第13話 しあわせのおすそ分け(下)
「私は…そんな立派な者ではありません」
「えっ…」
「むしろ、神の教えを背いた愚かで醜いひとです」
自分自身に向けて責める言葉を吐き出す彼女に、反応できず立ち尽くした。
「ごめんなさい、急に変な話してしまって」
カーラは眉をひそめ、苦い笑いを作る。
親のない子供たちのために尽力し、
今日出会ったばっかりの私に心より祈る彼女。
一体なにかあったのか、どういう事情で、
このような優しくて敬虔な人をそこまで自分を蔑むのか。
彼女の過去になにかあったのか知らないし、
今日初対面の人が踏み入れていい事じゃない。
とは、思っているが…
「あっいえ…」
慰めの言葉を掛けるのもなんだか違うけど、なにか言わないと思って口を動かす。
「カーラさんは優しいし、悪い人には見えない。ほら、子供たちにも慕われていますし」
「ふふっ、ありがとう」
「あ…」
こういう時に口が回らない自分の鈍さに呪う。
変な雰囲気につつまれ、余計に居づらくなる、
なにか他の話題を…
クリスタ様の事?
いやでも、クリスタ様は孤児院の様子を見てほしいとしか言ってないし、
友人とはカーラさんのことかもしれないけど。言葉の節々とその態度から見て、
私はクリスタ様の頼みでここに来た事は、
カーラさんには悟らせたくないのかもしれない、
直接聞いてないが。
ぴょこっと、窓の向こうにさっきお礼を言ってくれた少女は、またこちらを覗く。
午後の太陽の光に反射した紫はキラキラと眩しく輝く。
その綺麗な髪はまるで…
ふと、直感めいたなにかの予感を感じて、カーラさんの顔を見る。
――何かが
繋がった気がする。
聖職者めいた祈りの仕草、10年、クリスタ様の頼み、
カーラさんと同じ髪の色の女の子…
カトンリック教は、男女関係に厳しいの宗教だ。
特にシスターは結婚おろか、男性との交際すら許されないなはず。
もし10年前まで、カーラさんは教会のシスターだったら…
「あの子は、カーラさんの娘ですか?」
頭の中に廻る思いは我慢できず、言葉が勝手に噴き出すように出てしまった。
聞かずにいられなかった。
不躾けのところじゃない、
ついさっき軽く踏み込んではいけないと思ってた事を、
言葉と気持ちは爆発したように噴出した。
さっきまでなんとも思わなかったのに、見比べると確かに、
あの淡紫色の髪をしたの子、カーラさんの面影はある、
気付く途端ますます似ていると思ってしまう。
クリスタ様は私にここの様子を確認の頼みも、
彼女が気がかりだったからだけではない。
友人であるカーラが、敬虔なシスターだったカーラさんが戒律を破り、
あまつさえ子を成した彼女が、自分の子供を連れて、
孤児院の他の子供とともに育てること。
ただの思い込みかもしれない、確固たる証拠は持っていない、
だが直感が、いままで経験がそう叫んでいる。
突拍子もない指摘に固まるカーラは、
やがて些さか力を抜いたようにこちらと視線を合わせる。
「やはり、あなたなら…わかるのですね」
微笑む顔はどこかが悲しい色が入ってる。
「すみません、不躾けな質問で…」
私の謝辞に対して、微笑むまま少し顔を横に振る。
少しして、彼女は平穏な語調で言う。
「はい、そうです。私はあの子の、本当の母親です」
いくら事前に予想してたとはいえ、本人からの確認の言葉に、
何てったって動揺してしまう。
「あの子の名前は?」
「ふむ…気になるのか」
「…はい」
「それもそうね、あの子、可愛いだもの」
「いやそういうのじゃない!」
茶化すカーラさんに、つい声を荒げてしまった。
なぜ自分がそんなに必死になるのは、仕方ないと思う。
だってあの子も、もしかしたら私の…
「ごめんなさいね」
私の動揺を目の当たりにしても平然のままに、目を細める。
「フローラル」
「はい?」
「十年前私がここに来てから、娘にあげた名前、フローラル」
「フローラル…」
あの淡い紫色の髪の少女に良く似合う可愛い名だと思う。
「ここのみんなはフローラって呼んであげてるの、貴方もよかったらそう呼んであげてね」
「…わかりました」
可愛い名前でしょ!っと自慢げに笑うカーラさん。
はい思いました、まるっきり図星です。
「その…十年前ここに来たってことは、つまりフローラも10歳ですか?」
「はい、今年で10歳になりました」
また一つ、推測に当てはまった。当てはまってしまった。
「フローラは、勇者の娘なのか?」
「……どうして、そう思います?」
「……勘、かな」
言葉には説明できない、明確な理由もない。
それでも直感が、予感がそう言っている。
なにより決めつけは、カーラさんは美人であることだ。
十年も重なる労働で、掌がたこできでも、
肌のつやが減り始めてもなお美人なカーラさん、
10年前なら、さぞ美しい女性であろう。
これほどの美人、あの人なら野放しにするはずがない。
一呼吸して、カーラさんは唇を開いた。
「私、この孤児院に来るまでは、カトンリック教のシスターを務めました」
「町にあるあの教会で、ですか」
彼女は肯定するように頷く。
「そこにいる友人…だった人と、同じ男を好きになってしまった」
私の顔と髪を一瞥して、ばつが悪そうに、カーラさんは言う。
「その友人は、クリスタ様ですか?」
他にないだろう、と私は思う。
カーラさんは私の言葉に少し驚く顔になる。
「よく判りましたね」
「ここに友人がいると、クリスタ様さ仰っていました」
「そう…ですか、まだ私のことを友人と…」
そう言って、カーラさんの苦そうな表情が少し和らげて、微笑んだ。
一深呼吸をし、また喋りだす。
「勇者…あの人は何と言いますか、何事も楽観的な自信家と思えば、実は所々小心者で、自分の発言にあまり責任を感じていない、世渡り上手と思えば、実はただのお調子者で、司教や教皇様に対しても不遜な態度、女好きでスケベで軽薄で、怠情でずる賢いで不誠実で、でもなぜか不思議の魅力が持っていて、つい目で追ってしまいます」
かの人への思いを、カーラさんの言葉が溢れるように出てくる。
しかしどうしよう、悪口にしか聞こえない。
「気が付けば私は、あの人の虜になってしまいました、神に背く行為だと知りながら、過ちを犯し続けてたのです」
神の教えを背き、教会への背信行為、子を籠ったカーラは、
結局シスターの身分を剥奪され、教会に追い出された。
にしても、同じ協会の人間なのに、
聖女だったクリスタ様は勇者の四人目の妻として聖母になり、
その娘は次期聖女と祭り上げられた。
シスターだったカーラは教会に追放され、
その娘は親のない子供として孤児院に入れられる。
なんたる嘆かわしい事だ。
そして私は、自分の妹がよもや孤児院で育てられている事実に、
ショックで軽く茫然自失な状態になった。
「私は!…最低な母親です」
肩を微かに震え、こぶしを握る
「十年を経てても、私は彼の事を忘れられない」
彼女は悲痛な表情で噛みしめる。
やはりか。
まあ、見慣れたことだ。
私の母親含めて、勇者と関係を持った女の人は、どれだけ時間経てようと、
どれだけ冷遇されようと、彼に向ける感情は減ること無いように見える。
実に不思議だ。
胃がもたれるような重い話を聞いてる途中、
急に外から子供たちが騒ぎ立てる。
カーラさんと目を合わせ、急いで外に出る。
「何事です?」
騒ぎの元に駆け寄るとそこには、孤児院の子供たちがいた。
道を譲られると、その中心にいるフード被っていた子は、
子供たちに壁際まで囲まれている。
捲られたフードから現れるのは、
緑色の目をした、明るいブロンズ髪の長耳の女の子でした。
「エルフ…?」
夕陽に射られたその髪と瞳は、幻想の色を彩った。
――――――――――――――――
※実はこの物語はコメディではない。
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