第3話
真っ白な絹から出てきたのは、対照的に真っ黒な鞘に納められている刀だった。
そして、その刀から何故か声が聞こえており、俺に問いかけてきている。
『さて、俺で何奴を斬りたい? 』
刀の言葉を反芻してみるが、どう答えればいいのか。
そもそも、なんで俺が刀を振るう事前提で事が進んでいるのか訳が分からない。
『呆けた顔だが、お前は俺を求めに来たのではないのか? 』
「は? 」
思わず声が漏れたが、なにか勘違いをしているようだ。この意味わからん状況で俺は正直な疑問をぶつけてみる。
「あのさ、少しいいか? 」
『なんだ』
「俺はアンタのような喋る刀を知らないし、何かを斬りたいなんて思った事もない」
『なに? 』
「だからさ、アンタを見つけたのは爺さんの遺品整理――まあその、偶然ってやつなんだ」
『……』
俺の話を聞いた刀は一時無言になり、だがすぐに俺へと言葉を放った。
『偶然かどうか、まだわからない』
そういうと刀は俺に質問をした。
『お前、遺品整理がどうこう言っていたな。最近身内が死んだのか?』
「あ、ああ。爺さんがな、育ての親なんだ」
『ほう、育ての親か。実の親はどうした。』
「俺がガキの頃に事故で、って聞いてる。覚えていないんだ」
『成程。そのあたりか』
ひとり納得した雰囲気の刀は、自身を包んでいた白い絹を手に持つようにと、俺に命令する。
『その絹を頭に巻け』
「は? なんで」
『やれ』
「まあ、いいけどさ」
有無を言わさないその言葉の強さに、俺は従う。
そして――
「――痛っ! 」
絹を頭に巻いて直ぐ、激しい頭痛が襲う。咄嗟に俺の身体は、頭を抱えながら、床の畳に身体を預けた。
「ああぁアア゛ァ■■■■ーー! 」
耳鳴りのように聞こえる自らの叫び声が、頭痛を助長する。
そんな獣の様な叫び声を他人事の様に聞きながら、俺は意識を手放した。
◇
意識が覚醒していくと共に、身体から伝わる畳の感触に疑問を感じた。
長い夢を見ていた気がする。昨夜は何時寝たのだろうか?布団は何処だろう。寝起きの頭でそんな事を考えながら、目を開けた。
窓から差し込む朝日が今居る部屋を照らす。
ここは爺さんの部屋だ。
「ああ、思い出した。アレって夢じゃなかったのか」
ここで昨夜の出来事を思い出す。
それは、あまりにも非現実的で、質の悪い悪夢を見ていたとしか思えない内容だった。
だが、自分の寝室では無く、爺さんの部屋で目覚めた事や、部屋に置いてある蓋の空いた木箱、それ等が悪夢の内容と一致し、昨夜の出来事が現実だった事の証拠として目に映る。
『目覚めたか』
「うわっ! 」
木箱の真横に横たえられた刀。その刀から聞こえてくる声に身を構える。
昨夜の悪夢が現実だった事を知っていても、刀が話しだす事象にビビってしまう俺。
だが、そんな俺を気遣うようなセリフを刀が発した。
『頭痛はどうだ?』
俺の体調を気にしたそのセリフに驚きながらも、ここ数日ずっと悩まされていた頭痛が消えている事に気づく。
「そういえば全然痛くないや。昨夜は痛すぎて気絶したってのに……」
『ふむ……確認したいのだが』
「なんだよ」
『お前の両親の死因はなんだ? 』
「死因? 事故でって――あれ? なんだコレ」
『……』
刀が俺に問いかけた、両親の死因。昨夜と同じように死因は事故だ、と言えば済む話なのだが、どうもおかしい。
俺が両親の事を思い出そうとすると、今までに思いだせなかった記憶が浮かびあがってくる。
「父さんと、母さんは事故で死んだ。そう聞いたんだ」
俺のそんな呟きは、頭を整理する為だろう、勝手に口から洩れる。
「違う、アイツが殺した。俺は見たんだ」
一方、両親の最期を目撃した記憶が、存在している。
突如湧いて出た記憶。全く違う二つの記憶が混在している事実に混乱する。
『その反応。大方、真実の記憶が蘇ったか』
突如湧いて出た記憶。その記憶が正だと刀は言った。
「そっか」
そして、自分自身も不思議とそれが、真実だと納得できてしまった。
同時にある疑問が浮上する。
では、間違った記憶はいったい何処から生まれたのか。何故、先程まで真実を忘れてしまっていたのか、という謎。
だが、俺がそんな事を考えてる事などお構いなしに、刀は俺に話を振る。
『それにしても、ここの家主、お前の爺さんだったか……食えない奴だ。俺を基点に簡素な結界を作り、それが家全体を守るように張り巡らせていた』
「え? 」
思考が止まる。
何故、刀は爺さんを認めるような発言をして、さらに爺さんがオカルト側の人間の様に話を進めているのだろう。
『俺の封が解けた事で、結界も解けてしまった訳だが……成程。中々に厳格な性格の様だな』
そう一人で納得し、
『おい! お前』
刀が俺を呼ぶ。
「な、なんだよ」
『名を言え』
そういえば、お互い名前を知らなかった、と思い出す。
「お、俺は武内。武内祐樹」
『では、祐樹。俺を手に取れ、急げ』
なんで? と思いながらも、木箱の横に居る刀を手に取った。
「結構重いんだな刀って」
『……』
「それで、お前の名前はなんだよ刀」
『俺はカイ。そう呼ばれていた』
「ふーん」
『それはそうとして、そら、
カイという刀が、発した忠告と同時に、俺の耳は部屋の外、廊下から物音を拾った。
――ギシィ。
思ったよりも近く。部屋と廊下を隔てる障子扉の直ぐから聞こえた。
誰かいる。
緊張感が広がり、心臓が早鐘を打つ。そして、体温が上がり、息が上がる。
そのような恐怖の中、なんとか、カイの助言通りに刀を抜き、切っ先を廊下へ向けて構えた。
――ガシャ!
障子を破って侵入者の姿が現れる。
「――ミイラ!?」
そう俺は声を上げた。
男物のビジネススーツから覗く、干からびた肢体。窪んだ眼窩に生えている、濁った眼球は、こちらに向けられている。
水気も生気も感じないその姿はまさにミイラ。
だが、そのミイラは動いている。敵意を持って。
紅空の刀剣 無名瀬 憩 @munaseikoi
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