第3話 工事
最初、新大利根橋に乗る方法がわからなかった。
目の前の、橋に続く道があり登ってみるが、門が閉じており入れない。
しょんぼりしながら降りてきた私に、年配のロードバイク乗りの方が
「そこからは橋に乗れないよ」
と教えてくれた。
「どこからなら登れますか?」
「反対側からなら登れるよ」
お礼を言った私は、一度橋の下をくぐり、逆サイドから橋を見上げた。
最初に登ろうとしていた場所と同じように、橋に続く道があるが、こちらは閉じられていない。
危ないところだった。100kmの道のりが、いきなり5km足らずで終わるところだった。
新大利根橋を渡る。ゴールデンウィークの中盤の初日だけあって、朝8時ごろから道が渋滞している。主に、千葉から茨城側に向かう方向がだ。
新大利根橋を渡り終えると、茨城側の利根川サイクリングロードを走る。小さなゴルフ場が右に見える。こちらも盛況なようで、多くの人がコースを回っているのが見えた。
それにしても、茨城側のサイクリングロードも道が綺麗で広く、とても走りやすい。最高の気分だ。序盤からこんなに楽しくていいのだろうか。
ユーノ君っぽいイタチには2匹遭遇した。動きがかわいい。だが、近づくと逃げていく。良い傾向だ。下手に人間に餌付けされたりして、人が現れるたびにサイクリングロードに出てくるようになってしまうと、自転車に轢かれるなどの不要な事故で命を落としてしまうイタチも出てきてしまうかもしれない。
晴天と綺麗なサイクリングロードと豊かな自然を満喫しながら走る。
しかし、その喜びは4km足らずで終焉を迎えることとなった。
堤防の補強工事のため、サイクリングロードが途切れていたのだ。
いやいや、まさかそんなご冗談を。行こうとすれば、なんとか行けるんでしょ?などと思いながら、通行止めの柵の向こうを覗いたり、周囲を走り回って抜け道がないかを調べてみる。
残念ながら、サイクリングロードだったと思われる道には、巨大なユンボショベルが鎮座してしている。そのほかの抜け道もなかった。
仕方なく、一般道に出て、サイクリングロードへ戻る道を探しながら走るが、サイクリングロードがどこから再開しているかもわからず、土地勘も全くないので、散々迷子になった挙句、最終的に千葉へ戻る予定の大利根橋まで一般道を走ることになった。
こんなことだったら、最初から千葉側の一般道を通っておけばよかった、と後悔するが、全ては事前の下調べを怠った私の自業自得だ。
多少、想定より時間を要したものの、今日は時間にたっぷり余裕を持って家を出てきたため、大したロスではない。
大利根橋で千葉側に戻り、多少車通りが多く危険な場所を通ることになったが、なんとかサイクリングロードに乗ることができた。
風は相変わらず追い風で、ペースも悪くない。ドリンクボトルの水も余裕がありコンビニなどに寄って給水する必要もない。
コンディションも悪くない。朝は腹持ちがいいパスタを1.5人前食べてきた。消化に時間がかかる分、体力も持続するはず。専門家じゃないから知らんけど。
ここで、千葉側の利根川サイクリングロードを走っているはずなのに、一瞬茨城県に入る。利根川の千葉側に、一部だけ茨城県の取手市が入ってきている。確か、どこかで聞いたことはあった。江戸川と利根川に挟まれた千葉県は、実は島なんじゃないかという説だ。
結論は、一部だけ利根川のこちら側に茨城県があるため、他県と地続きになっているということだった。ちなみにもうちょっと上流の千葉県野田市のあたりでは、利根川の向こう側、茨城側に千葉県の場所があるらしい。
そんな千葉側の茨城県を走っていると、小堀の渡しという看板が出てきた。現在でも利根川で渡し舟をやっているようで、非常に興味を惹かれたが、ロードバイクを走らせる爽快感に勝てず、スルーしてしまった。今度行った時は、必ず立ち寄ろう。
関係ないが、江戸川の方に、矢切の渡しというものがある。演歌にもなった渡し舟の跡地のようだが、亡くなった母がよく口ずさんでいたのを聞いただけだった私は、「夜霧の私」だとずっと思っていた。
しばらく走り続ける。相変わらずの晴天、相変わらずの追い風。ロードバイクを走らせるのに、これ以上の環境はあるだろうか。
途中、何人か人を追い抜く。追い抜く時は、慎重に、減速しつつ、お互いの危険がないぐらいの間隔をあけて、抜いていく。
急ぐ必要もない。多少時間がかかっても、リスクのない抜き方をする。私はこの考えを、F1ドライバーのアラン・プロストから学んだ。
しばらくすると、利根川ゆうゆう公園、デイキャンプ場が見えてきた。
ちょっと前に、柏市近郊でソロキャンプをする場所を探していた時に、最初にヒットした場所だ。ただ、デイキャンプ専用のキャンプ場であって、お泊まりはできないので、お昼に子供たちと遊びにいくのに丁度いいかな、と思っていた場所だ。
芝生が綺麗に整備されていて、とても居心地が良さそうだった。
パシャリ、と写真を一枚撮り、先に進むことにする。
果てしないサイクリングロードを、無心で走り続ける。家族の事、仕事の事、あらゆる事柄から解放され、ひたすらサイクルコンピューターの数字だけを見ながら走り続ける。
家族がいて、仕事があり、ありがたいことにコロナ禍の中でも安定して収入も得られる。しかし、そういった恩恵を得られる分、家族にも仕事にも雁字搦めにされ、自分というものを見失いかけたことも一度や二度ではない。
背負っているものの重さに、逃げ出したくなることなどしょっちゅうだ。だが、多かれ少なかれ、大人というのはみんな同じ思いをして生きているのだ。これは子供たちが成人するまで、仕事を定年退職するまで続くものなのだろう。
しかし、背負っている重荷に押しつぶされるのを我慢できる期間が半年であれば、半年ごと、1年我慢できるのであれば、1年ごとに気持ちをリセットする必要がある。
人間の耐久力にも限界はある。
どこかでこういう時間は必要なのだと思い定める。
どこまでも続くかのように見えるサイクリングロードをひた走る。
この先私は、ここまでの人生で見たことがないものに遭遇することになるのだった。
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