紅空の刀剣

無名瀬 憩

第一章 カタナ

第1話

 授業の終了と放課後を告げるチャイムが、校内に響き渡ると同時に、生徒達が活気づく。我がクラスも例にもれず、生徒同士で今後の予定を話し合ったりと、賑やかな様子を見せている。


 そんな中、帰り支度を進めていた俺こと、武内祐樹たけうちゆうきに、話しかけてくる男子生徒がいた。


「おい、武内。どうする?」


 この、言葉足らずで話しかけてきたのは、久木勇作ひさきゆうさく。サッカー部の主将で、女子からの人気も高いと噂の、所謂クラスの中心人物だ。そして、家が寺という徳が高そうな男でもある。


 勇作が言いたいことは分かっている。なにせ、俺の席の前でもう一人の友人と話していたからな。


 内容は、「今日、明日と泊り掛けで遊ぼうぜ」と、いうものだ。まあ、残念ながら返答は決まっていた。


「悪い、バイト入ってる。勇作は部活休みなのか?大会近いんじゃなかったか?」

「あー、武内知らねえのか。だよ。神隠し」

「は?」


 あまりに現実感が無くて突拍子もない話に驚いていると、その様子を見た勇作がため息を吐いた。


「はあ、今朝のニュースにもなってるし、ホームルームでも話があったぞ。そんで部活は中止、早く帰れってさ」

「知らなかった……」

「そういや武内、今日遅刻してたな。珍しいけどなんかあった?」

「んー。爺さんの葬儀でな。あんまり寝れてないんだ」


 この俺の言葉に、今度は勇作が驚いた。

 逝去や安置、今後の葬儀までの手配を勇作の父親がしてくれたので、大分助かった。

 息子なら知っていると思っていたが、親父さんが気を利かせてくれたのだろう、黙っていてくれたようだ。


「おいおい、初耳だぞ。俺ん家、寺だってのに」

「まあ、言いふらすものでもないだろ。——イテッ」

「突然頭抑えてどうした」

「あー、昨日からなんか頭痛がするんだよ。そのせいで満足に眠れねえ」


 寝不足のせいで少々口調が荒くなるが、勇作は気にした様子もなく俺の心配をしている。


「身内が亡くなったんだ、体調を崩して後を追う様に、なんてよくある話なんだから、病院いっとけよ」

「おう。頭痛薬は持ってるから、それ飲んで効かなかったら病院行くよ」

「そっか。暇な日でいいからさ、線香あげさせてくれ」

「わかった。ありがとうな」


 しんみりしてしまった。さて、なんの話をしてたんだっけか、と俺が考えていたところで勇作が、「ん?」と、何かを思い出したかのように俺へと質問してきた。


「なあ。お前さんってお爺さんと2人暮らしだったよな?」

「ああ」


 俺の両親は事故で逝ってしまったらしい。「らしい」というのはその事を全く覚えていないからだ。

 気づいたら、両親の知り合いだった爺さんが俺を引き取ってくれた。つまり、爺さんは俺の親代わりであった訳だ。


「じゃあ、今あの武家屋敷に1人って事か?」

「まあ、そうなるな。ってか武家屋敷言うな」

「いや、今時個人道場持ってる平屋だし」

「うっせ」

「それでさ、転校しちゃうのか?」

「ん?ああ――」


 やっぱり、勇作は一言少ない。

 俺はまだ学生なので、死んでしまった両親の親戚や、爺さんの身内などに引き取られる事を心配しているのだろう。

 でも――


「――大丈夫。俺、残るよ」

「え、いいのか?」

「ああ、もう高校3年生になったからな。卒業までなら問題ないだろう、ってなった。ぶっちゃけ、今から他校に転入なんてしてたら進路決めも遅れるだろうし」

「よかった。そうだよな、俺等3年だもんな」

「そうそう。さて、俺そろそろバイト行ってくるから」

「おう。じゃあな!」


 そして、俺は学校を後にしバイト先へと向かった。

 この町で誘拐事件があった事も忘れて。


 ●


 藤ノ坂市。

 人口約48万人強。駅周辺は近代的に栄えているが、車を少し走らせれば高層建築が見当たらない、よくある都市。


 そんな藤ノ坂市で住民の多くが注目する事件が起きている。

 それは、【神隠し】だ。

 藤ノ坂市は、ある程度人口が多い。ただの行方不明事件なら多くの人が、対岸の火事とでも思うだろう。

 しかし、行方不明者は日に日に増えていき、目撃情報も無い謎の失踪事件にメディアは神隠しだと囃し立てた。


 市では、毎朝ニュースで注意喚起を促し、教育機関は部活動の自粛を薦めている。

 それでも、全員が危機感を覚える事は無いのだろう。だから、今日も人知れず誰かが消える。


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