第22話 商人見習いの大仕事(上)




「なるほど」


 聖母ことクリスタ様は紅茶を一口含み、目を閉じたまま言う。


「素敵な話ですね」


 両手を合わせて、

 また聖母に若干似合わしくない親戚なおばちゃんの笑みを浮かぶ。


「それでしたら私も知り合いに声を掛けてみますか」

「ありがとうございます」


 祭壇の横にあるこの準備用の部屋は、

 今やすっかり私とクリスタ様、

 そしてルリア専用のたまり場…は流石に言葉は悪いか。

 お話する時の行きつけの場所となっていました。


 厳しく育とうとする爺さんと比べて、

 私に甘いおばあちゃんのヒントは実にシンプルだった。

 二か月後、秋の祭典。つまり収穫祭の事だ。


 二か月後の収穫祭は、国内三大祭典の一つ、

 教会にも色々と忙しいだろうけど、

 それでもクリスタ様は私の掛け合いに応じてくださった。

 ついでに私のを最大限に利用して、

 爺さんからの課題をうまく運ぶようにお願いしてみた。


「レンディア孤児院の子供たちのことをこんなにも考えてくれて、ハムンタロート、やはり貴方に任せて正解でした」

「いえいえそんな、私はただ自分でも出来ることはないかと考えただけですから」


 孤児院にいる妹たちの事にしてあげられることは、本当にごくわずかだ。

 でもそのごくわずかの事でも、私はしてあげたい、お兄ちゃんとして。


「上手くいくといいですね」

「きっと大丈夫です、クリスタ様のお力添えいただいたおかげで、きっと万事上手くいきますよ」

「あらお上手」


 上手くいけば、爺さんからの課題の回答、

 孤児院の子供たちの助力、

 今までなにもしてやれなかった二人の妹に、

 ちょっとはいい方向になれるかな。

 頑張ろう、うん。


「フローラルに…ビビアナでしたか」

「はい」


 あの二人の女の子のことは、もちろんのことクリスタ様に報告した。

 方や旧知であり、昔の同僚であり、友人だったカーラさんの娘、

 方や故郷に追われ、頼れる親も、行き場の無いエルフの子。

 聖母であるクリスタ様は、思うところないはずもなく、

 瞼を閉じ、しばし沈思ちんしした。


「フローラルは…どんな子でしたか?」

「まだ一回しか会ってないですが、そうですね。他人の事を想う優しい子です、目元と髪色が母に似てて可愛い女の子ですよ」

「そうですか…」


 クリスタ様は少し寂しように微笑む。


「クリスタ様がカーラさんの事を案じているように、カーラさんもクリスタ様のことを大事に思っていますよ」

「…はい」


 世間や環境のせいで遠く離れてしまった二人でしたが、

 きっとこの二人はずっと相手の事を大事に想っているのでしょう。

 もし機会があれば、この二人にも会わせてみたいものです。


「勇者様に合わせたいという話でしたわね」

「はい」

「ビビアナ…ちゃんに勇者に合わせるべきなのかは、私にも判断がつきません。ですが、そうですね…会ってどうするかを先に確かめるべきかと」


 あのこは本当にただ父愛を求めるためにやってきたのか、まだ分からない。

 それでも父親を探しに一人でやってきたビビアナを、

 その願いをできれば叶えてあげたいけど、

 実際あの勇者と会って、良い影響になるのか、

 それとも悪い方向に転ぶのかは分からない。


「フローラルは父親の事について知ってますか?」

「直接聞いてなかったが、恐らくは知らないです」

「でしたら、あの子に合わせるかどうかのも、まず本人の意見を聞いてからでないとですわね」


 確かに。

 そもそもフローラルは両親の事についてどれくらい知っているのかも、

 まだ聞いたことは無かった。

 初めて会って私の顔に驚いたのも、他の子供と同程度だったし、

 父親の事についてはしらないはず、

 何時かちゃんとフローラルとも話を聞いてみないと。


「でもそうね…合わせるかどうかはともかくとして、会いたいという結論になるようでしたら、私の方からも連絡してみましょうか」

「本当ですか!ありがとうございます!」

「そう喜ばないでくださいね、本当に会えるかまだ分からないですから」


 クリスタ様は眉をしわ寄せて苦笑する。


「私も、勇者様はどこにいるか把握出来ないですもの」

「そ、そうですか…」


 妻である聖母様でも、あの人の行方は知らないようだ。


「私が出来ることと言えば、ラティファ様に手紙を出すことくらいでしょうから」


 かつて勇者様一行が魔王軍を退け、大陸に平和を齎したとき、

 国王からの救世の褒美として、愛娘であるラティファを嫁がせた。

 この国の人間ならもちろん誰にも知っていること。


 風の噂だが、

 領主が”多忙”でよく不在であるカルタ領の運営を任されているらしい。

 どの道、平民で出身も不明とされている私たちは入れそうにない。

 だがもし、クリスタ様あたりの伝手を頼ればあるいは…


「ありがとうございます!」


 私は深々と頭を下げた。


「私に畏まり過ぎよハムンタロート、もっと楽にしていいから。それと、これはあくまで代替案でしょ」


 そうだ。

 結局どこにいるか誰にも分からない勇者の居場所を探すより、

 必ず出席してくる収穫祭で待ち伏せた方がいいという結論を付け、

 このような作戦を考えたわけだ。


 私は別に勇者と会いたくはないが、妹たちの事を考えると話は違う。

 せめて妹たちには、ちゃんと父親として愛を受けて欲しい。

 勇者にとっても、生意気で可愛くない、会いたく息子よりは、

 可愛い娘の方がいいだろう。


「では私はこれで」

「あら、もう時間でしたか、残念」

「近いうちに、また来ます」

「うん、次はルリアにもいっぱい話してあげてね」


 話を付け、私は早速レンディア孤児院に向った。


 独りよがりのお節介なのは、承知の上だ。

 こんな事は、妹たちにも、誰からにも頼まれてない、

 すべては私は自分の頭に掛かる靄を払うために動いたにすぎない。

 だがこんな僅かな事も妹たちにしてあげられないようでは、格好悪すぎる。


 だからせめて妹たちの前では、格好つけさせてほしい。


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