第5話 素敵な出会いと素敵な出会い(上)

 フィリスさんのところにいくと、心はいつももやもやになる。

 別に彼女の事は嫌いとかではない、むしろずっと、姉として慕っていた。

 の女になったとしても、私は…


 もやもやに取りつかれた何かから抜け出したいように、足を速めた。


 帰路のついでに、またいつもの市場にやってきた。

 喧噪な風景を踏み入るように進む。

 いつもの屋台にたどり着く前に


「…!」


 私は強烈な主張を示す赤色の髪に目を奪われる。


「うお…!」


 感嘆の声が漏れる。


 波のような赤い髪に包まれ、

 白いドレスに淡紫色たんししょくのスカートを着つける少女からは、

 高貴な雰囲気を放ちながら、珍し気に露店の雑多な物に向ける輝く瞳と表情は、

 いっそ愛くるしいさえも感じてしまう。


「あ…」


 周囲を忘れて彼女に見惚てしまったせいで、

 彼女がこちらの方向に目を向いたのは、半拍はんぱくを遅れて気付く。


「え…」


 こっちの顔を見て、彼女は目を少し見開いて、驚いた表情を見せる。


「あの…」


 話そうとした瞬間、身長が低い影が、彼女の傍に掠める。


「きゃっ」


 赤髪の彼女がさっきまで身に付けていた首飾りが消えた。


 ほとんど同じ瞬間に、ドンとぶつかれた。

 少しよろめいて、そのすぐに


「ドロボーだ!!あのコソ泥を捕まえろ!」


 身によぎる複数の影を追い、恐らく少女の侍従か何人かにどかされてまたよろめく


「あ、ちょっと」


 嫌な予感をして鞄を慌てて開けて確認する


 …ない!!しまった!割符が…!


「待てぇ!」


 荒い声がする方向に、私も追いかける。


 まずいまずい、任されてた大事な仕事が、

 こんな風に失敗で終わってしまうのか!?


 突然の出来事に冷静を奪われた私は、必死に走っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 人ごみを分け、市場の外まで追いかけて来た。


「待てこらガキィ!」


 厳つい大男はフード被ってる小さな影に目掛けて体当たりする。


「うぎゃぁ!」


 潰されそうな声を出す寸前は、何かを投げた。

 投げ出された物を掴もうと、他の男が手を伸ばす


「ぐえ」


 が、届く前になにかに顔を踏まれる。

 俊敏な影に、それをキャッチする。


「はぁ、はぁ、まっ」


 遅れて追いかけてきた私にひと目を見、また逃げ出した。


「はぁ、はぁ」


 すぅー

 一息して、錯綜な路地裏まで追いかける。


 さっきまでいた男たちは、別の分かれ道にでも入ったのか、

 いつの間にか一人になった。


「はぁ…」


 息を大きく吐出し、目を閉じて呼吸を整える。


 まさかこんなことになるとは、あの割符がなければこの二か月分の営収が…。

 どうしよう、とほほと歩いてく。


「あれ」


 行き止まり、の手前に。

 フードを深く被る子供が、いつからか、そこに立っていた。


「お前、さっきの」


 どろぼうか?の言葉を飛び出す前に、

 先日市場で一瞬見えたフードを被る子の映像が脳によぎる。

 ほんの一瞬だが、目が合った気がする。


「あの、もしさっき市場で物を盗んだのなら、返してくれないか、あれ、大事な物なんです!」


 懸命に、目の前の子に声を掛ける。


 その子は手の中の物を見て、またこちらの顔を向く。

 今度はハッキリその子の輪郭と深緑な色をした目を見た。


 ふと視線の違和感に気付く、この子は私の顔より、私の髪を見ているようだ。

 ああ、の髪だろ、いつ以来かな、

 もうその視線にはかなり慣れてきた。


 とはいえ、このまま睨めっこしてはいけない、また逃げられるかもしれない。

 なにか、何かないのか!?


「あっ」


 鞄に入っていた包みを持ち出す。


「あのこれ、よかったらこれと交換してくれない?」


 パン屋で貰った試食の雪ウサギを模したパンを掌に置く。

 母さんとロアにあげるつもりで取っていたが、いまはそれどころじゃない。


「あのね、これは確かにそんなにたかいなものではないけど、ここ一番のパン屋が作った、特別なパンだぞ」


 パンを餌に誘惑する、どこで換金できるか分からない貴金属より、

 目の前にすぐにある、可愛いウサギの形をしたパンの方が、

 魅力的に感じるかもしれない。


 いや、そう思うはずだ!目の前の美味しい餌に喰いつくと、賭けにでる。


「ごくっ」


 そのパンに目を釘付け、喉を鳴らして唾を飲んだ。

 よし!これは効果抜群だな!さすがはあの城下町一番のパン屋。

 シュッと風のように影が揺蕩う。


「え、あれ?」


 いつの間にか、掌に置いてあったパンが消えた。

 前を見ると、あの子はまたフードを深く被り、両手でウサギのパンをもつ。

 そしてパンを口に銜えて、機敏な動きで壁伝えに裏路地から消えていった。


「ああっちょ」


 残された私は、力なく手を下ろした。

 なんてことだ…


 途方に暮れる私は、視線を下げる。


「あ」


 足元に、小さな包みが置かれていた。


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