第16話 黒い髪の男を捜してた女の子のお話(下)



 生きるために、私は必死だった。


 仲間…とはあんまり呼びたくないけど、

 盗人の人たちからは人間についてのことを色々教えてもらっていた。

 そこは感謝している、でもそれだけだったのだ。

 盗み人のことを心から信じることはできない。

 今こうして盗みをしている私にもね。


 人間の町に来てからもしばらく経ったのに、勇者にはまだ会えそうにない。


 ある日、私たちはまた市場で"えもの"を探している。

 ほどなくして、もう決めたのか、仲間に声を掛けられた。

 目にやるとそこは一人すごくかわいくて、髪が炎のように赤い女の子が、

 綺麗な服を着飾ってるのを遠目で見る。


 すごいおかね持ちなのは一目でわかるけど、金になる物は、私は別にいらない。

 食べ物さえあればいいけど、こうして盗人の人たちと一緒に行動してるのも、

 人間のことを教えてもらうため。

 勇者のじょうほうを調べるの手伝ってくれるって、

 なかなか難しいから時間がいるらしい。

 盗みを手伝ってくれれば勇者の事ちゃんと調べるって言ったけど、

 本当かな?


 信じていいのかわからないけど、

 私は人間の町の事はまだ知らないことばっかりだから、

 調べ事については、この人たちに頼るしかない。


 ぬすっ人のりーだーの人からあいずを受けて、他のみんながいっきに駆け出した。


「きゃっ」


 主要の目標だけじゃなく、私も含めて他の子は攪乱のため、

 道ばたの他の人の物を盗んだり、押し倒したりする。

 私の力では、人ひとりよろけるのがせいいっぱいなので、

 ドンっとおしてついでにその人の鞄に手を伸ばし、物を掴んだ。


「…ッ!」


 なんで?どうして?


 さっきまで注意をあの綺麗な子に集中してたから気付かなかった、

 今私が押した男の人は、黒髪だってことを!

 なんで、なんでここに、なんで今!??

 だめだ、いまはそれ所じゃない!

 真っ白になりかけた頭を揺らす。


 考え事を置き去りにするように、私は全力で人波の中で走った。

 後ろから大人の荒々しい罵声が聞こえる、怖い!

 怖いけど、足止まって掴まれるわけにはいかないし、

 裏路地に入ればあとは予定通りに逃げ道を走ればいい!


「うぎゃぁ!」


 衝突音と悲鳴を聞いて後ろに見ると、

 物盗りの一人はキラキラッと輝く宝石が入った首飾りをこっちに投げてきた、

 だけど距離が届かない。

 仕方ないのでそっちに向って走って高く跳んだら、

 体が大きいくて怖い男が目の前に割り込んできた、

 跳んだ勢いで丁度足が男の顔にあったので踏んでしまった。

 ごめんなさい!

 でもお陰で方向も制御できて、首飾りを掴んですぐまた路地裏に駆け込んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 予定通りの道順に入り、物陰で身を隠した。


 見たか?

 いえ、どこにも

 あっちも探せ!


 大人の男の怒声に、ぴくぴくっと肩跳ねて、膝が震える。

 声を潜めて、人がいなくなるまで静かにここで待っている。

 他の子は来てない、どこに行ったのだろう、もしかしてみんな掴まれたのかな。

 こんなに沢山の人が追いかけてくるなんて思わなかった、

 いつもみたいなら簡単にまけたのに。

 まさかこんな事になるなんて、これからはどうしよう…



 そろそろいいのかな、大人たちの声が聞こえなくなってから結構時間が経った。

 ずっと苦しい姿勢で隠れていたから、いまは早く外に出たい。


「あれ」


 ――ッ!?


「お前、さっきの」


 人がいることと、黒髪の男の子が目の前にいることに、

 私の思考は再び停まってしまった。


 なんで?どうして?ここまで追いかけて来たのか。


「あの、もしさっき市場で物を盗んだのなら、返してくれないか、あれ、大事な物なんです!」


 市場で盗んだ物。少年の声に反応して、私は手に握っていたものを見る。

 今さっき受け取った首飾りと…J&Rの文字を刻した変な形の小さな金属の板、

 これはなんだろう?よく分からない。

 さっきぶつけた時に咄嗟に取っちゃったものなのだろうけど、

 緊張続きで今の今まで確認していなかった。


 これは、この人のもの…

 目を上げて目の前の男の子を見る。

 勇者と同じ、黒髪の男の子。

 顔は昔森では距離があって良く見えなかったので、

 似ているかどうかは分からない。


「あっ」


 突然少年は声を上げ、背負っていた鞄にからなにかを取り出した。


「あのこれ、よかったらこれと交換してくれない?」


 掌に置いたのは、なにかの小動物に見える物でした。


「あのね、これは確かにそんなにたかいなものではないけど、ここ一番のパン屋が作った、特別なパンだぞ」


 パン?これ、パンなのか?こんな…かわいいパン初めて見た!


「ごくっ」


 今日はまだなにも食べていないので、

 目の前に出されたパンは、輝いてるように見えた。

 お腹からの衝動もあって、私は自分の手を制御できずに、

 男の子の掌から愛らしいパンをか攫った。


 この子から取った物と、首飾りはやっぱり、返した方がいいかな、

 他の盗人仲間とはぐれたいまは、物の交換もできそうにないし。

 そう思って、二つとも黒髪のお兄さんの足元に置いた。


「え、あれ?」


 かわいい…

 これは、ウサギなのかな?

 パンを手に持ってまじまじと見る。

 ふと目の前の視線に気付く、はっ、いけないいけない、お礼を言えないと。

 そう思うのに、口がなぜか開かない。

 この人は私がずっと会いたかった黒髪の人知っているのか、

 あの人とはどんな関係あるのか。

 男の子の顔を見ると、またそれらの疑問が湧き出て、頭を混乱させる。

 居ても立っても居られなくなって、私は壁を登り越えて、逃げ出してしまった。


「ああっちょ」


 後ろから、ちょっと気が抜ける声が聞こえた。

 話したい、この人と話したいけど、今は無理。

 この人の事気になるけど、いまの私は盗人、気まずいし、

 そこにいては捕まれるかもしれない。

 また別の、もっとちゃんと話せるような形で会いたい。


 いつもの倉庫に駆け込み、藁に倒れ込む。

 目を閉じて何回か深呼吸して、ぐるっと体の向きを変える。

 はぁ…今日はたいへんだったな…

 今まであんなに人が追いかけてくるだなんてなかったし、

 他の人とはぐれたし、もしかして本当に捕まれちゃったかな…

 それほど親しいわけじゃないけど、やっぱり少し心配する。


 心配は心配でも、なにかできるわけでもない。

 捕まれたらどうなっちゃうのかな…

 もし掴まれたら指が切り落とされるかもよって、

 りーだーに脅されたこともあったな。

 ……

 やめやめ!これ以上考えると怖くて眠れなくなっちゃう!


 懐からパンを取り出して、ウサギさんの顔を見る。

 今日の収穫は結局これだけだったな。

 ううん、あの――勇者じゃない方の黒髪の男の子も、ちょっとだけ、話は聞けた。

 私からはなにも話せなかったけど、ほんの少しだけ収穫はあったかな。


 J&Rの文字を刻したあれ…はよく分からないけど、

 あの黒髪のお兄さんの大事な物だって言ったよね。

 勇者の事はまだ全然分からないけど、いまはいいっか!

 さきにあのお兄さんの事を調べよう。


 そのようなこと考えて、パンを鼻に近づいて匂いをかぐ。

 丁度いい焼き加減の卵と小麦の香りがする。

 ウサギさん…あぁかわいいウサギさん…

 かわいくて食べるのがもったいない気がする、だけどもうお腹が空いて、

 もうこれ以上は耐えられない!


「はむ!」


 ~~っ!!

 やわらくて美味しい!

 かむと口の中にふわっとした感触とともに甘い香りが入ってくる。


「はむ!はむ!」


 ~~っ!!

 さんざんな一日だったけど、今は、微かな幸せをかみしめる。



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