンバッコン」の破壊力を想像してみて頂きたい。
ざわざわ……とし始める客席。BGMを流す有線の機材を焦って弄り出す従業員。
客席の顔は曇り出し、薄ピンクのサングラスを掛けたご婦人なんかは取り乱して吐きそうな顔まで浮かべる始末だった。
そうとは知らずに「いっちゃって大行進」を呑気に続けていた二人の声はドンドン大きくなって行き、副支配人に後頭部をブン殴られるまでその声は続いたのだった。
僕は今でもあの時の光景があまりにシュールで思い出し笑いをする事がある。
従業員の内輪のパーティーを「かっぺの宴」と吐き捨てたあの二人の勇姿を、どうか心の中で思い浮かべて頂けていたら幸いである。
かっぺの宴 【エッセイ】 大枝 岳志 @ooedatakeshi
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