第2話 

『——ありがとうございます。この電車は——です。次は、竹林。竹林。お出口は右側です』


 聞き覚えのあるアナウンスに目を覚ます。

 軽く周囲を見回すと、目の前にはスマホを弄る仕事帰りのサラリーマンに、少し離れた向かいの席には化粧直しをしている女性が座っている。


 どうやら、電車内で寝てた様だ。

 ……はて、俺はいつ電車に乗ったのだろう。バイトが終わり、帰路へついた事は覚えている。だが、歩いて此処まで来た記憶がない。

 相当疲れていたって事でいいのか?実際寝ていた訳だし、頭痛も酷い。今もズキズキと痛いし、なにかの病気なんて事じゃなければいいのだが。


 と、思考を止めて慌てて電車内の車内案内表示装置を見る。車内案内表示装置には次の停車駅の名前が書いてある。


【次は、竹林、です】


 よかった。乗り間違えはしていない。


 俺は竹林駅で電車を降り、駐輪場に停めていた自転車に乗り家路を急いだ。



 住宅街から少し離れた場所に武内家はある。屋敷門で囲まれた我が家の外観は、まさに武家屋敷。爺さんが地主故の広い家なのだが、今は俺が1人で持て余している。


「ただいまー」


 引き戸の玄関を開けて声を上げるが、帰ってくる声は無い。真っ暗な廊下が続くばかりだ。


「寂しいもんだなぁ」


 廊下の灯りを点けて独り言ちる。3日前までは爺さんがいて家の灯りも点いていた。どこか居心地の悪さを感じながらも、自室へと向かった。


 部屋着に着替えて、居間へと向かう途中、爺さんの部屋前でふと、立ち止まる。

 爺さんの遺品整理だが、勇作の父親が今度手伝ってくれる事になっている。だが、葬儀の事で多くの負担を勇作父に補ってもらっている以上、身内である自分が遺品の仕分けをしておくべきだろう。


 爺さんの部屋に入る。

 畳の上に畳まれた布団、年代物の茶タンスに壁掛けられてる着物など、“和”に傾倒している部屋だ。屛風びょうぶの裏には押入れがあり、俺はその中の荷物を部屋へと出した。


「なんだこれ」


 思わず、そう声にだしてしまうほどの代物が出てきた。

 年代物の札が貼られた、これまた年代物な細長い木箱だ。札には大きく【封】と書かれた文字。明らかにオカルトな代物である。


「見なかったことにしよう」


 君子危うきに近寄らず。俺は物騒な木箱を押入れへと戻そうと手を伸ばした。

 すると——


 ——ビリッ。


 突如、紙が破ける音がした。そんなバカな、と思いながらも嫌な予感がして木箱を見る。

 なんということだろう、【封】と書かれた札が綺麗に真っ二つになっていた。


「嘘だろ、これってアレか?俺ってば呪われちゃう?」

『馬鹿なのかコイツは』

「えっ!?」


 聞き覚えのない声に緊張が広がる。


「……」


 はっきりと聞こえた罵倒の発生源を探すように、部屋中を見渡す。頭の中は大混乱で、《家宅侵入》、《泥棒》などといったワードが浮かび上がっている。

 そんな混乱している俺の姿が見えているのか、謎の声は楽しそうな声色を上げた。


『その反応、俺の声が聞こえるな?イイな、今回は見込みがありそうだ』

「何を」


 謎の声を聴き、部屋を出る。廊下から改めて部屋内を見渡すが、部屋には誰も居ない。

 では、この声は何なのか。


「オイッ!何処だ!家から出ていけ、警察呼ぶぞ!」

『ハッ!とぼけているのか?封を解いた張本人だろうに』

「は?封だって?」


 それは、先ほど破けた札の事だろうか。


『どのくらいの年月が経ったのか、いずれにせよ、世にはまだ魑魅魍魎ちみもうりょうの類が跋扈ばっこしているのか』


 爺さんの部屋内には、遺品整理して出てきた品々が鎮座している。


(おい嘘だろ)


 そして、気づいてしまった。

 謎の声は、件の木箱から聞こえてくる事に。


『さあ、箱を開けるがいい。それが目的なのだろう?』


 謎の声に促されるまま、木箱へと手を伸ばす。

 そして、湧き上がる、抗いがたい魅力。木箱から目線が外せない。


 箱を開けると、純白の絹に包まれた細長い物品が納められていた。

 先ほどまで日和見だった時とは打って変わり、興味が勝った俺はすぐに、絹を広げて中身を確認した。


カタナだ……」


 真っ白な絹に包まれていたのは、黒い鞘の刀。


『さて、お前はで何奴を斬りたい?』


 目の前の刀が、そう俺に問いかけた。

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