第4話 商人の卵と素敵なパン屋さん
「おはようございます!」
商人の朝は早い。
まあ私はまだ見習いですが。
「っよ坊主、きたかい」
出来る限り元気の挨拶を応えてくれたのは、がたいがいい中年でした。
「あれ、今日は坊主だけか、ジュードは?」
来た道に視線を向ける
「ああいえ、お爺さんは先週、腰をやっちゃってて…」
「あれま、それは災難だな」
頭頂部を掻いて、彼は言う
「まあ入れ、今日はそんなに掛からないだろ」
「はい!失礼します」
後ろについてドアをくぐると、酵母のにおいがやってくる。
ここは城下町一番の高級パン屋さん。
本来うちのような雑貨屋とは関わらないはずだろうけど、
祖父のジュードとこのパン屋の店主とは昔からの親友らしい。
そのコネからうちらとも取引をしている。
もちろん上質の小麦粉はうちからではなく、大きいの商会のつてでしょうけど、
だからと言ってパン屋相手に商売できないとは限らない。
香りのある薬草、飲み物、小洒落た皿、包装用のリボン――
お爺さんから下した課題に、色々考えた成果です。
「二十…二十二…二十四…」
紙束の数字を追いながら、計算する。
今日は2ヶ月に一度決算の日、こういう重要な仕事は、お爺さんがやるのだが、
先週商品整理の時運悪く腰をやってしまった、
そんなに深刻そうじゃなくてまだ不幸中の幸いかな。
それでもまだ若い私にこの仕事を任せられるのは、信用が証か。
まだ見習いの私を信頼、信用してくた店主とお爺さんたちには、
心から感謝しています。
「はい、これで全部です」
「はいよ、お疲れさん」
印を押してもらい、ようやく一息をつく。
世間話交じりに、商売やパン作りのかれこれを話してくれます。
「こいつは来月に出す予定のパンだ」
「この形は…雪ウサギみたい!」
「どうだ、売れそうか?」
自信のある笑みを浮かべながら問いてくる。
「子供にもご婦人にも好評貰えそうですね」
「へへ、そうだといいな。これ、あげるよ」
「ありがとうございます!母さんもロアもきっと喜びます」
可愛いウサギの形をした試食のパンを包んで鞄に入れる。
店主の話はいっつも面白くて、その中たくさんのことが学べる。
「硬い小麦の粉が新しくできてな」
「これは…」
ふるいから振り落とされた粒は若干粗いが、均等な粒にみえる。
「品質がいいですね」
「ああ、カタル領からの小麦粉だ」
「なるほど」
「小麦粉は細かく種類に分けられてな…」
店主の言葉を聞きながら、相槌を打つ。
カタル領。
私と深い縁のある領地で、ほとんど無関係の領地である。
この首都ベルリャの東南部、馬車では約三日くらい離れた土地、
昔は川の氾濫で災害は多いが、新しい領主になってから、
”スローライフ”という良く分からない凄く強い政策のお陰で、
いまはアンドラス王国全土一番多くの農産物の主産地となっている。
凄く強そう。
「あー!タロー君!来てたんだー」
活発な声に呼びかけられ、馳せていた意識が呼び戻される。
「たーぅ」
サイドアップにしたブラウン色の髪を頭巾で包み、
エプロンを付けた年の若い女性が赤ん坊を抱えて、姿を見せた。
「フィリスさん、おはようございます」
「おお、フィリス、ソフィー」
綺麗と可愛いの間に彷徨うこの若い女性は、このパン屋の店主の娘。
元気なパン屋さんの看板娘をやっています!と本人から。
「ソフィアも、おはよう」
小さな手を指で軽く触れる。
「うー」
指を掴んで挨拶してくれる、賢い子だ。
「お腹すいてないかーい?」
店主はフィリスさんの腕からソフィアを受け取り、抱えなおす。
「おしめは?」
「うん、変えた」
「おっぱいは?」
「もう!お父さん!」
自称他称元気なパン屋さんの看板娘さんは怒る顔を作るが
「べろべー」
店主は何事ない風に変顔を作って孫娘をあやす。
「もう」
拗ねるように唇を尖らす、またすぐに満面の笑みでこちらに向いなおす。
「タロー君!久しぶりだね」
「そうかな、ついこの間にも来ましたけど」
「久しぶりに感じるの!」
軽く明るい声でフィリスさんは私の手を握る
「あ、あはは…」
気圧されて愛想笑いをこぼす
「ねえ、この後ひま?ソフィーの新しい服買ったのー!わたしの部屋で見てみる?」
ソフィーと愛称されたソフィアもまた、私の可愛い妹なので、
見てみたい気持ちはありますが…
「いえ、今日は大事な仕事任されていたので、早く帰って報告しなきゃなので…」
「えぇーそぉんなぁー」
「私も見たいが残念です、あはは…」
店主は何とも言えない表情でこっちに一瞥する
「ちゅちゅちゅー」
またでソフィアをあやして、変顔を作る。
店主とソフィアを残して、フィリスさんは私を外まで送った。
頬を染め、濡れたような目で、
まさに女の顔で私に抱き着いてきた。
「ちょ、ちょっとフィリスさん!」
「ごめんね、ちょっとだけ」
顔を胸に埋めるように抱きしめられ、フィリスさんは私の髪の匂いを嗅いだ。
私の顔つきとこの黒い髪には随分とご執心のようだ。
振りほどくのもフィリスさんには悪い気がして、仕方なくされるがままにいた。
しばらくして一歩退いて離れてくれた。
「またいつでも来てね」
手を後ろに回し、スカートを揺らしながら言う
「…はい」
苦笑を我慢するように返事をする。
手を小さく振り、来る道を辿った。
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