第21話 遅れてやってきた贈り物
カラーン カラーン
「ありがとうございました!」
今日もうち道具屋は、繁盛とまではいかないが、
売り上げの伸びに困るほどでもない、つまり平常運転。
「うん、これは…」
客を見送った母はカウンターに近付き、私の手元を覗いた。
「タロート、タロート?」
「え、なに?」
「ちょっと、これどうなってるの?」
「あっ…」
母の声で帳簿を目に落とした。
なんだこれは…数字と項目の順番がめちゃくちゃになっている。
「やっぱり疲れてる?誕生日でナターリアに飲まされたのまだ効いてるのかな?」
「いつの話ですか…」
それにお酒はもう一昨日のことで、とっくに体調に影響しなくなった。
いまこうしているのは、別の原因だ。
自分でもわかる、いまの私はどうかしている。
「大丈夫です、仕事ですから」
「お客さんの前では普通にしているようだけど、もっとしっかりしないと」
「…はい」
仕事中はもっとちゃんと集中しないと、
分かっているつもりだが、
どうにも昨日の事を考えないようにするのは、難しい。
「この調子では店頭任せられないな」
私から筆を取り上げ、母は言う。
「っ!しかし…!」
「タロート」
「あっ…」
母さんは私の頭を撫で、微笑みかけてきた。
「あとは私に任せて大丈夫だから、ね?」
「…うん」
「よろしい!」
母の優しい笑顔に抗えず、カウンターから出た。
今日の仕事は他には…
倉庫の整理、備品の点検と…
いてっ!
「タロート?」
「へ、平気、ちょっとぶつかっただけ」
棚にぶつかった頭を擦りながら、速足で庭に出た。
「はぁ…」
何やってるんだ私は…。
そうして倉庫を整理を終わり、ほうきを持って店の前を掃除しようと出て来た時。
ぱかぱかと馬の
「タロート!」
その真っ先に親しんだ声に呼びかけられた。
「あ、爺さん、おばあちゃん!」
数週間ぶりに見た顔に、嬉しさのあまりに走り寄った。
「おかえりなさい!」
「ただいまータロート、元気にしてた?」
「う、うん!」
「ああ、ようやっと戻ったわ。店は潰れてねぇか?」
「へ、平気だよ爺さん。それより、これは?」
馬車に山ほど積んだ荷物を見る、商談のついでで載せる量じゃない。
「なにボケたこと言う」
爺さんは口をにぃという形を作り笑いを見せる。
「こいつは、今回の課題だ」
「か、課題?」
「なにぼーとしおる、さっさと運ばんかい!」
「は、はい!」
祖父の喝の声で、体が先に動いた。
「ちょっとジュード、厳し過ぎよ」
「ふん、おーいメリル、ロア、帰ったでー」
そんな声にも顧みず、爺さんは家の方に歩いた。
「もうジュードったら」
ついさっきまで倉庫の整理していたので、
その山ほどの荷物を置ける空いてるペースは確保できるはず。
そんなことを考えながら、馬車から荷を降ろし始めた。
「タロート、この数週間は家を任せちゃって、大変じゃなかった?」
「ううん、平気、母さんもいるし。それに爺さんにもしっかりと鍛えてられてきたから」
ずっと優しい笑顔を見せてくれる祖母に、
力コブを作って見せる、小さいけど、うん、ちゃんとある、よ?
「ごめんね、もう少し早く帰れるはずだけど…はい、お誕生日おめでとう」
荷車から引っ張られ出たのは、目新しい鞄でした。
「こ、これは…」
祖母から渡され鞄は、色合い、光沢とその触り心地から、
結構上質な革で作られてるのわかる、縫い目もしっかりと固定されてる。
「背負ってみて」
祖母に促されて鞄を背負う。
「似合ってるわよ、うん流石は私の孫、かっこいいわね」
「すご、軽い…」
「それだけじゃないよ、中を見て」
鞄の留め具を開けて見ると、中は三層構造になっている。
「…っ!これ、ポケットがいっぱいある!」
まるで手品のように、シンプルに見えて用途が多い収納空間があり、
内蔵されたポケットがたくさんだ。
こんなすごい鞄初めて見た!
「あ、でも鞄は…」
いままで使っていた鞄は譲ってもらった中古の、
しかも留め具すらない安物でしたが、
商人の見習いになってからずっと使ってきたから、
色々と、思い出が残されている。
「うん、タロートは物持ちはいいけど、そろそろ新しいのを使うのもいい頃でしょう」
「でもこれ…高いじゃないですか?」
「金勘定の出来るいい子ねぇ。でも心配ないよ、これは私たちからのプレゼントよ」
「おばあちゃん、たちの…」
「普段ああいう態度だけど、ずっとあなたたちの事を想ってるんだよ」
爺さん…
心に掛かった靄も、頭でぐちゃぐちゃ絡み合ってる糸が、
その優しい声にほんの少し紛れた気がする。
「あなたのお爺ちゃんはね、これを買うために何時間も値切りを粘ったのよ」
じ、爺さん…
「でもまあこれくらいの出費なら、すぐタロートは稼いでくれるさ、ってね」
祖母は山の様な荷物を見て言う。
「あの、これは一体…」
爺さんが言う課題とはなんだろう?
まさかコレを捌くのは…私?
山のような積み荷を見て冷や汗を流す。
「ジュードには悪いけど、ふむ…」
祖母は外の景色に目を向く。
「樹木の葉も黄色くなり始めて来たし、そろそろ寒くなりそうね」
「それって…」
「ふふっ、後は任せたわね、タロート」
そう言い残して、祖母も家に入って行った。
予想外の重労働が入り、午後の予定埋まってしまった。
倉庫への搬入はようやく終わる頃、
もうとっくに昼が過ぎてしまった。
体と頭を忙しさに任せて気を紛らせようとしていたが、
一人になり、また心の奥からざわつきはじめる。
もちろん、あの子たちの事だ。
考えないようにするのは、無理だ。私の妹だからな。
フローラルの事、あの子とは昨日会ったばっかりだけど、
本当に優しくていい子だよ。
そんな子が産まれてずっと、孤児院で育てられてきた、
自分の妹が、まさか孤児院で、ね。
母と一緒に過ごしてきたとはいえ、
自分の母親はカーラさんなのかはその辺理解あるのかは聞いてなかった。
聞くべきかは判断できない、
例え聞くとしても、カーラさん経由の方がよさそうだ。
ビビアナの事、数度会ったが、ちゃんと話を聞けたのは昨日が初めて。
あの子がエルフだって事、これまで町での生活の事、盗みを働いてた事。
残された道、唯一頼れるかもしれない父親を探しているの事。
エルフについてはよく知らないが、森に、故郷に戻れないことはきっと、
すごく悲しいことだろう、きっと、私が想像も付かない辛いことだろう。
それがそんな小さな子が、背負わざるをえないなんて…
おかしいよ!そんなの絶対間違ってる!
そんなこと、有ってはならない!
……なんて言って、解決してやれるのか?
ああ、出来ない。
ただのガキの私は、結局何もしてあげられない。
私は…
いったぁ!!
「爺さん!?」
久しぶりの祖父の拳骨が、脳天に下ろされた。
「このあほ、なに一人で思い詰めておる」
一人で倉庫で物の整理してたが、
いつの間にか祖父は後ろに立っていた。
そんな祖父の横顔は、えらく不機嫌だった。
「お前は、勇者ではない」
その言葉は牙のように、私の心に深く刺さる。
私は、勇者ではない。
勇者なら、これしきなことは、問題にもなりえないだろう。
「だから、人に頼れ」
「ッ…!」
爺さんの声は、重く低く胸を打つ。
「人に頼る…」
「ああ、そうだ」
手を組み、爺さんは私の目を直視してきた。
「お前は、よく出来ている子だ。だからと言って、自分一人で何でもできると思いあがるな。それが出来るのは、ワシでも、お前でも、他の誰にでもない、勇者だけだ」
「ッ…はい」
「だからこそ、人に頼れ」
人に…頼る…
そうか…
そうだよな…!
私はただの普通の人間で、なんの力も持たないただの人間だ。
おまけにまだ13歳のガキだ。
だからこそ、なおさら、自分が出来ないことを、他の人に頼らないと。
「ありがとう!爺さん!」
「おおい、どこへいく!」
こうしちゃいられない!私は倉庫から飛び出した。
さっきまでの陰気な考えを振って代わって、今私の胸は高揚に打つ。
「課題を解決しにく!」
部屋に入り、すぐに支度をして、店を出ようとした。
「タロート?どうしたの?」
「ちょっと出掛ける、すぐ戻るから」
「お兄ちゃん、お出かけるするの?」
カウンターに立っている母の横に、妹のロアが頭を出した。
「ああ、ロアは母さんお手伝い頑張ってね」
「うん!がんばる!」
可愛い妹の頭を撫でて、微笑みする。
「えへー」
気持ちよさそうに、妹は柔らかそうなほっぺで笑顔を返してくれた。
どんな時でもこの子の笑顔は私にとって一番の癒しだ。
「もう大丈夫そうね」
「はい」
「頑張ってね、お兄ちゃん」
母さんはまた優しい笑顔を作る。
ありがとう、母さん、ロア。
そしてありがとう、おばあちゃん、爺さん。
家族に支えられ、私は本当に恵まれているとまた実感する。
「行ってきます!」
ああ、頼れるみんながいるなら、
きっと何とかなる。
私は、お兄ちゃんだからな!
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