第11話 聖女から聖母へ、そして聖母から聖女へ
「ははさま」
「ルリア、準備が終わったの?」
「はい、ははさま」
可愛い声色に対して、少女の表情や態度が硬い。
「こっちにいらっしゃい」
「はい、ははさま」
クリスタ様は手を招いて、ルリアと呼ばれる少女を横に呼び寄せた。
「この子の事、覚えている?」
「はい」
覚えているといいますか、知っている。
腰まで続く長い淡い青色髪のこの少女は、次期聖女と呼ばれている。
クリスタ様の聖母と表す衣装と似たような意匠で作られた
を纏うその姿は、聖女と言われて、なるほどと頷く程に、
この少女に似合っている。
クリスタ様が聖女から聖母になるきっかけであり、
そして、私の妹である。
大きいな祭りの時、たまに遠巻きで見ただけだから、
面識があるとは言えないかも。
「えっと…ルリアって呼んでいいかな?」
少なくとも、このように近くで見るのは初めてだ。
「ハムンタロート」
「え、ああ」
「ははさまから教えてくださいました」
幼いが気品のある、そして些か堅い言葉と声。
結局ルリアで呼んでいいのか分からない、本人は拒否してなかったし、
それでいいか。
「ハムンタロート、私たちにお話し付き合ってほしいけど、時間は大丈夫?」
クリスタ様の横の椅子をルリアに座らせてからこう言った。
「母さんとロア、妹は待ってますが、少しなら大丈夫です」
「よかったぁ」
手を合わせて嬉しそうに声を弾ませる。
「まだ言えてなかったね」
「誕生日おめでとう、ハムンタロート」
「え、あっありがとうございます」
なぜ私の誕生日だと知って…
あ、今自分ここに来ているんだから、それは知ってるわ。
「今日でまた一つ大きくなりましたね」
「はい、13歳になりました」
誕生日の次の日だし。
5歳か6歳のときだったかな、
教会、および聖女…聖母様の鑑定を受け、
私は勇者の力を受け継いでいないのこと、
神様からの特別な祝福も貰ってない子供だと知りました。
その時から一転、人々からの興味が無くた。
幼い時の私は特に何とも思わなかったが、今に思うと、本当に助かった。
家族や、真摯に関心を持つ人間だけ身の回りに残り、
嫉みと欲望塗れた視線も無くなった。
そして、あの人との繋がりは、
別に大したことじゃないだと言われるような気がして、薄れたものと思えた。
「ずっとお祝いしてやれなくて、ごめんなさいね」
「いっ、いえそんな!聖女様は色々忙しいでしょうし」
そう、教会の要職よりも神様から直々認定された聖女、
もとい聖母様の方が多忙なのは想像できる。
一個人の誕生日にそう顔出しなんてできるはずもない。
「そう言ってくれると助かります、本当に良くできた子ね」
「いえそんな…」
「そう謙遜することはないよ、貴方みたいに賢くて気遣いできる男の子は、本当に賢くて、えらいのよ」
「は、はい…ありがとうございます」
いきなりべた褒めされて、なんだか恥ずかしくなってきた。
「誕生日は楽しかった?」
「はい、すごく楽しかったです」
「色んな人が、えっと…友達がうちにきてくれて」
本当は年の近い友人はいなかったが、祝ってくれた人たちとの関係はかなり、
複雑なせいでい、妹だと口から言い出せなかった。
「たくさんの美味しい料理が作って貰ってて」
いつもより豪勢な料理は、母さんが早起きして用意してくれた、
もちろんお手伝いもしましたが、殆どは母さんがしてくれた。
昔道具屋として繁盛してたこともあり、
うちは他の家庭と比べて経済的な余裕があるので、
誕生日はこんなにも贅沢はできた。
「みんながはしゃいでて、遊んでて、たくさんのプレゼントもくれた」
「そう」
クリスタ様の声が楽しそうに弾む。
「もっと聞かせてくれる?」
「はい、えっと…朝から母さんと下準備をして…」
昨日の出来事を思い返しす、
妹たちと美味しいもの食べて、遊んで、はしゃいで…
叔母さんたちにいっぱいからかわれたが、そこは省略。
「これも作ってくれた」
ロアとレイナがくれた宝物を鞄からだして自慢する。
無くしたくないので鞄の内側と紐で繋がる細工はしていたが、
見せるため一旦解く。
「わぁ素敵ね」
手を合わせて、クリスタ様は微笑んで言う
ずっと声も出さずに静かに話しを聞いていたルリアは、
初めて興味があるという反応を示した。
「わ…」
小さな唇から、細やかな声が漏れ出す。
「はい」
少女の目の前に差し出して、笑顔を掛ける。
「持ってみる?」
少女はこちらの表情を見てから、母親の顔を伺う。
クリスタ様は許可するよりは、安心させるように軽く頷く。
また私が差し出した人形に視線を向け、遠慮がちな手付きで受け取る。
「わ…ぁ…」
稚拙な作りでありながら、愛情がめいっぱい詰まった私の宝物に対して。
ルリアは初めて子供らしく輝いた表情を見せる。
「妹が作ってくれたんだ」
「いもうと…」
ルリアは小さく呟きながら、人形から私の顔に視線を移る。
「ああ、ロア…ロロアって名前なんだ」
「ロロアちゃん!今いくつになりましたか?」
「7歳です」
「あらそぉ!ならルリアの方がちょっとお姉ちゃんですね」
聖女いや聖母の印象を崩すことになりそうな、
親戚のおばさんと化したクリスタ様。
親戚と言えば親戚と言えなくもないかもしれないが…うーん…
「おねえちゃん…」
年明けのすぐ、次期聖女の10歳の誕生日だとかで、
町中は盛大にまつりを開いたことは、まだ記憶に新しい。
「あり、がとう」
「もういいのかい?」
少女は小さくうなずき、人形を返してくれた。
また無表情に戻るが、ほんの少し、柔らくなったのは気のせいじゃないはず。
ややあって、聖母はまた声を掛けてくる
「ねえ、ハムンタロート」
「はい」
「貴方の事を、聞かせてくれないかしら」
「え、私の事…?」
私は多分怪訝な表情をしているのか、
それでもクリスタ様は揺らぎなく私を直視してくる。
「でも、そんなに面白い話ではないと思いますよ?それに、クリスタ様は知っていると」
「貴方の言葉で聞きたいのです」
――思う。
芯の入った声でありながら、慈しみをもこもる言葉が伝わってくる。
「貴方が興味を持ってるものはないか、好きな物はないか、貴方はどんな暮らしをしているのか、どんな人と出会ったか、どんな夢を想うか、辛いことはないか、貴方の、言葉で知りたい」
和らいだ声の中に、どこかに必死さを感じさせる。
「また教会に訪れる時、是非またお話聞かせて頂戴ね」
何か事情でもあるのかな。
どうして直接外に連れ出して、外の世界を見せてやらないのか、なぜ私なのか、
色々聞きたいけど、まだ、そこまで踏み込めない。
なぜ、私にですか?
聞きたいが、言葉に出せなかった。
理由は恐らく、ルリアという少女とは血の分けたの兄妹だからだろう、
他の姉妹ではなく、私にお願いしたのは、
勇者と同じ髪色をした唯一の男の子だからか?
いや、今のは卑屈に考えすぎたか。
頭を振り、その思考を頭から追い出そうとする。
クリスタ様ならば、そう思うはずがない。
「…はい、わかりました」
それでもクリスタ様の頼み、そして妹のためにも、引き受けたい。
「私でよければ」
思えば、クリスタ様とお話するのは久しぶりだった。
前に話すのも何年前だったか…どんな話をしたかのも覚えてない。
「ありがとう」
この人はどのような思いで私に掛けたか、多分全てを分かることはできない。
「時々でいいので、この子の事、お願いね」
「はい」
けど、その終始真摯な眼差しと言葉には、抗える気持ちにはならない。
これは、聖母様と敬仰された彼女の力か。
「これからよろしくな、えっと…ルリア」
さっきから一度も発言しなかった少女は、結局沈黙を維持したまま、軽く頷いた。
次会う時なにから話そう、心な中で整理はじめる。
「ハムンタロート」
「はい」
「貴方に、もう一つ頼みがあるの」
日が斜めに眺める頃、母さんとロロアを家まで送ってから、
もう一度荷物を支度して、また出掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます