第10話 元聖女、今は聖母
翌日
「ついたー!」
元気な妹は両手を高く上げて叫ぶ。
繋いでた手は撥ねられる。
「ほーら、ちゃんと手を繋いでないとはぐれちゃうよ?」
「はーい」
小さな手は今度は逆側にいる母さんと手をひしっと繋ぐ。
母さんとロア、そして私はいま教会の正面に立っている。
生まれてきたこと、そしてこれまでの平穏、この日まで生き続けてきたことを、
神様に感謝、そして祈りを捧げるため、教会へと参りました。
こんな風に誕生日の次の日は、教会にて神様に祈りを捧げるのが、
カトンリック教を国教としたアンドラス王国の風儀である。
「ようこそいらした、さあ、こちらへ」
助祭の後ろについて、礼拝堂に案内された。
「神のご加護があらんことを」
信徒の多いカトンリック教教会は、市場ほどではないが、
祈りを捧ぐためにここで集う大勢の人がいる。
かと言って賑やかであって騒がしいというわけではない、神の威光に敬仰し、
各々静かに祈り、祝詞を黙祷する。
この教会の年に一度の祭り以外にも、私の誕生日、ロロアの誕生日、
母さんの誕生日、他にはたまにレイナたちの誕生日にも付き添いでくるので、
この荘厳の雰囲気にはそれなりに慣れている。
長椅子のまだ空いてる席にロアと母さんに座らせてから、
手を併せ、感謝と祈りを捧ぐ。
「恵みの源である神よ、今より新たな一日わたしを照らし、導いてください…」
私たちがこうして生きて、生活できるのは、支えてくれる誰かがいるため。
親に兄弟、友人に隣に居てくれるその誰かに感謝しきれない時は神、
天と地に感謝を捧げ、祈る。
教義に詳しくないが、自分なりに祈りの内容をまとめる。
商人になりたい目標があって、その道を示してくれる祖父と、
支えてくれる母さんたち、癒してくれるロロアたちにも、心から感謝しています。
大人になったら、何時かは報わなくては、と。
母さんたちにはホールで休ませ、私は献上の品持ってを祭壇の間に向う。
貴族、商人、職人や農民、神に祈る者は数多にある、長廊を渡り、
通り過ぎる人々を観察する。身分の差と関係なく、様々な人間が教会にくる。
もしやここは交友を広げる良い交流の場なのでは?他の商人や細工に長ける人間、
あわよくば上流社会の人と知り合いになるチャンスは、ここにある。
例え今提携できる商品がなくても、
何時か新しい商品を扱う時の助けになるはずだ。
などと商人の血を沸きながら今後の予定を考えて、祭壇の間にたどり着く。
「こちらは、生誕の御恩に供える物です」
「確かに受領いたしました」
神のご加護があらんことを。
一礼をし、助祭の青年は供物を受けて去ろうとするその時。
「もし」
後ろから玉を転がすような声が響く
「貴方は…」
「聖母様!」
助祭の人が慌てる声を上げる
「どうしてここに…まだ祈祷の時間では…」
聖母様と呼ばれる女性は、目を細め、揺るぎの無い声で答える。
「準備のため少々用がある、貴方は貴方の務めを全うなさい」
「はっ…はいっ」
そそくさと去る青年の背中を見送った。
「貴方は」
ややボーッと立ちつくした私を呼ぶその声は、
さっきのと比べて幾分か柔らくなっている。
「勇者の…」
「あの、はい、私は」
慌てて佇まいを直し、きちんと挨拶をする。
「J&R道具屋のハムンタロートです、聖母様」
シスターたちの修道服とは違い、真白な絹に金色の模様で飾る服装、
袖からすらりと伸ばす腕、透き通るような肌、踝まで続く淡い青色の髪、
強い意志を宿るその
私の顔を見て、何かを想ったのかと目を閉じ
「私について来なさい」
「え、は、はい!」
祭壇の間に入る聖母様の後ろについていく
「入って」
「あ、あの」
狼狽える私に向けて、聖母様は頷く。
「…はい」
否を言えぬ圧力に従い、祭壇の間に繋ぐ門に入る。
「ここは…」
通された部屋は、幾つかの名の知らない祭具に、椅子や机。
儀式の準備をするための部屋ってところかな。
「座って」
「はい」
何のために呼ばれたのか分からないが、聖母様の言われたままにする。
「随分と、大きくなりましたね」
向かいに座ってる、聖母様は、砕けた物言いで頭を撫でてきた。
「あの…はい、お久しぶりです」
「大丈夫よ、ここは主祭でもなければ、つまり私ね。それ以外の人はあんまり入ってこないのだから、もっと楽にして」
母さんと話す時の雰囲気にほんの少し似ているところがある、
どこかが似ているのかはうまく説明できないが。それは聖母たる故か、
それとも同じ母親だからか。
「はい…ありがとうございます」
目の前にいる聖母様と敬われる女性は、
昔は勇者と共に冒険を繰り広げ、
魔王を討伐した一行の一員だった。
当時は聖女と呼ばれたらしいが。
「最近…いえ、貴方のお母さんは、元気にしていたか?」
やや遠慮を感じる口調は、いつもの聖母様とはかなりかけ離れたものであった。
「はい、お陰様です」
元々そんなに親しい間柄ではなかったのと、
聖母様の肩書で返事もぎこちないものになってしまった。
「あ、母さんはいま教会にも来ていますので、よかったら呼」
「待って!…いいえ、構わないです」
――びに…
強く呼び止められて、ちょっと驚きました。
「あの…聖母様?」
「クリスタでいいわ」
「いやでも」
いくら本人の要求でも、
さすがに、教会に聖母と敬われるに名前呼びとは恐れ多い。
「クリスタ」
「…クリスタ…さま」
「頑固ですね」
ふふっと表情が柔らかく微笑む。
頑固ってどっちかがですか!
「それでいいわ」
埒が明かないと思い、この場は従おう。
「はい…それではお言葉に甘えて」
「母さんの話でしたよね」
母さんの事聞くのに、もしかして直接は会いたがらないのかな。
「いえ…メリルさんの事は、気になりますが…」
言って複雑な表情を見せる。
大衆の前ではこのような表情や感情を隠してきたのか、
聖母様も実はかなり普通の人間のように思える。
「ははさま」
鈴を鳴らすような鮮明でありながら、幼い声が後ろから聞こえた。
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