第16話 鳴海朋香とデートの日の朝

 翌朝、俺は再び腹部に重みを感じて目を覚ます。

 視線の先にはベビードール姿の朋香がいた。


「おい、なんでまたこの状況なんだ?」


「おっはー、圭ちゃん」


「おはよう、朋香」


「あれ?今日はやけに素直だ……ぶはっ!」


 俺は朋香の顔面めがけて枕を投げる。その衝撃で朋香はベッドから落ちていった。


「よし、ストライク。もうひと眠りするか」


 邪魔者を排除して俺は布団を被る。


「ちょい待ち!せっかく起こしたのにまた寝るの!?」


「寝るに決まってんだろ!まだ六時半だわ!」


「ねぇ、デートは!?デート!デート!」


「こんな早朝で店なんか何処もやってねぇよ!」


「ふふふっ……」


 朋香が怪しげな笑みを浮かべる。


「な、何だよ?」


「圭ちゃん残念だったね!コンビニは二十四時間営業だよ!」


「そうだったな。じゃあ、お前が行きたかったのはコンビニだったのな?それならもう少し寝たら付き合ってやるよ」


 俺は棒読みで返答して目を閉じた。

 こんなつまらない話に時間を費やしているほど俺は暇ではないのだ。

 朋香は「むうっ」と頬を膨らませて、


「こんなに朝早くに来てあげたんだから私の相手をしなさいよ!」


「〜〜〜〜〜〜!」


 ベッドに飛び込んできた朋香の両膝が俺のみぞおちに見事に入る。

 俺は強烈な痛みに襲われ、声にならない悲鳴を上げた。


「あっ、ごめんね。勢い良すぎた♡」


 舌をペロッと少しだけ出して、朋香はわざとらしく言った。


「……死ぬかと思ったぞ……この野郎」


「生きているから無問題モーマンタイ!」


「問題しかねぇんだよ!早く下りろ!」


「私の相手してくれるなら良いよ?」


「してやるから下りてくれ」


「今日は本当にやけに素直だね?なんか嫌なことでもあった?大丈夫?おっぱい揉む?」


 朋香は胸を俺に近づける。


「今俺に揉ませたら今日はもうデート行けないぞ?」


「……まじ?」


「まじだ」


 戸惑う朋香に俺は真顔で答える。

 腕を組んで首を左右に振りながら朋香は考え込む。


「……よし!やめよう!下りる!」


 そして朋香は俺の上から下りた。

 俺もベッドから起き上がり、部屋にある座椅子型のソファに座る。


「そもそも、お前どうやって家に入った?鍵は閉まってたはずだろ?」


「実は昨日、帰り際にこれをお義母さんから貰ったんだよね〜」


 朋香はポケットから俺の家の合鍵を取り出した。


「やりやがったな……あのクソババア」


「ちなみにだけどお義父さんも公認だよ♡」


「だからお前さ!俺の親を呼びするのどうにかしろって!」


「どうして?昨日、お義父さんはめちゃくちゃ喜んでたじゃん?」


 それは昨日の夕飯時の出来事だ。

 朋香が父さんのことをさり気なく「お義父さん」と呼んだら、血反吐を吐きながら大喜びして椅子から崩れ落ちた。

 前々から呼ばれたいと言ってはいたが、まさかあんなになるとは予想外すぎる。


「父さんはまだ呼ばれること対して耐性が付いてないから勘弁してくれ……」


「でも他に呼び方無くない?」


 確かにそれはそうなのだが、昨日みたいに母さんと二人がかりでベッドに運ぶのも大変だしな。

 だからといって名前で呼ばせるのもどこか違和感を感じてしまう。


「面倒臭いし、やっぱりそのままでいいや。呼ばれ続けていればそのうちに慣れるだろ」


「私達が結婚する前には慣れて欲しいね♡」


「……ああ、そうだな」


 俺は呆れた感じで返答した。

 後は父さんに頑張って貰えばいい話だ。


「ていうかさ、暇だね」


「暇なのはお前のせいだろ。朝早くに来て一体何する気してたんだよ」


「一発ヤッておこうかと思ったんだよ。昨日は私帰っちゃったし。夜一人で大丈夫だった?」


「大丈夫に決まってんだろ。子供扱いすんなよ」


 いや、本当は全然大丈夫じゃなかったんだけど俺は嘘をついた。

 朋香のことで頭がいっぱいで気が狂いそうになっていたなんて知られたら恥ずかしいだろ。


「本当に……?我慢してない……?」


「し、してねぇよ!」


 思わず動揺して声が震える。

 ここでバレたら恥ずかしいだけじゃ済まない。全ての主導権を握られて終わりだ。


「なら良いんだけど。全部スッキリした状態でデートした方が良いかなとも思ったんだけどな。その方が圭ちゃんもデートに集中出来るでしょ?」


「いやいや、別にデートするだけならそんなに関係無くないか?」


「分かんないよ?私が今日胸が見えるくらいの際どい服着るかもしれないし、パンツが見えちゃうくらいのスカート穿くかもしれないよ?」


「……それは困る」


 そんなことされたら俺自身でも我慢出来るかどうか全く検討も付かない。

 この前みたいに我を失ったりしたら困る。


「でしょ?ということで一発ヤッちゃう?」


「いや、そうはならんだろ……」

 

 こいつはさっきの俺の話を全く理解していないのか。

 ヤッたらデート出来なくなるって言っただろ。


「私良いこと思いついちゃった!今から私の家行くよ!」


「は……?何しに?」


「時間まだまだあるし、私の服選んで!」


「自分で選べばいいだろ!」


「だって服多すぎて何着たら良いか分かんないんだもーん!初めてのデートだし、圭ちゃんに選んで欲しいな♡」


「なんで俺が……」


「ねぇ、お願い♡」


 朋香が頬を赤らめて上目遣いで俺を見てくる。


「その顔やめろって。全くしょうがねぇな……選んでやるよ!」


「決まりだね。外に車待たせているから早く行こう」


「車!?お前車で来たのかよ!」


「当たり前じゃん。私を誰だと思ってるのよ」


「変態元クソアイドル」


 朋香は俺の脇腹に手刀を打ち込む。

 的確に打ち込まれた手刀は身体の内から響いた。

 こいつ、どんだけ武術習ったんだよ。

 

「冗談でもそういうのはムカつくからやめてね♡」


「……は、はい」


 俺達は朋香の服を選ぶために車に乗り込んだ。

 朋香の家に行くのは何年ぶりだろう。


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今回はいつもより少し短めなお話です。

次回は車の中でゆっくりお話でも……。

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