第20話 涼しい夜風



「お腹いっぱいになった?」

「はい、ありがとうございます」

「スープの味はどうだった?」

「美味しかったです」


 夕飯をいただいたあと、

 私とカーラさんはエルフの女の子ことビビアナと色々話した。


「タロート君もありがとうね、色々もってくださっただけでなく、夕飯の準備まで手伝わせちゃって」

「いえ、大したことはしてないですよ。それに普段家事の手伝いもしてましたから、これくらいは」

「あら頼もしい」


 リラックスさせるべく、カーラさんはいきなり本題に入らず、

 まず身近な話をした。


「ビビアナちゃん…でいいよね」

「はい、…えっと」

「私はカーラ、ここの代理院長、みんなのお母さんって覚えてくれればいいの」


 ふふっと笑い、今日一日よく見れた温かさと慈しみのある微笑みだ。


 私はこの子とお互い自己紹介したこともなかったが、

 一応知り合いという体でここにいるから、

 この場でするのは逆におかしいので静観した。


「綺麗な髪ね」


 そんな話を聞いてると、

 ひょこっと、

 三つ編みの頭をしてる小さな女の子は門の後ろから頭を出して覗いてるのを、

 丁度目が合った。

 私の視線につられて他の二人も目をやったら、

 その子ははっとすぐまた裏に身を隠した。


「そうだ!」


 カーラさんは手を合わせて愉快そうに言う。


「髪、結んでみる?」

「え?あのわたし…」

「いいからいいから、私に任せて」


 やや強引にふれあうよう持っていくカーラさんに対して、

 ビビアナは強く拒否できない様子で押し切られた。


 ビビアナの輝かしい髪を、櫛で優しく梳かしていると、

 彼女の緊張な表情が少し和らげたようにみえる、

 見る見るうちに、気持ちよさそうな顔で目を細めた。


「お母さんもこんなにキレイな髪をしていたの?」

「…はい」

「ふふっ、うらやましくなってしまいますね」


 さっきのご飯の中で一番好きなのは?他に好きな食べ物は?果物?いいわね。

 などと世間話めいた言葉で、彼女の緊張をさらに緩めた。

 その強引ながらも溢れる優しさなためか、

 子供の扱いがうまいのか、

 または長年の孤児院務めで培った経験からか、

 ただ溢れる母性だけで警戒心を溶かした。

 さすがは院長先生といったところか。


「お母さんにもこうして髪を結んでもらえた?」

「…うん」

「そう…いいお母さんね」


 二人のやり取りを見守る、

 たまに相槌を打つが、話の流れはカーラさんに任せる方が得策だろう。


「はい、できたよ」


 カーラさんはビビアナの手を取り、

 顔の横に小さく編みました髪をビビアナに触らせた。


「わ、わぁ…」


 今度は手で優しく頭を撫でながら髪梳かして、

 彼女と心の距離とまた一歩近づける。


「ねえビビアナちゃん、ビビアナちゃんのお母さんのことをもっと知りたいけど、いいかな?」


 カーラさんに絆されるビビアナは、

 少し目を伏せるが、ゆっくりと小さく頷けた。


 それからカーラさんは、

 ビビアナのお母さんの好きな食べ物とか、

 友達のこととかをはじめ、ちょっとずつ彼女のことについて聞き始めた。


 この子を刺激せずに彼女の事を聞き出せるのは、本当にすごいと思う。

 ここに来たときの格好といい、彼女と前に出あった市場の、

 その…盗みを働いてた事情といい、

 このような…訳ありの子供の警戒心をくぐりぬけて、

 この子の口から色々と聞き出せるのは、

 私はできそうにないのかもしれない。


 今日で初めて聞いたこの子の声、この子の事を、横で静かに聞いていた。


 という言葉が出るまでは。


***


「ほんとうに大丈夫?」

「平気です、心配しないでください」


 周りはすっかり暗くなったが、町はすぐそこの距離だから。


「それでは、また」


 カーラさんに見送られ、レンディア孤児院から町に戻ろうとする。


「兄ちゃんバイバイ!」


 子供たちはカーラさんの周りで手を振る。

 本当、元気で良い子たちだ。


 紙製の灯篭を掲げ、平原の中に一人で歩く。

 本当は強がってたかもしれない、

 だけど色々ありすぎて、一人にしたい気持ちになった。


 カーラさんのこと、

 ここにいるの事。

 足を踏みながらも、

 頭の中は色んな考えが飛び回っていて、

 纏まりそうにない。


 八つ当たりするように、小石を蹴り飛ばす。

 こんな心が落ち着かない、イライラするのは久しぶりだった。

 はぁ…

 息を吐き、また夜の平原の独特な味わいの空気を吸う。

 夜風を当てながら、さっきの事を思い返す。



 黒髪の男が話に出たところから、私の心は平穏で居られなかった。

 ぼんやりとまではいかないが、ただ黙って話を聞き、相槌もできなかった。

 黒い髪の男の話を言いながら、私の顔を見るが、なにも反応できなかった。

 探しているあの黒髪の男は知っているのか、

 同じ髪の色をした私とは何の関係だったのか、

 私はそれになにも答えられなかった。

 この子にどう説明すればいいのか分からなかった。

 

 ビビアナとこうやって面に向って、話を聞かせてくれたというのに、

 私はなにも言えなかった、自分は何者か、この子とはどんな関係か、

 この子の探している黒髪の男とはどんな関係なのかも、

 どこから言えばいいのか分からなかった。


 ショックでまともに動けなかった私の事を察したのか、

 彼女の話を聞き、カーラさんは一旦この孤児院で保護するとの話だった。

 それはいま、少なくとも今日はそれが一番なのだろう。

 私は、茫然自失でそれに肯定も否定もできなかった。

 考えないようにするのは、無理だった。


 結局彼女は、エルフの森から出て、ここ町まできたことと、

 それからの盗みを働いてたことは伏せてあるが、

 カーラさんならその辺も気付いてると思う、

 私とこの子はなにやら普通の知り合いではないのも察しているのだろう、

 だけど察した上になにも言わなかった。

 なにも言わないでくれた。

 私と、ビビアナにも困らせたくなかったのだろう。

 本当に、心優しい人です。


 この子が、妹がエルフの森で受けた扱い、この町にたどり着いてからの生活、

 まともな食事も得られなかった飢えた日々、頬が凍りそうで眠れない夜、

 この子の話を聞いて想像すると、涙が出そうになる。

 この子は、それらを耐え忍んで、今日ここまで頑張ってきたのか…

 この子は生き延びるため、

 本心から悪事を働いたいわけじゃないとは言え、

 盗みは悪い事だ、だが、

 彼女を、ビビアナを、自分の妹を、衛兵に突き出すのか?


 出来ない。


 出来るはずがない。



 孤児院で育てたもう一人の妹フローラルの事で受けたショックもまだ癒えてないのに、

 帰られる場所もない、盗み事で腹を満たし、

 身を隠したまま日の下にも歩けないもう一人の妹ビビアナがやってきた。


 彼女は、あの黒い髪の男を探している。

 探すために、一人でここにやってきた。

 まだ幼い彼女が、唯一頼れる片方の親だからかもしれない。

 さすがあの人でも、ビビアナの事情をちゃんと説明すれば、

 悪いようはしないだろう。

 な、ビビアナは。


 だが勇者は何時どこにいるのか把握できる人間いるか分からない、

 あのクリスタ様も分からない様子だったし、

 恐らく第一の妻である王女様なら知っているかもしれないが、

 そもそも簡単に会えそうにない人たちだから、無理な話。

 あって話したらどうにかしてもらえる保障もない、

 私と、レイナたちと、フローラルはその証拠だからだ。


 あの子たちのために、何か出来るのか、

 まだ13歳になったばっかりのガキの私は…

 あの子たちのために、一体なにかを出来ると言うのだ!

 情けない自分を呪いたい気分だ。


 私は一体、どうすればいいのだ。


 やるせない気持ちがいっぱいになり、

 頭が割れそうになった。


 収穫の季節を迎えようとする涼しい夜風は、

 私の心まで凍らせるそうだった。



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