第6話 素敵な出会いと素敵な出会い(下)


 大通りに出て、すぐにあの主張が激しい赤色の髪を見つけた。

 馬車の横に、数人の侍従が立っている。


 赤色の髪をした少女は不機嫌そうに、執事風な男と話している。


「ふぅ…」


 一呼吸して、勇気を絞って前に出た。


「あの…」

「何者だ」


 厳ついな侍従が私の前に出る。


「これ…あなたたちのものですか?」


 首飾りを取り出し、侍従と、後方にいる少女を交互して見る。

 少女は私の顔をみて、驚きの表情をした。

 ほどなく、それは微妙な顔になっていた。


 この表情は、ついさっきも見たような気がする。


「おっほん」


 赤色の少女の傍に立っていた執事は咳払いし、少女を引き戻した。

 あっと小さな声をあげ、佇まい直し、こちらを直視してきた。


「ええ、そうよ」


 少女の声で、先ほど前にでた侍従は一歩下がった。

 どうやら私はこののお陰で、牢屋に入らずに済んだようだ。


 状況は状況だから、もしかしったらスられた物を取り返してやった褒美をゆする目的とかと疑われるか、最悪コソ泥の一味にされることもあり得る。


「あ、ええっと、どうぞ」


 貴族の礼儀作法は知らない私は、とりあえず頭を軽く下げ、

 首飾りを前に差し出した。


 少女は躊躇い手付きで、首飾りを持ち上げた。


 赤い宝石嵌めていた

 ――おそらくルビーの首飾りを、付き人に渡し、再び赤い少女の身に付け戻した。


「礼を言うわ、平民」

「いえ、そんな、とんでもない」


 威厳を持とうと放つその言葉は、如何せん少女は私より若干身長が低いため、

 あんまり効果は出ていない。


 少女は私の顔と髪を見て、また微妙な表情を見せる。


 珍しい反応を見せる少女を見て、私は考える


 ――この王国、この町の年頃の少女は、この黒い髪色を見たら、まず驚き、

 そして憧れの眼差しを向けてくる。

 なのだが、この子はそういう反応ではない。

 可能性の一つだが、もしかしたらこの子は――


「おっほん」


 執事風貌の男はまた咳を払い、私と彼女を思考から引き戻した。


「自己紹介はまだでしたわね」


 一呼吸を置いて、彼女は凛々しく言葉を放った。


「わたくしはエリスエア・ディーラー・ハシモト、勇者ハルト・ハシモトの娘にして、ディーラー公爵家の娘よ」


 ――ああ


 やはりか


「私は西区のジュード&ローナ道具屋の商人見習い、名はハムンタロートでございます」


 大手商人に模倣して一礼をする。

 平民の私には、家名が存在しない。


「公爵家のお嬢様に、私は何と呼べばいいでしょう」


 貴族と言葉を交わす機会なんてそうそういない。

 だが相手に話すのなら、さっきと比べてかなり気が楽だ。


「名前のエリスエアで呼ぶといいわ」


 髪をかき上げ、夕陽を反射した波のような赤い髪が靡く。


「畏まりました、エリスエア様」

「うぅ」

「どうかしました?」

「家でそう呼ばれるのはお母さまに怒られる時だけでしたから…」


 少女は眉を曲げ渋った顔になる。


「はい?」

「な、なんでもないわ」

「はぁ…」


 赤髪のお嬢様の百面相に若干困惑する。


「と、特別にエリスと呼ぶのを許すわ、感謝して頂戴!」

「はい、エリス様」

「う、うん!それでいいわ」


 エリスは腰に手を乗せうすい胸を反らす。

 その淑女と言えるかどうか微妙な振る舞いに、少し微笑ましく感じる。


「ところで、エリス様はどうしてここに?」


 貴族、しかも公爵の人間だと、この辺りにはあんまり来ないはず。


「む、別に、大したことではありませんわ」


 私の問いに少し佇まいを直して答える。


「ただベルリャの庶民はどんな暮らしをしているのか少し興味を感じただけ」


 貴族は、生まれから華奢な暮らしをして、平民の生活は逆によく知らないのか、

 なるほど、私も、貴族の生活はあんまり想像できない。


「実際見て来てはどうんな感じでしたか?」


 さっきまでを思い出すように、明るい表情で少女は言う


「思っていたより賑やかで、活気あふれるところだったわ」


 たぶん、私と会う直前までのことを思い出しているのか


「見たことないものがいっぱいあって、お店の物がすべてキラキラ輝いてるように見えて、すごく楽しかったわ」


 楽し気に語る少女を見て、つられて微笑む。


「それはなによりです」

「それなのにおじい様から頂いた首飾りが盗まれるなんて」


 一転、また不機嫌な表情になる。


「んもうさいあく」


 貴族的ではないが、年相応に悪態を吐く。


「いえ、そもそもエリス様が突然城下町の市場をお見えにしたいと言い出さなければ、こんなことには…」


 さっきまで静かに見守った執事は急な横槍をいれる。


「うぐぅ…」


 髪だけではなく、頬まで赤くなり始めてきた少女は終に目をギュッと閉じ、

 居た堪れなくなったのか逃げるように馬車に入る。


 座りなおして窓を越して声を掛けて来た。


「まあ、首飾りを、あなたが取り返してくれたから…そこまでさいあく、じゃないわ、…ありがとう」


 素直なのかそうでないのか、微笑みがこぼれる。


「ふふ、お役に立てたなら幸いでございます」

「うぅ、わたくしあなたに礼を言いましたから、感謝しなさい!」

「え、はい、ありがとう…ございます?」


 一礼して、馬車が遠く行くのを見送った。


 貴族の人と話するのは初めてじゃないが、今まで一番、緊張を感じなかった。

 私より年下で、そして私の妹だからか、私なりに流暢に話せたとおもう。


 まあ、断罪されるほど、失礼なことはしてないはず。


「あ、仕事…」


 まだ仕事は終わっていないことをようやく思い出し、鞄を背負い直して歩き出す。


「エリス…エリスエア」


 少女の名前を呟きながら


「また会えるかな」


 不確定の答えを想いながら、帰路につく。

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